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四十 出兵

 王宮の外庭に準備を整えた兵士が集まっていた。その数は八百。近衛兵団から三百、警備兵団五百で構成されている。さらに各領地から兵を集め、千五百に膨れさせる予定だった。

 近衛兵団には六百人所属している。その半数を借り出すことになり、不足分は訓練兵を臨時に正規兵にして、王宮を警備させることになった。警備兵団の場合も、兵不足で、街で混乱がおきないため、ニールが取り計らい、自衛団のようなものを組織させた。日ごろから警備兵団と仲良くしている男たちで、ニールとも飲み友達でもあり信用置ける連中だった。

 食料は領地で分け与えてもらう予定だが、余分に食料も取り揃える。薬師も数人連れ、荷馬車も含み四台の馬車が中央に配置されることになった。

 

 貴族がほとんどを占める近衛兵は全員が鎧を身に付け、中には全身鎧姿の者もいた。反対に警備兵の半数は鎧を着ておらず、武器を携帯しているのみだ。しかし顔つき、体躯から判断しても警備兵団のほうが、勇ましかった。


 兵士達は少し興奮気味で、近衛兵と警備兵が同列に扱われていることで、ちょっとした言い争いも起きていた。

 それらを諌めているのはもちろん、ニール・マティスで、貴族しかも第二継承権を持っている者が行うとは思えない荒っぽい手を使っている。


 建物の柱の影から、静子はその様子を眺めており、緊張が高まっていく。「異世界の娘」であり未来の王妃として、兵の前に立つ。彼女は緊張のあまり両手を組んだり、解いたりを繰り返していた。

 そんな大舞台である彼女の装いは、鮮やかな青色のドレス姿だった。だが数日前に貴族の前に立った際に来たものとは異なり、丈は足元を完全に覆い隠し、少し引きずるぐらいの長さだった。胸元は大きく開き、青色の宝石の首飾りが煌めいている。髪は編み込まれた上にまとめられ、銀色の頭飾りが頭上で輝いている。

 隣に立つライベルは青色のマントに銀色の鎧を身に着けていた。長い金色の髪は戦闘の邪魔にならないように三つ編みにされていた。


「シズコ」


 矯正下着を身に付け、胸が小さめの彼女だが、今日は谷間が見えるほどに寄せてあげられている。いつもよりかなり大胆な衣装に、顔から火が出そうなくらい恥ずかしかった。大勢の前に立つことに重ね、この衣装。緊張も頂点に達しており、静子は拳を握り締める。

 

「俺の手を握れ」

「え?」


 彼女が動くよりも早くライベルがその手を両手で包む。


「いつものお前でいいから。無理はするな」

「だってっ」

「お前が言葉を発する必要はない。ただ俺の隣で笑っていたらいい。それだけでお前の役割は足りるから。俺にとってはそれだけで十分だ。お前が隣で笑ってくれる。それが俺にとっては一番の力だからな」

「ライベル」


 両手を優しく包まれ、静子は握った手の力を弱めることができた。緊張はしているが、かなり気持ちが解れている。


「さあ。行くぞ」

「うん」


 腰に手を回され、静子は頷くと足を踏みだした。


 

 王と「異世界の娘」が共に姿を現し、騒がしかった庭が急に静まり返った。羨望、戸惑い、驚き様々な思いが篭もった視線が二人に注がれる。

 静子は俯きたくなる己に発破をかけ、足を進めた。そんな彼女を支えるようにライベルは腰に手を当てたままだった。


 兵達が一望できる場所に到着し、ライベルは彼女から手を離す。マントを翻し兵達に顔を向けた。


「余は、第九代アヤーテ国王、ライベル・アヤーテである。即位してから一年。余はお前たちの善き王ではなかった。余は、アヤーテ国民全員が、平和に、豊かな生活ができるような国を造りたい。その為に、まず侵略してきた隣国エイゼンを返り討ちにする!皆の協力が必要だ。国のため、民のため、家族のため、余を補佐してほしい」


 美しすぎる王。

 人形のように、整いすぎている王。

 傲慢で冷徹な王。


 王宮でも、街でもそう噂されるライベル。それが頭を下げ、近衛兵はもとより、いや近衛兵よりも警備兵に動揺が広まる。

 謝りを認めたり、物を頼むときに下手に出ることは相手に好感を与える。けれども、王は違うのではないと隣で静子が思っていた。エセル逃走後、ライベルは貴族達に頭を下げた。クリスナとニール親子が始めに忠誠を誓い、他の貴族も膝を折ることで、威厳は保たれたものだったが、今回はどうだろうかと戸惑う兵達を眺める。

 ライベルが頭を上げ、再度兵士を眺めるが彼らは動揺したままで、ざわめきはおさまらなかった。

 

(私が何かしなきゃ。ライベルのために)


 静子の役目は、「異世界の娘」だ。特別な力を持っていると思われている。それを利用すればいい。

 彼女は勇気をもらうため、ライベルの手を掴み、口を開く。


「……アヤーテ王国の兵士達よ。私は異世界の娘、静子だ。王に力を貸し、この国に幸せをもたらすために導かれた。国の繁栄は私が保証する。迷うことなく、王に力を貸すが良い」


 できるだけ威厳があるような、村の長老を想像して彼女は話した。

 静子の言葉にざわめきが止み、静寂が広がる。

 ライベルは驚いたが、思わぬ援護に手を握り返した。


「ライベル陛下。シズコ様」

 

 まず膝を折ったのはニールだった。

 現近衛兵団団長で、前警備兵団団長の彼が頭を垂れる。

 それはすぐに他の兵にも伝達していく。

 波のように次々と兵士が膝を追っていく様子は、壮観で静子の胸を震わせる。ライベルを窺うと、彼は視線を兵士に向けたままで、彼女も動揺を隠してそれに習った。

 



「それでは行くぞ!」


 ライベルは掛け声をかけると、先だって馬を駆る。

 王自らが先頭に発つなど、無鉄砲としか言えない進軍であるが、ニールはその傍らで馬を走らせる。ライベルの側を固めるのはニールと国防大臣のシーズがより選んだ兵士達だ。

 出立前夜。

 父親から吐き気が起きるほど何度もライベルを命がけで守れといわれていた。その隣ではレジーナから「シズコ様を悲しませないように」と繰り返し、ニールは最後にはわかっていると子どものように声を荒げてしまったくらいだ。

 ライベルのことは言われなくても命がけで守るつもりだった。一生懸命「異世界の娘」を演じる静子のためにも、ライベルに傷一つ負わせるつもりはなかった。



 静子は王宮で一番高い塔から、ライベルの姿が完全に視界から消えるまで眺めていた。馬に乗る前、ライベルは別れを惜しむように彼女を強く抱きしめた。その温もりはまだ体に残っており、静子は自分の両腕を抱え込む。


「シズコ様」


 アヤーテ軍の最後の一人が、街を越え、森の中に消えても動こうとしない彼女にパルが声をかけた。


「暖かい蜂蜜茶と林檎パイを用意しております」


 静子の好物の二つを上げ、気を引こうとしたが彼女は頑として動かなかった。


「シズコ様。陛下がお帰りなるまでそうしているつもりですか?それであればその時間を有効にお使いくださいませ。私が馬術なり、剣術なりをお教えしましょう。何かあれば陛下の為にもなるはずです」

「本当?!」


 これは効き目たっぷりで、静子は振り向くとパルのところへ飛んできた。言ってしまって後悔したパルだが、腹をくくり彼女に向き合う。


「何を習いたいですか?」

「うーん。追いかけられるように馬術かな。でも、ライベルを守れるように剣術のほうがいいかな」


 レジーナが聞いたらとんでもないと憤慨するに決まっていたが、パルは静子の女性らしからぬ性格を知っているので、苦笑だけに留まる。


「決めた。剣術にする!パル。私に教えて。ライベルが戻ってきたら、驚かせてやるんだから。もし、もし帰ってくるのが遅かったら、私も国境に行って戦う!」


 台詞の後半部分は素直に頷けない内容だけれども、塔に閉篭られても困るので、パルはその部分は聞かなかったことにする。


「それでは、まずはお部屋に戻って着替えましょうか?あとブレイブ閣下にも聞いてませんと」

「ブレイブ、閣下?」

「国防大臣閣下です。ニール様不在の今、ブレイブ閣下に許可を取るように言われておりますので」

「そう、そうなんだ」

 

 そこで、静子はニールもライベルに付いて国境に向かったことに気が付く。それくらい、静子はライベルのことだけを考えており、ある意味それはニールにとってかわいそうなことであった。


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