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五十四 エイゼンヘ潜入

 背がかなり高め、しかしかなりの美人が不機嫌な顔で街を歩いていた。

 街は戴冠と結婚の儀の布告で色めき立っており、エイゼンの緑色の国旗が至る所ではためく。


「……ライベル様」


 美人にそう囁いたのは細身の商人。

 けれども二人が寄り添っている姿は、恋人同士とかそういう甘い雰囲気はなかった。

 通り過ぎる人々は、金色の髪に緑色の瞳の美しい「彼女」に見惚れるが、その剣呑な瞳に慌てて視線を逸らしていく。


「宿はどこだ?」


 女性に扮したライベルは声を落として、男に尋ねる。


「あと少しです。もう少しご辛抱ください」


 その答えに思わず舌打ちしてしまい、男に窘められた。


「目立つ行動はお控えください。お願いしますね」

「ああ」


 ライベルはそう返事をすると再び歩き出す。


 金色の髪に緑色の瞳のかなり美しい男――そのなりではアヤーテの王とばれてしまう可能性が高いと、王宮を出るときからライベルは女装をさせられていた。

 あまりに完成度の高さに、準備を手伝ったレジーナは、「まあ。どうしましょう。花嫁衣裳を二着作りたくなるわね」と恐ろしい台詞をもらしていた。

 ライベル本人は嫌で堪らないが、女装姿は板に付いており、王宮、アヤーテ、エイゼンの砦を問題なく通過することができていた。そのことは喜ばしいことなのだが、ライベル自身は複雑な心境であった。


 王宮から出発して、三日。

 早馬でも王宮から砦までは三日かかる。それを半日も短縮し、わずか二日半で砦に辿り着いた。二日半の間、カラスが用意した俊足の馬は交代で走り続け、ライベルも馬上で馬を駆り続けた。

 疲労は蓄積されていたが、それは気力で押し切り、三日目の朝、一行はエイゼンの城下町に侵入した。


 軽い眩暈を覚えながらも、ライベルは歩き続けた。城下町内で王と貴族以外は馬の使用は許可されていない。カラスは商人の一行としてエイゼン入国の許可を取っている。街の入り口で、馬を下りるように兵に言われ、渋々徒歩で滞在予定の宿に向かっていた。


「ここです」


 宿についた瞬間、ライベルの意識が途切れる。ライベルに同行していたのは五名のみ。後は別の方法でエイゼンに入ることになっており、宿で落ち合うことになっていた。

 ライベルの体力が限界に来ているのはわかっていたので、同伴の男はすぐにライベルを抱えると部屋に運んだ。


 

 ☆


 夜空に浮かぶ月は、三日月とは対称的な有明の月。

 静子はバルコニーからぼんやりとその月を眺めていた。

 眼下に広がるのは庭園で、すぐ下には池があり、ぼんやりと小さな月の姿を映している。


 ――僕の母上、池で死んじゃったんだよね。


 シェトラの言葉がふいに過ぎる。

 静子が滞在している部屋は「その母上」の部屋だ。王妃が自殺し、次の王妃は事故死した。それ以来、気味悪がって側室及び愛妾すらこの部屋を避けていた。しかし、手入れはされているため、静子が使用するには不便はなかった。

 シェトラの母が池に浮いて死んでいたということは、ここから飛び降りた可能性が高かった。

 静子は身を乗り出して、池を覗き込む。

 先ほどまだ見えていた水面の月の影は姿を消していた。松明も月明かりもないため、池は真っ暗で淀んでいる。


(ここから飛び降りたら、あいつはどんな顔をするのだろう)


 ふいにそんな衝動がこみ上げてくるが、すぐにライベルの顔が浮かび、体を引っ込める。


(例え、あいつの王妃になろうとも、死ぬよりはましだ。ライベルに会えなくなるよりは)


 そうして、衝動を抑えているとパルとニールの痛ましい表情を思い出し、手摺を握り締める。


(私が逃げてどうする。生きてと言ったのは私だ。二人とも、死にたがっていた。それなのに、私が先に死んでどうする。ライベルにもまだ会えていない。だから、私はまだ死ねない。王妃になって、力を蓄える。それしか今の私にはできない)


「シズコ様。お部屋の中にお入りください。風邪でも引かれたらどんな処罰がくだされるかわかりません!」


 部屋から侍女が慌てて出てきて、静子に暖かな毛布を被せた。


「こんなに冷えてしまって!」


 侍女の名はメリッサ。義務感から彼女の世話をしているはずなのだが、毛布の肌触りは柔らかく暖かくて、静子は温もりを覚えた。


(がんばろう。誰も死なせたくない。だから、私も、死ぬわけにはいかない)


 彼女はメリッサに引っ張られるまま部屋の奥へ連れて行かれながら、そう心に誓った。



 ☆

 

 王弟デビン・エイゼン。

 正確には王の叔父と称するべきだが、シェトラは戴冠前でまだ正式に王になったわけではない。したがって、デビンはまだ王弟であり、その屋敷の一角では密談が行われていた。

 部屋に集まっているのは、サシュラ、ライーゼ、ケズン三国の小隊長たちと、デビン・エイゼンだった。


「すぐに行動を起こしたほうがいいでしょう。シェトラ殿下も我々の動きに気がつかないほど無能ではないと思いますので」

「私もそう思う」

「俺もだ」


 三国から派遣されたのは、柔軟な対応ができる国境側に詰める兵士達であった。派遣の際にこの時期三国では密かに協定が結ばれた。

 国境の兵士を纏め上げる隊長が有能なのは言うもならずで、デビンをそっちのけで意見交換しながら計画を立てていく。

 しかし優秀な隊長達でも、もうひとつの勢力にはまだ気がついておらず、ただデビンがどのようにして王位を奪還するか、それだけのために知恵を絞っていた。


「デビン様。あなたが王に立たれた後のことを考え、無暗に血を流すことはよくありません。エイゼンの兵士への根回しは大丈夫ですかな?」


 三国の隊長の中でも一番年上、それでもデビンよりは数十歳若い男は、彼の力量を測るように問う。デビンの働き次第では失敗の可能性もある作戦だった。失敗は即全滅に繋がる。その視線はおのずと厳しくなった。

 

「心配するな。すでに根回しは進んでいる」

「それならいいですが。決行は二日後。夜に奇襲をかけます。戴冠や結婚の儀など中止してもらわないといけないですからな。まあ、戴冠はデビン様が成功された際に、新たに執り行えばいいでしょう」

「そうだな。楽しみだ」


 デビン以外は、彼の戴冠後の三国の分割支配のことを念頭に置いている。能天気な男はそうとも知らず、自分の天下を夢見ていた。


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