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四十一 嵐の前の静けさ

 その日の夜。

 ライベルが率いる八百名の騎兵は、一つの街を抜け、森に入ったところで野営をすることにした。今回は強行軍とはいえ、夜通し走るのは効率が悪かった。まだ一日目で食料も十分のため、街で食料を買い込む必要もない。兵士の一部には不満そうな者もいたが、ニール達側近に一睨みされ、黙るしかなかった。

 ライベルの天幕は一番大きく、敷物も立派なもので、寝台がない代わりに、かなり居心地のよさそうな寝具が用意されている。ニール達はライベルの傍の天幕で寝泊りし、交互に警備も担当する。


「ライベル」


 使用人も入れず、ライベルは一人で天幕の中にいた。


「酒でも飲むか?」


 ニールはワインボトルに木彫りのカップを持って、返事もないのに天幕に入り込み、敷物の上に座る。


「飲むわけないだろうが」


 ライベルは、そんな彼に無愛想に答えるが、出て行くようには言わなかった。それを良いことにニールは勝手に酒盛りを始めた。


「考えてもしょうがないだろ。お前も飲め。弱くなかっただろ。少し飲んで、寝ろ。明日も走り通しだ」


 ニールはワインを注いだカップを強引にライベルに持たせた。


「やっぱりシズコ様を連れてきたほうがよかったか?」

「そんなわけないだろう」


 いやな笑みを浮かべる従兄弟を睨み付け、彼はカップの中身に口をつける。

 静子がいれば、別の悩みも増え、彼女を守らなければならないと責任も重なる。不安定な己の状態で、彼女を守れる自身が今の彼にはなかった。


「だったら、飲んで早く寝ろ。お前が病気になったり、怪我をすると悲しむだろ?」


 誰が、そんなことは聞かなかった。

 しかし、ふとライベルはニールの気持ちが気になり、この機会に確かめることにする。


「お前は、シズコが好きなのか?」


 その問いに対して、ニールの動きが止まる。それからゆっくりと彼を見つめた。青い瞳はクリスナ、そして先王と同じであった。


「ああ、好きだな」

「やはり、」


 聞いたことを少しだけ後悔し、胸の奥に痛みが走る。


「勘違いするなよ。俺はシズコ様が好きだ。だが、それはお前を含めてだ。お前の事を想っているシズコ様が好きだな。あんなじゃじゃ馬なのに、お前のために健気なところとか。犬みたいにお前になついているところとか」

「な、なんだ。それは!」


 己が考えていたこととは異なることを言われ、ライベルの頬が少し赤らむ。


「照れるな。照れるな。本当。お前らって初心だよなあ。可愛らしい」

「ふざけるな。俺は王だぞ。なんだ、可愛いとは」

「お前、本当はめちゃくちゃ可愛かったんだな。いや、小さいときは本当女の子みたいだったからな。ああ、今もどちらかというと女みたいだけど」

「くそっ」


 立て続けに言われたくないことを口に出され、ライベルは怒りと羞恥で赤面し、立ち上る。


「お前、何の用で来たんだ。不敬罪で裁いてやる!」

「ほーんと。面白いなあ」


 剣を取り出して振り回しそうな勢いのライベルに、ニールはニヤケ顔で応じる。


「じゃあ。俺は警備に戻る。しっかり寝ろよ」

「寝れるか!」


 ニールは腰を上げると、憤慨しているライベルに手を軽く振り、天幕を出て行った。

 残された彼は不貞腐れていたが、エセルへの悩みを一時期だが忘れることができていた。

 



「おお。なかなか。シズコ様はセンスがあるな」


 剣術を習い始めてから二日後、国防大臣シーズ・ブレイブが見学にきた。もちろん、「異世界の娘」が剣術などを習っているなど、公にできないため、この訓練は極秘に行われている。しかし、場所などの許可はシーズが出しているため、彼が顔を出したようだった。


 護身術としてパルから体術を少し習ったが、剣術はさすがに基礎から習っている。彼女の腕力に合わせ細身の剣を、型に沿って振る。同時に足裁きも教えており、静子は必死にパルに付いて習う。


「どれどれ。私も久々に体でも動かすかな。パル。私が代わろう」


 シーズは壁にかかっている剣を取ると鞘から抜き、静子の前で見本の剣捌きを見せる。

 習い始めたばかりの静子にも、シーズの腕前がその見本の動きから想像できた。思わず、動きを止めて見惚れていると、彼は動きを止めた。


「シズコ様。どうした?動きが早かったか?」

「いえ。えっと、すごいなと思って」


 彼女が目を輝かせながらそう語ると、シーズは照れたように笑う。


「そうか。そういわれるとうれしいものだな。どれどれ、私の得意中の技を見せよう」


 国防大臣になる前は、警備兵団団長、国境警備兵団長も経験しているシーズは、平和ぼけしている近衛兵団長が国防大臣になるのが通常だった歴代国防大臣の中では最も特殊だった。彼は今も現役のつもりだが、今はすっかり執務室に篭るように、いや篭らずにはいられなくなってしまったため、その体も鈍ってきていた。

 静子にはわからなかったが、本人は腕が落ちたことを自覚し、がっかりしたように剣を下ろす。


「そうか。私もシズコ様と一緒に訓練することにしよう」


 そうして、静子とパルの剣術の訓練にシーズが加わるようになってしまった。





 翌日――ライベルが出立してから三日後。

 シェトラ一行は予定通り、アヤーテ沿岸にたどり着いた。島と呼ぶより、岩山に近い、無人島の影に、碇を下ろし停泊する。

 まずはアヤーテに密偵を送り、状況を探ることにした。それから作戦を決めるつもりだった。今のシェトラには情報がなさ過ぎて、さすがの彼も無計画にアヤーテ王宮に攻め込むような愚作はとるつもりはなかった。

 シェトラの直属の私兵は一個中隊に相当する百人程度。三隻の船にそれぞれ三十数名の小隊を配置していた。


「ずっと船の上で皆疲れたよね。明日には陸に上がりたいよね」


 彼の傍の給仕役は少年兵のような年若い兵士だった。彼は目を伏せて、水差しを持っていた。女性がいると揉め事の元だとエイゼンの軍には女性がいない。使用人のような役割もすべて男性が行うが、押し付けられるのは訓練兵からやっと正規になった兵士ばかりだ。

 シェトラの配下の一個中隊の半分は元近衛兵であり、現在でも一応近衛兵と同じ身分であり交流もある。今回の出兵に対して、使用人の役割をさせるため、若い兵士達を数人加えていた。給金も余計に出るため、望んできた兵士も多い。

 シェトラに付いた兵もそのうちの一人であったが、白髪に赤い瞳の白蛇のような容姿の彼に怯えがちであった。


「トム。僕のことが怖い?この瞳が蛇みたいだから?」


 彼は野うさぎのような髪色に草色の瞳の若い兵――トムに目を向ける。トムの外見がエセルに少しだけ似ていて、シャトラは不機嫌そうに口を歪める。

 普通は面倒だけなので、絡んだりしない。けれどもどうしても、そうたずねてしまった。


「そ、そんなことはございません」


 トムは頭を垂れたまま、小刻みに震え始めた。

 それはまさに蛇に睨まれた小動物のようでシェトラは一気に興味を失う。


「彼はそんなんじゃなかったな」


 脳裏に浮かんだのは、初めてあった時のエセルの反応だった。驚いた顔をしたが、それだけだった。彼から畏怖などされたことはなく、最初のころは不思議でたまらなかった。だからこそ、彼はエセルを王宮に招いた。


「まあ、いいや」


 子ウサギは震えたままで、シェトラの言葉を待っている。

 

「トム。お酒が飲みたいな。何かもってきて。よろしく頼むよ」

「はい!」


 彼はやっと解放されたとばかり、返事をすると逃げるように部屋から姿を消した。

 


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