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四十四 赤い瞳

「エイゼン軍撤退です!」


 日が完全に落ちた頃、その知らせがシーズの元に届いた。

 それにより、王宮の緊張が一気に解ける。

 報告によれば海岸沿いのアヤーテ軍は、半数以上が死傷、エイゼン軍は壊滅状態で、引いたようだった。帆船も既に裸眼では見えない距離まで移動しており、このままエイゼンに逃げ帰るはずだと、報告は楽天的な最後で締めくくられていた。

 しかし、シーズは渋い顔をしたままだ。

 一隻の帆船に乗船できる兵力は最大で四十。二隻だとあわせて八十人程度だ。その数で、アヤーテの王宮に攻め込むなど、最初から勝利が見えていない戦いだった。国境に精鋭を送っているとしても、王宮内で少なくても数百の兵は待機していると敵は予想しているはずだ。その数のゆうに数倍がいる王宮に、無鉄砲に戦いをしかけるなど、いくらシェトラ王太子が気ままな性格をしているとはいえ、シーズは考えられなかった。

 

「シーズ」


 考えごとをしながら歩いていると、クリスナに声をかけられた。

 

「シーズ。エイゼンの別働隊はこれで完全に手を引いたと思うか?」


 丁度、彼の執務室に向かっていたので手間が省けたと思っていると、同じ疑問をぶつけられる。


「どうですかな。私にはまだ判断できておりません」

「そうか。あなたもか。私も判断がつかない。たった二隻で王宮に攻め入ろうとするのはあまりにも無謀だ。仮に成功したとしても、すぐに陛下が戻ってきた制圧されるだけなのだが」

「そこですな。やはりシェトラ王太子は変人なので我々通常人には理解できない思考をしているかもしれませんな」

「……そうかもしれない。どちらにしても暫く警護を必要だ。私はシズコ様の様子を見てくる。シーズは引き続き警戒態勢を頼む」

「はっつ、畏まりました」


 シーズは礼をとり、クリスナに道を譲る。彼は静子が隠れている地下室へ行くために、隠れ扉のある場所へ早足で向かった。



「警戒は解けないか……」


 シェトラはコスタからの報告を少し残念そうに聞く。

 エイゼンの別働隊――一隻の帆船からシェトラ達はすでに王宮の森に侵入し、コスタを密偵として放っていた。


「このまま待っても何も生み出さないよね。半数は解体したと言っても、まだ半分は戦闘可能。それが王宮に戻ったら面倒だもんね。今しかないか。少数でちゃちゃっと「異世界の娘」を浚っちゃおう。あと、クリスナを発見したら、殺しちゃおうね」


 シェトラの言葉に反応したのは、手足を結ばれ、口を塞がれたままのパルだ。


「コスタ。本当にこれ、役にたつの?」

「はい。「異世界の娘」とはかなり親しそうでしたから」

「だったら、いいけどね。まあ、面倒になったら殺しちゃえばいいか」


 彼の言葉に逆らうものはいない。諌めるものすら。

 エイゼンの王太子の私兵はたった三十名で、王宮に奇襲をかけようとしていた。



「シズコ様」

 

 くぐもった声だが、聞き覚えのある声が扉の外から聞こえた。ヘレナもそれに気がつき、扉を開ける。


「クリスナ様」


 扉の外には予想通り、クリスナの姿があり、静子は緊張を解いた。両手で抱えていた剣から力を抜き、それを視界に入れたクリスナは苦笑した。


「シズコ様。エイゼン軍は一旦引きました。しかしながら、まだ油断ができない状況で、もうしばらくこちらに隠れていただいてもよろしいでしょうか」

「私だけ隠れるなんて、私も一緒に戦いたい」

「シズコ様。あなたの身を守りながら戦うのは、逆にわれわれの足を引っ張ることになります。お気持ちはわかりますが、隠れていてください」


 言い辛いこと、けれどもはっきり言葉にされ、静子は頷くしかなかった。兵士、またはパルのように戦いになれていれば、自分の身を守ることができた。けれども、静子は護身術や剣術を少し習っただけでのど素人。下手に動けば、邪魔になるだけだった。


「ヘレナ。シズコ様を頼む」

「畏まりました」


 青ざめながらも後方のヘレナはクリスナの言葉に頭を垂れた。


 クリスナが去り、扉を閉めると再び部屋の中は静寂が訪れる。日が落ちてきているため、小さな窓から差し込む日の光もなくなり、闇が部屋を支配した。

 けれども、夜目が利く静子は、震えるヘレナに近づくと肩に手を触れ、微笑んだ。彼女が見えたかどうかはわからないが、震えは止まる。


 扉を閉めた今、唯一外と繋がっている小さな窓に目を向けていると、黒い影がすばやく移動していた。

 目を凝らしていると、それが急に近づいてきた。


「こんばんは」


 女性のような高い声、陽気さを含む声とともに、赤い瞳がこちらを見る。 

 ヘレナは我を忘れ、悲鳴を上げると主人である静子に抱きついた。


「よく見えないな。声がしたから、誰かはいるよね。となると、そこにいるのは「異世界の娘」かな」


 赤い瞳の男は、肌も髪も白く闇の中で光を帯びていた。珍しくて静子は食い入るように見てしまう。ヘレナは小刻みに震えており、静子は彼女を抱きしめる。


「影は二つ。真っ暗でよく見えないな。コスタ。それ持ってきて」


 男――シェトラの姿が窓から消え、次に現れたのは行方不明のパルだった。


「パル!無事だったんだ!よかった」


 静子は、口に猿轡をかまされているが、生きているパルの様子を見て、思わず声を出してしまった。


「ふふ。君が「異世界の娘」みたいだね」


 パルの姿が消え、シェトラが再び顔を現す。その口元に笑みが浮かび、静子は自分の過ちに気がついた。


「さて、「異世界の娘」。このパルだっけ。この子大事?殺されたくなかったら出てきてほしいんだけど?エセルでも入り口までは知らなかったようなんだよね。ふふ。結局それってそこまで信用されてなかったってことなんだけど」


 彼の台詞の間に、外の喧騒が静子にも伝わってきた。暢気にシェトラは話をしているが、アヤーテの守りもそこまで甘くはない。すでに中庭では戦いは始まっており、剣がぶつかり合う音、怒声が聞こえてきていた。


「ああ。時間がないんだよね。わかる?これだけじゃ餌がたりない。じゃあ。こっちは?」

「シズ、コ様」


 生き絶え絶えの声がして、今度は先ほどまで話をしていたクリスナの顔が窓に近づけれられた。口から血を流しており、深手を負っているのが見て取れる。


「クリスナ様!やめて!出て行くから!」


 顔色は悪く、すでにかなりの出血もしているようだった。


「シズコ様!」

 

 ヘレナは怖くて抱きついていたのだが、自分の使命を思い出し、彼女の動きを阻止しようと腕に力を込める。


「ごめん。ヘレナ!」


 静子は自分に抱きついているヘレナから力づくで離れると、すぐに扉に向かった。


「シズコ様!」


 ヘレナの切り裂くような声が背中から聞こえたが、彼女は無視をして扉を開ける。階段を必死に登り、隠れ扉をさらに開け、外に出た。


「シズコ様を止めろ!」


 姿を見せた彼女を見つけ、シーズが叫ぶ。近衛兵が駆け寄るが、静子はひらりとかわし、シェトラのところまで駆けた。


「クリスナ様とパルを離して!」

「おお、君が「異世界の娘」か。ああ。真っ黒だね。美しい」


 シェトラは静子を視界に捕らえると、目を細め笑う。


「なんでもいいから。早く二人を離して!」


 クリスナは腹部から血を流していた。早く手当てをさせたくて、彼女は叫ぶ。


「気が短いね。僕におびえないところも面白いし。クリスナか。どうしようかな」


 シェトラは地面に倒れているクリスナの背中に足を乗せ、少し体重をかける。すると彼をうめき声を上げ、血がまた流れる。


「止めて!」


 たまらず静子は剣を鞘から抜き、シェトラに向かって駆ける。だが、コスタがすぐに彼女の手首を捻り上げ、握っていた剣を地面に落とさせる。


「捕獲終了だね。いいよ。君の勇気に免じてクリスナに止めを刺すのはやめておくよ。まあ、それでも死んじゃうと思うけどね」

「あんた誰!なんでそんなひどいことするの!私を捕まえてどうするの?パルは?パルを離して!」

「結構うるさいな。いいよ。じゃあ、聞いてあげる。だから黙ってくれるかな?」


 赤い瞳は不快に細められ、静子は黙って頷く。すると、彼はクリスナの背中から足を下ろし、パルの体も地面に投げ出された。

 

「大丈夫だよ。パル。大丈夫だから」


 自由の利かない身で必死に体を動かし、彼女らしくない涙目で自身を見るパルに静子は優しく語り掛ける。


「さあ。行こうか」


 わずか三十名の兵士。しかし、この三十名こそが、シェトラの私兵の中枢であり、その兵力は一個中隊並みといわれる小隊だった。しかもエセルが流した王宮の情報を元に奇襲している。対するアヤーテ近衛兵は人数こそは7倍近くだが、訓練兵上がりが半数を占めており、簡単に王宮内への侵入を許してしまった。

 今は静子という人質も得ており、アヤーテ軍はシェトラの私兵を囲みながらも手出しができなかった。



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