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二 金色の鬼

「ここは?」


 目を覚ますと静子は、真っ白な布で覆われたベッドの上にいることに気がつく。


「なに、これ」


 布団しか寝具を知らない彼女は、驚きながらベッドを撫でる。それから周りを見渡し、更に驚愕した。


「私、いったい」


 部屋に置かれた脚の長いテーブル、白い椅子、棚。床には絨毯が引かれ、壁と天井は石造りだった。


「いたっつ!」


 ぱちんと自分の頬を叩き、夢でないことを確認する。

 理解できない状況に多少の恐怖心もあったが、好奇心に負けて静子はゆっくりとベッドから降りた。

 畳でもない、石でもない感触に足が少し竦む。畳と違い何かくすぐったい感触。

 見るものすべてが新しく、物珍しい。

 静子は、幻のようにも見える真っ白な家具の存在を確かめるため、テーブルや椅子を触り、窓に近づいた。

 窓を覆うカーテンを開き、窓の外に人の姿を見つけた。


「茶色の髪?」


 目に入った人の色が信じられず、その人が振り向く前に彼女はしゃがみ込んだ。


「あれは外人?」


 静子は見た事がなかったが、世界には日本以外にも国があり、そこには人種の違う人々が住んでいることを小学校で習っていた。


「じゃ、ここは外国?」


 壁に背を預け、彼女は両手で自分の両脚を抱く。

 そうして静子は自分が身に付けている服もいつもの着物でないことに気がついた。

 

「これは洋服?」


 静子の村にはまだ洋服は浸透しておらず、村の人は皆、着物を着て生活していた。けれども、たまに村を訪れる町の者や、小学校の先生達が身につけていたため、洋服の存在は知っていた。

 

「なにか変」


 外国にいるという怯えが収まり、静子は自分の着ている服に関心を持つ。

 立ち上がり、くるりと一回転すると裾が広がり、花のようだった。


「面白い!」

「ふうん。面白いか」


 突然部屋に自分以外の者の声がして、静子は体を強張らせた。


「そう怯えるな。女だと思ったが、まだ子供だな」

 

 声の主は彼女に近づきながら、そう言葉を続ける。

 

 金色の長い髪に、緑色の瞳。

 天女のような顔立ちで、人間のように思えなかった。


「不敬な奴だな。俺のことがわからないのか?俺は、アヤーテ王国第九代目ライベル王だぞ」



 ☆


 椅子に座るように促され、静子は恐る恐る腰を下ろす。

 椅子は脚の部分が細く、ひどく頼りなさげだった。

 そうして座ると、テーブルの上に食事が並べられた。

 給仕をするのは、やはり日本では見たことがない栗色の髪に白い肌の女性だ。もちろん服装も着物ではなく、静子が身に着けているものを同じ洋服。色は彼女と異なり地味な灰色だった。

 テーブルの上の料理も静子にとっては珍しいものばかりだった。パンだけは町に出かけた時に買ってもらった記憶があったが、スクランブルエッグやハムは彼女にとって新鮮なもので、静子はただ珍しそうに眺める。


 ライベルは王に対して頭を下げることもしない彼女を咎めるはせず、朝食の準備をさせた。静子は状況がわからぬまま、ただ彼に従う。

 彼女にとって、目の前のライベルは自分とは異なる生き物にしか思えず、ただ息を潜めて状況を判断しようとしていた。

 白い肌に金色の長い髪、新緑の瞳。

 怖いくらいに美しい顔で、静子はある可能性に辿り着く。 

 彼女は禁忌とされる鬼の木に度々登っていた。昨日も止める二人を押し切って、木に登り、模型飛行機を木から奪い取った。

 昨晩、水に映った奇妙な満月、日本とはまったく異なる世界。そして、目の前の美しい男。


「鬼……」

「うん?何か言ったか?」


 美しい男はその緑色の目を静子に向ける。

 窓から入る光で、瞳はキラキラと輝いていた。


「鬼の祟り。あんたは鬼なの?」

「オニ?なんだ、それは?祟りとはただ事ではないな。不躾な態度も頂けない」


 ライベルは不愉快そうに口を歪め、目を細めた。


「わ、私は食べても美味しくないんだから!」

「た、食べる?何の話だ?」

「あ、あんた。鬼なんでしょ?こんな世界に連れてきて、食べるつもりなんでしょ?」

「はあ?お前何言って?」

「だって。おかしい。目が覚めるとこんなところに。しかもあんたは凄く綺麗だし。鬼に違いない!」

「綺麗。それだけは同意するが。どういうことだ?」

「だって。私、ただ水が飲みたかっただけなのに。なんで、こんなことに!」


 静子はお転婆娘で気が強い。村ではそんな風に言われていた。しかし、突然の出来事に彼女の心はいつもの調子を崩していた。


「落ち着け。お前は突然池に現れた。俺はお前が間者か何かだと思っていた。だが、間者にしては間抜けで、弱い。何があったか説明しろ。助けてやってもいい」

「助ける?私を食べるんじゃないの?」

「食べる?だからどういう意味なんだ?」


 ライベルの緑色の瞳が穏やかな光を放つ。

 綺麗過ぎて、気後れすることには変わりないが、優しい瞳の色に少し安心して、静子は昨日のことを彼に語った。


 

 ☆

 

「ニホンという国か。確かにお前の髪色、瞳、肌色。すべては初めて見るものだ。このアヤーテ、また隣国にもお前のような容姿の者はいない。それにニホンという国は聞いたことがない」

「あんたが聞いたことがないだけじゃないの?きっと探せばあるはず。あんたが鬼じゃないことはわかった。でもどうやって、この国に来たの?船?でも乗った記憶もないし、起きたらこんなところにいて」

「俺にもわからん。気がついたらお前は池に浮いていたからな」


 ライベルは静子の態度に怒りを表すことなくそう答えた。


「池に浮く?わけがわからない」


 しかしそれは余計に静子を混乱させる。


「落ち着け。多分。お前は俺の知らない国から来たのだろう。お前の容姿は珍しいが、一見単なる娘にしかみえない。だが、まだ間者の可能性は消えていない」


 そう言いながらライベルは腰に手をやり、柄に触れた。

 その動作を確認し、静子は座ったまま、目だけを彼に向ける。


「怖いか?お前が間者であれば俺はこれを使ってお前を切る。わかったな」


 ライベルは薄く笑い、柄から手を離した。


「お前が間者かどうか、見極める。だから、俺はお前をしばらく飼うことした」

「飼う?」

「そのニホンに帰る方法もわからないんだろう。俺が聞いたことない国だ。相当辺鄙なところにあるに違いない。お前が間者じゃないとわかれば、俺が帰ることを手伝ってやろう」


 そうして静子は、ライベルの元で生活をすることになった。


 


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