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四十三 帆船動く

「シズコ様」


 扉を軽く叩かれ、近衛兵が入ってきた。その表情、少し慌しい様子から静子は嫌な予感を覚える。


「我々に付いて来てください」


 有無も言わせない勢いで、兵達は静子を部屋から連れ出し、廊下を歩く。後ろを歩くヘレナを見れば、彼女にも理解ができていないようで、不安げな顔をしていた。王宮内は騒然としており、嫌な予感はますます高まる。


「……状況を説明してください」


 足早に、兵たちに遅れないように歩きながら、静子は兵に問う。


「申し訳ありません。ご説明は後でいたします。一刻の猶予もありませんので」


 彼は「異世界の娘」であり時期王妃の質問に対して、ただ前を向いたまま、そう口にする。礼をとったり、足を止めたりする時間も惜しい。そんなにも状況が差し迫っていることが静子にもわかり、姿を消してしまったパルのことが不安になる。

 静子なりにパルが戻ってこない理由を考えてみた。彼女はクリスナの配下であり、今は静子の護衛も兼ねている。そんな彼女が突然姿を消す。それは事件に巻き込まれたことに違いなかった。

 そして、王宮の慌しさ。使用人が怯えたような顔をして、近衛兵の中には鎧を身に着けている者も見かける。これは、どうみても戦いの準備だった。何かが攻めてこようとしている。

 隣国エイゼン軍は国境で足止めされているはずだった。それではあれば、何が攻めてこようとしているのか。

 静子にはそこまで予想がつかなかったが、パルが消えたことはその何かと関係しているのは確かで、彼女はパルの無事を祈るしかなかった。


 「こちらにお隠れください」


 兵士が連れてきたのは、地下室だった。入り口は巧妙に隠され、壁を押して中に入り、それから下に降りたところにある部屋。しかし場所は中庭の近くであるのは間違いなかった。窒息するのを恐れ、微妙に作れられた隙間から外の様子がわかる。それは中庭であり、光も隙間から少しだけ入り込む。


「この場所を知っているのは、案内した私どもか、クリスナ様、シーズ様、そして陛下のみです。それ以外の者が迎えにくることはありません。決して扉を開けませんように」


 兵士はそれだけ言うと部屋を出て行こうとする。


「待って。状況を、状況を説明してください!」

「……すみません。そうでした」

 

 静子の必死さに兵は軽く頭を下げる。


「エイゼンの別働隊が王宮に攻め込む可能性があります。現在海岸沿いに兵士を派遣しておりますが、王宮でも準備を進めているところです。……杞憂である可能性もあります。ですから、シズコ様はお迎えがあるまで、こちらでお待ちください」

「待って!」


 一礼して立ち去ろうとする兵士を、静子が再度呼び止めた。


「どうしましたか?」

「あの、剣を貸してください」

「は?」

「私はただ守られるだけは嫌。自分でも何かしたい。だからお願い!」


 兵士は別の兵士に目を向ける。頷かれ、彼は腰に手をやり、鞘ごと剣を腰のベルトから抜き取る。


「あくまでもご自分を守るためにお使いください。絶対に」

「わかってます。ありがとう」


 剣を受け取り静子は感謝を込めて微笑んだ。すると彼は照れたように少し顔を紅潮させる。


「それでは」


 二人の兵士は頭を下げると、部屋を出て行く。

 部屋に残されたのは静子とヘレナの二人だ。


「大丈夫だから。絶対」


 ヘレナは一言も発していなかった。静子は彼女の肩に手をやり、安心させようと笑う。それから剣の両手に抱えた。



 アヤーテ沿岸の岩山の影から二隻の船が姿を現した。

 それはある程度まで進むと動きを止める。


 アヤーテ軍の海岸沿いの守りを固めるのは、近衛兵団副団長だ。前任者であるダンソンはすでにエイゼンに出奔。空席となった副団長籍に昇格した男で、国防大臣シーズの義理の弟にも当たる。

 信用たる男だが、経験がすくなかった。いや、現アヤーテ軍において戦争の経験があるもの自体がまれで、彼の判断は責められたものではなかった。


 彼は歩兵に弓を構えさせ、上陸してくるのを待った。小船にのり、分隊に分かれて攻めてくると考えていたからだ。騎兵はその背後で、控えている。 


「副団長!」


 見張り役の兵士が単眼鏡から目を離し、声を上げる。


「投石きます!」

「投石?」


 単眼鏡で確認することもなかった。炎を帯びた大きな石が勢いよく飛んできた。


「散開しろ!」


 彼の命令は遅く、兵士が動くよりも早く石が襲う。石は一人の兵士を潰し、炎が他の兵士に燃え移る。悲鳴を上げ、逃げ惑ったが、冷静な兵士の一人が自らの服を脱ぎ被せ、消火に成功する。

 しかし落ち着いたのも束の間、第二波がやってきた。二隻の帆船から連続して放たれる炎の石を防ぐ手はなく、彼は隊列を後方に下げる。すると、今度は火の弓矢が飛んできた。彼らが投石に気を取られている間に、小船に乗った分隊が陸に近づきながら、火の弓矢を放ってきたのだ。


「こちらも放て!」


 混乱する兵士達を叱咤し、彼は号令をかける。

 停泊していた帆船も動きだし、投石は続けられ、兵士達は飛んでくる炎に怯えながら、矢を放っていた。正確さもへったくれもなく、兵力はこちらが断然上にも関わらず、戦況は混乱していた。


 燃え上がる草木、白く上がる煙。

 

 アヤーテ側は帆船の総数を把握しておらず、二隻に翻弄されており、他にも帆船があるなど考える余裕がなかった。


 陸の混乱と煙に乗じ、一隻の帆船が陸に近づいていた。海に面した王宮の森。進入はどこからでもできた。兵士はまばらに沿岸を警備していたが、二隻の帆船が攻撃を仕掛けたことで、散っていた兵士が一箇所に集められる。軍が分かれて行動するなど予測しているはずがなく、沿岸の守りはそこだけになった。

 船は浅瀬ぎりぎりに碇を下ろすと、小船を下ろし、上陸準備を始める。日は傾き始めており、奇襲にはもってこいの時間がやってこようとしていた。


 


 ライベルが静子から離れ四日が経った。

 三夜、彼女の温もりなしに眠りことにはやはり慣れず、かといって寂しそうな姿を見せれば、ニールからからかわれることは間違いなしで、ライベルは毅然と馬を駆っている。


「この調子では、二週間もかからず到着するかもしれないな」

「そうであればいいな」


 昼食の休憩の際に、二人はそんなやり取りを交わしていた。


 ライベルを先頭に、アヤーテ軍は馬で駆け抜ける。

 けして食料を奪うようなことはせず、必要になったら街で買い揃える。

 代金を値切るようなことはしなかった。


 アヤーテ軍は、民衆から羨望の眼差しで見送られ、次の街や村に向かう。その視線が心地いいことと、時たま送られる若い娘からの声援などで、兵士たちの士気は高かった。


 ライベルはただ前を見て馬を一心に駆り立てる。

 王の容姿を近くで眺め、男女問わずその美しさに見惚れた。ライベルはそんな視線にも慣れ切っているため、羞恥を感じたり、逆に誇ったりすることもない。

 けれども以前のように不遜な態度をとることがなくなり、笑みを見せるようになっていた。


 野営の準備を始めるのは、日が暮れる前だ。

 ニールが空を見て判断し、ライベルに許可を取る。


 今日もそのようにして進軍を止め、天幕を張り始めた。


「空が赤い」

「いつものことだろ」

「そうか?」

「そうだ。あまり深く考えるな。俺たちは少しでも早く国境にたどり着き、エイゼンの侵攻を阻止する。それだけだ」

「……ああ。わかってる」


 西の空が真っ赤に染まっていた。 

 いつもの夕焼け、ニールの言う通りそうに違いなかった。

 しかしライベルには、昨日よりも空の色が赤く、血の色のように見えていた。


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