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五十五 破滅へ

 ハイバンに王城を任せ、コスタはもっぱらシェトラの屋敷の警護についていた。警護もなにも守るものなどないのだが、コスタの目的はパルの自害防止にあった。


 パルとハイバンは同じ孤児院出身で、同時期に引き取られている。しかもどちらも片親は貴族であった。

 道が別ったのは、ハイバンが十歳の時。彼は父方の貴族の家へ引き取られ、パルはそのままカラスに残った。

 コスタは十五歳の時にカラスに入った。用心棒として働いていたのだが、カラスと遣り合いその力量に惚れ込んだためだ。

 彼自身はシェトラの配下になるまで、ハイバンのことは話でしか聞いたことがなく、パルがひそかにハイバンとの思い出の品を大事にしているのを知ってから、興味が沸いた。

 そうして、パルがアヤーテに貸し出され、ハイバンの行方を知り、エイゼンに赴いた。そこで、彼はシェトラに会い、彼の奇妙な性格を好み、その配下に入った。


「食べてないのか?」


 夕食用のパンとスープがそのまま置かれており、コスタは口をへの字に曲げる。


「あの黒髪の女。お前が死ぬことをゆるさねーぜ。あの女、別に死ぬわけじゃない。まあ、違った国の王妃になるわけだろ。悪い話じゃない」


 パルは彼の話をまったく無視している。

 それが面白くなく、コスタはパンを掴むと無理やりパルの口に突っ込んだ。


「食え。俺が嫌いなんだろ。あと、シェトラ殿下のことも。それなら足掻けばいいさ。俺たちに復讐するために。あと、ハイバンにも会いたいだろ。お前」

「お前には関係ない!」


 パンを口から引き抜き、パルはコスタを睨む。


「あいつは王城警備さ。まあ、シェトラ殿下、おっと今は陛下か。シェトラ陛下も敵が多いからな。お前も王城に移すって話だ。そうなれば再会できるだろうよ」


 パルは答えなかった。しかし、パンを食べ始めたので、何かしら生きる気が沸いたようだった。それが「ハイバン」のためかもしれないが。

 コスタは無言でパンを頬張るパンに背中を向け、施錠して部屋を出た。


 部屋を出てしばらくして、コスタは空気が違うことを感じる。腰のベルトからナイフを抜いて、異質な気配に向けて足を進めた。


「!」


 侵入者は突然現れたコスタに驚くが、すぐに襲い掛かる。


「カラスか!」


 その動きで彼は侵入者の正体を看破した。油断をすると命取りで、気持ちを切り替え、応戦する。


「お前がここにいる。ということはここにいるのはパルか?」

「……その声は、カモンだな」

「答えろ。ここにいるのはパルか?」


 カモンはコスタより十歳年上の三十六歳。「カラス」では中堅者だ。人にやすやす雇われるわけがなく、この襲撃がカラス自身の意志であると予想する。


「しらねーよ!」


 コスタは振り下ろされたカモンのナイフを防ぐと押し返した。

 そうして頭の中でこれからの自分の行動を考える。

 パルがここにいることはどうやっても知られる。それなら、パルをどこかに移動させたほうがいいと。まずはその前にカモンを排除することが優先と結論を出し、それは殺意へと繋がる。


「あんたのこと。嫌いじゃなかったけど。しょうがないからさ!」


 もうひとつのナイフを腰から引き抜き、両刀の構えをとる。

 

「悪いな。おっさん!」


 十歳しか変わらない相手にそう言い、彼は跳んだ。カモンはコスタの腕を十分に理解しており、彼が本気で掛ってきたのを知り、覚悟を決める。


「おっさんとは呼ぶとは相変わらず嫌な小僧だ」


 そう切り返し、カモンはコスタを迎え撃つ。

 勝敗はすぐに決まった。

 最初の攻撃をかわされたが、コスタはその後にすぐに背後に回りこみ、カモンの背中にナイフを二本叩き込む。

 すぐに事切れるようにコスタは力を込めた。

 軽く笑ったように口元が動き、カモンは力を失う。そうして床に倒れこんだ。

 騒ぎを駆けつけた使用人が、血に濡れた死体を見て叫び声をあげる。


「うるさいな。シェトラ陛下の使用人だろ。死にたいのか?」


 振り返りそう言われ、使用人は青ざめながらも口を押さえた。 


「ああ、死体片付けておいて。俺はパルを連れて外に出るから。後のことは頼んだ」


 無責任なことを申し付けられたが断ることは死を意味している。

 そう理解した使用人は頷いた。


「さて、早くしないとな。それとも、すでに遅いか。城にもすでに手は伸びてるかもしれねーな」


 ナイフの血をカモンの服で拭い、再び腰のベルトにしまうと、コスタはパルの閉じ込められている部屋に向かった。




 表情を変えることなく、ハイバンは男に突き刺した剣を抜く。途端傷口から血があふれるが、すでに男の命は尽きていた。

 黒装束の男は遠い昔、ハイバンにナイフの使い方を教えてくれた男だった。


 ハイバンは血塗られた剣を丁寧に拭うと、男の顔をその布で覆う。

 そうして、自らの主に「カラス」の件を伝えるため、その場を後にした。


「カラス。そうですか。どうして、彼らがしゃしゃり出てくるのか。理由はわかりますか?ハイバン」

「可能性は二つあります。一つはアヤーテが雇ったこと。もう一つは自らの意思で動いていることです」

 

 シェトラは王座にだらしなく腰掛けていたが、ハイバンが口を開くと興味深そうに身を乗り出した。


「君ってそういう声してたんだ。意外だね。線が細く見えるからもっと高い声だと思っていたよ」

 

 相変わらず空気を読まない彼は、二人の話に関係ないことで口を出す。二人は慣れたもので、そのまま話を続けた。


「その根拠は?」

「アヤーテは異世界の娘とニールの奪還をめざすため。カラスは、パルとコスタの回収と始末と考えられます」

「そうなんだ。それなら、その両方かもしれないよ」


 二人の話にシェトラが割って入る。今度は話に沿った内容で、彼は立ち上がり、先王である父親から奪った王冠を頭から外すと両手で弄ぶ。


「だって利害一致しているだろ。しかもアヤーテからは報酬をもらえる。カラスが乗らない手はないだろ」

「そうなると、侵入しているのはカラスだけじゃない、ですね」

「うん。そうだね。うわあ。面白くなってきたね。だって、馬鹿な叔父さんを利用した三国のやつらも入ってきてるわけでしょ。アヤーテ、サシュラ、ライーゼ、ケズン、そしてカラス。お祭りだね!」


 「お祭り」

 この状況をそう称するのはどの国の権力者の中でも、このシェトラだけだろう。

 彼は赤い瞳を輝かせて、心底楽しそうに笑う。


「さあ、誰が僕の首を落とすかな」

「シェトラ陛下!」

「エセル。存分に遊んでやろう。それとも君も僕に刃を向けるかな?」

「そんなことは決して、」

「そうかな。もし、アヤーテからライベルが来ていたら?君はどうする?」

「それは、ありえないことです」

「そうかな。一度は国境に向かった彼だ。しかも僕がシズコを娶ると聞いて、じっとしてられるかな?だけど僕は彼には負けない。絶対に。エセル。僕を裏切ったら、僕は君を殺す。わかってるよね」

「……承知しております」

「それならいいけど。さて、誰が先に攻めてくるか。もしくは一緒に来るかな?とりあえず近衛兵に緊急体制をひかせて。さあて、裏切り者は誰かな」


 王にはなり得たが、シェトラは破滅の道を歩んでいた。

 三国の援助を受けた叔父は強力であり、カラスと組んだアヤーテも油断できない。

 今なら、王位を譲り渡すという手段もあった。けれども、シェトラはこのまま、王として「敵」を迎え撃とうとしていた。


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