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四十六 王太子の要求


ニールが率いる八百の兵も予定を大幅短縮して、六日で国境に辿り着いた。王宮から出発してわずか十日で到着したのだから異例の早さであった。

 それにも関わらず、彼らが到着した頃には戦いは終わっていた。

勝敗はない。あえて決めるならばアヤーテに軍配が上がるのだろうか。

 ニールが到着するのを知っていたかのように、急にエイゼンの兵士達が撤退し始めた。深追いする理由もなく、アヤーテ軍はエイゼン軍が完全に撤退するのを待って、砦に戻る。

 エイゼンの動きを警戒しつつも、兵士に休息を取らせていたらニールら援軍が到着したのだった。

国境警備兵団団長のナイデラはエイゼン側が援軍を知り撤退したと考え、退却理由に納得していた。


「……なんだと?」


 ナイデラはニールの五つ先輩に当たる。ふたりとも所属する団が異なるため、共に働いたことはなかったが、模擬戦で剣を交わしたこともあり、お互いの力量は把握していた。

 近衛兵団長、警備兵団長、国境警備兵団長の地位は一応対等である。けれどもニールが第二継承権を保持しているため、立場的にはナイデラは頭を垂れる側であった。

 しかし、国境警備兵団は警備兵団よりさらに柄が悪く、身分などはこの砦ではないに等しい。ただ重視されるのは実力と兵団での地位だ。

 それなので、ナイデラは対等に、ニールに対応する。


「国境側は陽動の可能性が高い。目的を達したので、軍が引いたのだろう」

「陽動。王宮への攻撃。帆船か、思いつかないことばかりだ」

「そうだな。してやられた。運がよかったのは、陛下が王宮を離れていたことだ。王太子はシズコ様を連れると、すぐに立ち去ったようだ。目的はシズコ様だったようだな」

「シズコ様――異世界の娘で、陛下の愛妾」

「それで、俺の義理の妹でもある」


 ナイデラの言葉にニールが付け加えて笑う。

 本当は笑ってなどいられる状況ではなく、彼自身、父親に瀕死の重傷を負わせ、シズコを奪った王太子への怒りで腸が煮えくりかえりそうだった。だが彼は近衛兵団長として砦に来ており、動揺しているところなど見せるわけにはいかず、余裕を見せる。


「王宮は大丈夫なのか?」

「ああ。陛下が治めているはずだ。何かあっても二百の精鋭がいる。帆船で攻めて来たと言っても、数は知れている。陛下なら問題ないだろう」

「陛下か。正直なところ、君はどう思っているんだ。……クリスナ様を押す声がこの砦でも多いのだ」

「馬鹿なことを。父上にその気はない。あと、陛下は優秀だ。今回、信じた相手がまずかっただけだ。今後は、父上や俺が全力で支える。そんな馬鹿なことを言う奴がいたら、俺がぶちのめす」

「……王族とは思えない言葉だな」

「悪いか。俺は王族なんて向いてないんだよ」

「そういう問題ではないのだがな」

「わかってるさ。言ってみただけだ。さて、一週間働きづめで疲れただろ。俺がお前の役を変わってやる。少し休め。砦の兵士たちもだ」

「助かる。それでは、……頼む」


 欠伸をしながらそう言い、ナイデラは部屋の奥の仮眠室へおぼつかない足取りで歩いていく。

 それを見送り、ニールは立ち上がった。


 これからライベルが静子を救出するため、何をするのか。それを全力で助けるためにも、砦の機能を低下させないように、ニールは努めることにする。まずは連れてきた兵士から使えるものを選び、休養を取る国境警備兵の代わりに配置する。残りの兵士達の所在も決める必要があり、やることは多かった。

 それが今の彼にとってはありがたく、エイゼンの砦に今にでも飛び出し行きそうな自分を抑えることにも繋がった。



 静子がエイゼンに到着して一日が経過していた。

下船するとすぐに馬車に押し込まれ、森の中を移動した。辿り着いた場所は、エイゼンの城が視界に入るほど、中心部に近い屋敷だった。それはシェトラに与えられている別邸で、彼は城の彼の部屋ではなく、こちらで過ごすことが多かった。

 石ではなく、木材で作られた屋敷は二階建てで、静子にはシェトラの隣の部屋をあてがわれた。パルにも部屋が与えられ、それは他の使用人と同じであったが、虐待されるわけでもなく、待遇はよい方であった。

 パルは引き続き静子の使用人として仕えることを許され、共に逃げようと思えば逃げられる環境は整う。しかし扉、窓の外にはシェトラの私兵がいつも張り付いており、何かすればすぐに捕まるのは明白だった。


「今なんて?」


 二日目の朝食。

 シェトラがにこやかに静子に提案した。いや、提案ではなく、彼にとっては決定事項である。


「君を僕の妻にするから」

「は?」

「君はまだ結婚していないよね。異世界の娘だったらエイゼンも欲しいからね。だから、僕の妻になってもらう。次期王妃だよ」

「……そんなの嫌だ」

「嫌でもだめだよ。あの使用人のことどうなってもいいわけ?」

「……それはだめ。だけど、妻になるのも嫌!」

「我侭だね。君は逆らうことはできないよ。だって、この使用人を捨てられないだろ?」

「シズコ様!私のことはいいですから!お願いします」


 壁に控えていたコスタがパルを後ろから襲い、その手の自由を奪う。シェトラが食事用のナイフを持ち、彼女に近づいた。


「首切っちゃおうか。どうしようか?」

「やめて!」

「シズコ様。私に構わないでください!」

「うるさいな」


 シャトラは顔を歪めると、パルの腹部に蹴りを入れる。


「やめて!なんてひどいこと!」

「だったら、いいよね?僕の妻になってくれるよね?」

「シズコ様!」


 静子が返事する前にパルが自ら動く。手を拘束されながらも力の限り動いた。シャトラの持っていたナイフで首を掻っ切ろうと試みる。


「くっつ!」

「パル!」


 けれどもコスタが一歩早かった。ナイフに彼女が触れる前に、その体を抱え込んだ。


「おっと。危ないな。コスタ。よくやった。死んでもらったら、困るんだよね。ほかに人質がいないんだから。やっぱり、この使用人。どこかに閉じ込めて。勝手に死んじゃう可能性もあるからね」

「畏まりました」

「くっ」

「パル」


 悔しげなパルは唇を噛み、自らを拘束するコスタを睨む。その後に視線を和らげ静子を見つめた。


「私のことはお願いです。気にしないでください。私などのために、シズコ様が犠牲になることはありません。陛下のお気持ちを考えてください」

「パル。あんたは私の友達なんだ。だから駄目。犠牲なんかじゃないから。ライベルだってわかってくれる」

「ふふ。そうかな。さて、シズコ。決心はついたかな」

「……わかった。あんたの妻になる。でも形だけ。心も体もあんたには絶対にあげない」

「ふうん。まあ、いいけど。どっちも興味ないから。僕は君が妻という形に入るだけでいいから。ライベルの奴がどんな顔するか楽しみ。あと、父上も喜ぶかもしれないな」


 シェトラは目尻を下げ、唇の両端を上げる。

 笑顔を作っているわけだが、静子にはそう思えなかった。 

 

(楽しくないのに、なぜこの男は笑うの?)


 シェトラという男は残虐で、好きではない。だが、彼の笑顔は奇妙で、気にせずにはいられなかった。

 


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