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四十九 エイゼン王

 エイゼンの中心――カンデラ城。

 茶色の煉瓦を積み重ね造られた強固な城。堀で周りを覆い、その上城は高い壁で囲われている。城へ入り口は跳ね橋が架かった一箇所のみ。

 日が高いうちは出入りの者が多いため、跳ね橋を上げることはない。なので、壁の上の見張り者は常に前方に注意を凝らす。

 エイゼンは前後に敵国を抱えている。したがって、瞬時の判断が必要であり、跳ね橋の上げ下げはその時の見張り者の責任になっている。そのため、その職務は重要視され、出世を目指す者はまずは見張り役を一任されることが目安となっていた。

 シェトラの乗った馬車は王族専用であるが、見張りの者は御者にも目を配る。見知らぬ御者の場合は、通常問答を行うか、シェトラ自らが見張り者に姿を晒す必要があった。

 本日は御者が見知った者であったため、見張りは、眼下の兵士に開門を指示する。

 静子は暗い馬車の中で、扉が重々しく開く音を静かに聞いていた。


 エイゼン王国、第二十代王ウォルターは、シェトラとは全く異なる容姿をしていた。まず髪色は栗色に近い茶色。瞳は灰色だった。外見は老年に近く、顎やお腹周りには余分な脂肪がついていた。王座に深く座り、その瞳だけをシェトラに向けている。

 冷ややかな視線で、とても親が子供を見つめる瞳ではない。

 静子はそう思いながら、顔を上げたままのシェトラの隣で頭を垂れた。

 レジーナについて短いながらも礼儀や作法について学んできた。王の顔を直視するのは「無作法」であることは教えられており、一時期ライベルに対しても礼をとっていたが、本人の希望でそれを止めている。シェトラに関しては、「敵」であり礼儀など尽くすつもりはなかった。


「父上。アヤーテより「異世界の娘」を連れてきたよ」

「……愚かな事を……」


 ウォルターはその灰色の瞳に少し光を宿し、くぐもった声を出す。


「お前はなんてことをしてくれたんだ。小競り合いだけでは足らず、戦を起こす気か?」

「とんでもないよ。この娘は僕の妻になるんだ。だから、問題ないでしょ?」

「な、何を考えているんだ。お前は!その娘はすでにアヤーテ王の愛妾であろう!聞き及べばマティス家の養女になっているというではないか!マティス家の当主は先王の弟のクリスナだ!即刻、その娘を返還せよ!」

「嫌だね。ライベルが戦を起こしたきゃ、起こせばいい!そのほうが面白いだろ」

「お、面白い!お前は、王太子失格だ!もっと早くに継承権を放棄させればよかった。直系にこだわることはなかったのだ。いや、むしろお前が直系かも疑わしい!」


 ウォルターはその大きな体を起こし、唾を飛ばしながら、シェトラを罵る。

 静子は二人のやり取りに圧倒されて言葉がでなかった。だが、顔を上げて様子を伺う。


「父上。もう遅いよ。遅すぎなんだ。僕がこの三十年、何をしてたか知っている?ただ、無用に遊びほうけていたとでも。父上が考えていることなど最初からわかっていた。だから、わかるかな?」

「ひっ!」


 ウォルターが短い悲鳴を上げる。その贅肉たっぷりの顎と首の境目がわからない場所、しかし、急所には違いない場所に小剣が当てられていた。小剣を持っていたのはコスタ。先ほどまで彼は部屋にいなかった。一瞬で王室に入り込み、王に近づき、小剣を突きつけていた。


「誰か、この者を!」


 ウォルターが情けない声を出すが、助ける者は誰もいなかった。いや、気持ちでは助けたかったのだろう。しかし近衛兵達はすでに事切れ、ただ床に冷たく転がっていた。部屋にいるのはシェトラの私兵だけだった。


「父上。僕、さすがに親殺しはしたくないんだよね。これでも僕は父上の唯一の子どものつもりだからね」


ゆっくりと王座に近づくシェトラに、ウォルターの顔色が青ざめていき、汗が噴き出す。


 コスタは気持ち悪そうにウォルターに触れていた手を一瞬その体から離し、手についた汗を王座にかかる高級な布に擦り付けた。


「父上が悪いんだよ。僕、ほーんと王座なんて興味なかったのに。でも言うこと聞いてくれないなら、もういらないや。コスタ!」

「シェトラ!待って!」


 突然割り込んだ声にコスタが手を止める。そして窺うようにシェトラを見た。


「……何で?」

「殺さないで。お父さんなんでしょ?なんで?」

「お父さん。ふふ。お父さんね。そうだったっけ?父上?」

「そうだ!私はお前の父親だ!頼む。殺さないでくれ!」

「ふふん。初めて言われたよ。そんなこと」

「シェトラ!あんたは何をしたいの?王になりたければなればいい。でも殺す必要ないでしょ!」

「……ふん。つまんない。気持ちがそがれた。コスタ。面倒だから、「お父さん」を牢に繋いでおいて。処分は後で考える」

「牢?!お前は私をそんなところに!」

「父上。騒がないでくれるかな。僕、面倒になって殺したくなっちゃうよ」


 シェトラの言葉にウォルターは息を止め、黙り込んだ。


「そうそう。おとなしくね。ご飯はちゃんを与えるからね」

「くっ!」


 ウォルターは悔しげに唇を噛むが抵抗することはなかった。コスタはおとなしくなった彼の手を縛り、部屋を出て行く。


「……これで二回も僕は君の言うことを聞いたことになっちゃうね。変なの。君も僕のために何かしてくれるかな?」

「私は十分答えている。これ以上何が必要なの?」

「……うーん。なにかな。そのうちお願いしようかな。さーて。汚らしい死体を片付けて。あと、僕に逆らいそうなやつはみんな殺してね!」

「シェトラ!」

「ああ、うるさい。もう二回も聞いてやっただろ。これ以上はだめ。それ以上うるさくしたら、あの使用人を痛めつけちゃうから」


 シェトラにそういわれ、静子は黙るしかなかった。

 何もできない自分が悔しくて、無力な自分が嫌で泣きそうになる。弱気になっている自分をシェトラに見られたくなくて、彼女は彼から視線を逸らす。そうして、ふと殺された兵士の側に落ちている剣が目に入った。シェトラは細くて、とても剣を振るうようには見えなかった。実際彼は丸腰だ。


(今なら?あのコスタって言う人もいないし。ほかの兵士もこちらに注意を向けていない。私を連れてきたのはシェトラの一存だ。彼がいなくなればきっと)


 静子は自分が冷静ではないことがわかっていた。けれども無残に殺されていく人。聞こえてくる悲鳴。それらに心が引き裂かれそうで、衝動に駆られる。


「シェトラ!」


 彼女は動いた。血に染まった床から剣を拾い、そのまま切りかかる。誰も彼女の行動を読めなかった。シェトラも予想もしていなかったようで、無防備に静子の前にたたずんでいた。彼女は衝動のまま、剣を振り上げた。剣は予想以上に重く、そのまま振り下ろす。


「殿下!」


 剣から手に衝撃が伝わり、静子は自分が人を切ったことを実感した。赤い染みが視界で広がっていき、シェトラが大きな声で名を呼ぶのがわかった。


「エ、エセル!」


 呼ばれたのは静子ではなく目の前の男。エセルの背中には斜めに切り込みが入り、血が滲みでていた。


「エ、エセル……?」


 初めて人を切った感触。視界いっぱいに映る血の赤さ。発作的に自分が起こした行動を完全に理解する。

 シェトラを切ったつもりが、エセルだった。その衝撃も加わり、静子は完全に戦意をなくした。柄を握っていた手から力が抜け、剣は乾いた音を立て床に転がる。


「エセル!なぜ君が?!」


 シェトラは突然現れ自分を庇ったエセルが信じられず、動揺を隠せなかった。その白髪は乱れ、赤い瞳は大きく見開かれている。


「あなたでもそんな顔をすることがあるんですね。飛び出したかいがありました」

「君は、」

「かすり傷ですよ。シズコ様は人を切ったことがありませんからね」


 エセルは顔を顰めながらも笑いかける。


「この女!」

「殺してはいけません」


 呆然とする静子を切り捨てようとした兵士を、エセルが制止する。兵士が砦から連れてきた兵士であり、彼の命を受け、動きを止めた。


「ですが!」


 しかし兵士は不服そうに剣を構えたままだ。


「殺してはいけません。シェトラ殿下。未来のお妃になる方ですが、これ以上暴れられても困りますので拘束させますが、よろしいでしょうか?」

「ああ、」


 シェトラは、表情が硬いまま空ろな返事を彼に返す。


(な、なんで?ここにエセルが?私がエセルを切ったの?)


 兵士に拘束されながら、静子は混乱していた。そんな彼女にエセルは微笑む。


「アヤーテから客人が来てます。城が落ち着いたらお通ししますね」

 


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