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三 籠の中の生活

 静子を飼う。

 その通り、彼女は籠の鳥だった。

 王室から出ることができず、食事、入浴、睡眠、排泄を部屋の中で行う。

 王室なので、ひとつの部屋ではなく、四つの部屋から構成されていた。食事用の居間、寝室、厠、浴室。

 不便はなく、外に出られないこと以外は快適な日々だった。


 ライベルも静子を間者と思っている節はないようで、あれ以来彼女を脅すこともなく、共に普通に生活をしていた。

 部屋に入る使用人はただ一人で栗色の髪のパル。しかし彼女がすべて世話をするわけではなく、食事の仕方など基本を教えたのはライベルだった。

 普段の王を知る者には、不可思議としか思えない程の世話焼きぶりだったが、静子がそのような事情を知るわけがなく、ただ世話されるままになっていた。

 そうして日々が過ぎていき、静子はライベルからアヤーテ王国の歴史などを教えてもらう。本を差し出され、読めないことに気がつく。

 それは静子にとっては当たり前の話だったのだが、アヤーテ語を普通に話していたのでライベルには驚かれた。


「そういえばどうして言葉が話せるんだろう」


 ライベルは鬼ではなく、王ではあるが普通の人間だった。

 なのでこの世界は鬼の世界でないことは確かで、外国のはずだ。


 昼食が終わり、ライベルは執務室へ戻っていた。

 部屋に一人で取り残され、静子はじっくりと考える。


「外国ではない?それじゃあ何?」


 考えてみたが、答えは出ることはなかった。

 そのような生活が五日目になり、元から活発な彼女はとうとう耐えられなくなった。


「外に出たい」

「駄目だ」


 五日目の昼食。

 いつもどおりライベルと食事をしている時に、静子は切り出した。

 フォークとナイフはライベルに使い方を教えてもらい、ぎこちないながらも使えるようになっている。


「どうして?」

「お前は俺の支配下にある。だから駄目だ」

「支配下?どういう意味?私は私。王だから私を支配できるの?それとも私を疑っているから?」

「俺はお前を飼っている。だから、俺がお前を支配する」

「……飼ってるって。私だって好きで飼われているわけじゃない。外に出して。外に出れば日本に帰る方法もわかるかもしれないのに!」

「わかるわけがない。ニホンなんて誰も聞いたことない」

「そんなの調べてみないとわからないじゃない!」

「黙って食事をしろ。それとも縄で結ばれたいか?」


 緑色の瞳が深い森のように沈んでいて、静子は少しだけ恐怖心を覚えた。


「わかった」


 ライベルは鬼ではない。人であることは確実だった。


 暴力など振るうこともなく、ただ静子を部屋に閉じ込めている。

 衣食住の生活は十分すぎるぐらいで、不便などはない。

 しかし、部屋に閉じ込められることには限界がきていた。


 午後になりライベルが執務室へ去り、静子は一人になった。

 退屈な時間がまたやってくる。

 従姉妹のタエと違い、静子は部屋でじっとすることが好きでなかった。また女性の仕事である裁縫も苦手で、進んで畑の仕事をしていたくらいだ。


「こうなったら無理やり外に出てやる!」


 カーテンを開けるな、窓から外を見るなとライベルに言われていたが、静子の我慢は限界に来ており、彼女は日が落ちるのを待って、窓に近づいた。


 窓を開ける。

 両端を金具で止められた窓は真ん中から割れるようにして、外に開いた。

 彼女は少し驚きながらも、外を注視する。


「木がある」


 枝がこちらに向かって伸びており、窓から飛び移れそうだった。

 彼女は窓枠に足をかけ、立ち上がると枝に向かって飛ぶ。


「よっし」


 風でスカートが舞って邪魔をしたが、静子は枝の上に無事に飛び乗った。

 後は幹を伝いながら下に下りるだけだ。

 彼女は表面が粗い幹を掴み、ゆっくりと降りていく。


 七尺ほど降りて、ふと前を見ると窓が開いていた。

 窓は二階に属しており、興味本位で部屋の中を覗く。


「あれ、ライベル?」


 見知った髪色が目に飛び込んだ。

 見つかったらまずいと慌てて下に降りようとして違和感を覚えた。


 彼は机に伏せており、微動もしなかった。

 そして部屋の内側の扉がゆっくりと開く。

 現れたのは黒装束の男だ。

 きらりと閃く刃物を持っていて、静子は反射的に叫び、窓に向かって飛んだ。


「ライベル!」


 彼が声に反応することはなかったが、彼女の手は窓枠を掴んでいた。

 男は静子の存在に気づいたが、目的を達するのが先だとライベルに駆け寄る。


「この!」


 彼女はありったけの力を使って、窓から部屋に侵入した。そして近くにあった陶器のポットを思いっきり投げつける。


「くっ!」


 ポットは男に命中した後、床に弾け飛び音を立てて壊れた。

 任務よりも怒りが上回り、男は傷めた顔を押さえながら静子に飛び掛った。


「殺してやる!」


 完全に血が上った男は小剣を振りかざした。

 彼女は近くにあった本を掴み、盾代わりに突き出す。


「ぐほっ」


 血飛沫が彼女に降りかかった。

 男は小剣を振り上げたままだった。だが、その首から多量の血を噴き出している。


「阿呆が!」


 男の背後にいたのはライベルで、その顔は血飛沫で染まっている。

 力を失った男がゆっくりと倒れ掛かってきた。

 静子はそれを避け、男の体は床に沈む。


 窓から風が吹き、彼女は誘われるようにライベルに目を向けた。

 赤い血に染まった白い顔、緑色の瞳が蝋燭の光を反射して閃く。微風によって彼の金色の髪が舞い上がった。


「鬼」


 凄絶な美しさに彼女は思わずそう呟く。


「オニか。またそれか。お前、俺の言葉を守らなかったな。しかし、そのおかげで命拾いした。そして、お前の疑いもこれで晴れた」

「陛下!」


 騒ぎを聞きつけて、近衛兵が部屋に飛び込んできた。


「ご無事ですか!」

「無事で悪かったな」


 物音はもっと早くからしており、執務室を警護する兵がいたはずだった。その遅すぎる登場にライベルは薄く笑う。


「も、申し訳ありません!」


 誰からの指示で持ち場を外れたのだろう。

 近衛兵は深く頭を下げる。


「シズコ。お前は間者ではない。俺を助けたのだからな。ただ、これでお前の存在は公になる。どういう意味かわかるか?」


 ライベルは兵から静子に視線を移し、そう問う。

 その瞳は細められ、口元に皮肉な笑みが浮かんでいた。

 彼女は彼の問いの意味がわからなかった。


 ただ血に濡れた美しい彼の姿から目が離せず、近衛兵や使用人が慌しく行き来する部屋の中、呆然と立ちすくんでいた。



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