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三十五 「異世界の娘」

 王室から静子は部屋に戻ってきていた。 

 ライベルとクリスナはまだ明日の集会に向けて、話をしている。ライベルは有力な貴族を集め、声明を出すつもりだった。内容はエセルの行いを明らかにすること。そしてライベルが引き続き王としてアヤーテを治め、クリスナがそれを支えること。

 またエイゼンの侵攻を予想して、エセルに加担した者には強い処罰を与えないことにした。もし権利を剥奪した場合、貴族たちが連合し、反乱を起こす可能性があった。そうなるとライベルは国内外に敵を抱えることになり、国自体の存続が危ぶまれる。

 なので、二人は当面エセルに加担した貴族には監視をつけ、謹慎処分を取るのみに処罰を収めた。


 静子はエセルの裏切りにより強く傷ついたライベルが再び立ち直れないかと、心配していたが、クリスナと話す彼には責任を果たすという意思で精気が満たされており、少しだけ安心した。


 混乱が収まると改めて、裏切られた痛みがやってくるかもしれないが、ライベルなら乗り越えられるのではないかと、彼女は期待していた。

 そうしてライベルから自分に気持ちを戻し、静子は「彼女」のことを思う。浚われてから一度もまだ会っていない友人。一方的に慕っていたかもしれないが、自分を守ろうとしてくれた姉のような存在。

 静子は立ち上がると、彼女に会うために人を呼んだ。

 使用人であった彼女がまだ王宮にいるのか不安であったけれども、彼女はいつも通り灰色のドレスに白いエプロン姿で現れた。


「シズコ様」

 

 静子が声を出すよりも先に、彼女は平伏した。


「どうしたの?」

「私はシズコ様へ嘘をついておりました」

「嘘?」

「私はクリスナ様の情報収集のため、王宮で働いておりました。あなたに「友達」として親しくしていただいてにも関わらず」

「それが何?クリスナ様は私のお父さんにもなったんだし、そんなこと気にしてないよ。現にパルは私を守ろうとしてくれた。私こそ、ごめん。私のせいで傷つけることになった」


 襲撃者とパルは知り合いのようで、彼はパルを眠らせただけだったが、それでも傷つけたことには変わりはなかった。


「謝らないでください。私は命令に従っただけですから」

「命令……。クリスナ様の?」

「はい」


 静子は命令という言葉に少し胸が痛くなった。やはり友人ではなく、クリスナの命令で自分を守ってくれたという事実、それは彼女を寂しくさせる。しかし無理に微笑む。


「それでも、いいんだ。パルは私の大事な友達だから。守ってくれてありがとう」

「……礼も入りませんから」


 パルは床に両膝をつけたまま、目をふせていた。しかし、静子はパルの頬が少しだけ赤く染まっていて、照れているのを発見する。


「ありがとう、ありがとう!」


 やはりパルが命令だけで自分を守ったわけではない気がして、静子はパルの近づくと腰を落とし抱きつく。


「シズコ様?!」

「ありがとう、パル!」


 子どものように抱きつく静子にパルは困った顔を見せたが、口元には笑みが浮かんでいた。


「これからもよろしくね。あと、私にも剣の使い方を教えて。私もパルみたいに戦いたい!」

「そ、それはだめです」

「どうして?」

「シズコ様には必要ないことですから」

「そうかな。これから、多分大変だよね。私も自分で自分の身を守れるようになりたい。初歩的なことでいいから教えてよ」


 抱きついたまま懇願され、パルはしぶしぶ頷くしかなかった。

 



 翌朝、王宮に勤めるすべての貴族が集められた。

 その数は三百人を超え、大広間は人で溢れ返っている。正装に身を包み、貴族達はそれぞれが不安と期待の面持ちで王が現れるのを待っていた。


「私はやっぱりだめだよ」


 別室で、アヤーテの国旗と同じ青色のドレスを着た静子は、緊張と矯正下着のために顔色は青ざめ、この世の終わりを感じさせる絶望的な顔をしていた。


「シズコ」


 そんな彼女に声をかけるのはライベルだ。

 こちらも青色の正装を身につけ、腰には剣を携えている。


「俺にはお前が必要だ。俺に力を貸してくれ」

「……だって、私はただの人で、皆の前に立つなんてできないよ」

「シズコ様。私からもお願いする。これは国をひとつに纏めるには必要なことなんだ」


 部屋にもクリスナも控えており、そう言い募った。


 今日、貴族の前でライベルはアヤーテ第九代王として、演説を行う。内容はすでにクリスナと打ち合わせで完璧であり、最後の仕上げに静子を隣に立たせることになっていた。

 表向き、静子は「異世界から来た特別な娘」で、クリスナの養女になり、時期王妃として貴族たちに知られている。

 これはエセルが言い出したことであるが、クリスナはこれを利用することにした。

 静子を横に立たせることで、ライベルに更なる権威を与えようとしていた。


「無理だよ。無理。私にはそんな大役できないから」


 静子は、今回女神の使いとして振舞うように言われている。

 そのため、今回はレジーナが気合に気合をいれて化粧しており、装飾品も見事なものだった。黒髪は光沢を放つように香油を塗りこまれ、背中を覆うように流されている。頭には神秘的な雰囲気を出すために青色に輝く宝石を使った銀色の飾りを被らされていた。 


「シズコ」


 蒼白になり少し震えている彼女の両手をライベルが握り締める。


「俺の隣は静子だけだ。静子だけが俺の隣に立てる。そして俺に力をくれる。俺を助けてくれないか?」


 彼の緑色の瞳が静子を捉える。その瞳に不安な色が浮かんでおり、彼女は静かに見つめ返した。


(ライベルのため。こんな私が偉そうに振舞うなんてありえないけど、今はそうしないといけない。ライベルのためだ)


「……わかったよ。頑張る」

「ありがとう」


 ライベルは静子を引き寄せ、抱きしめた。




 ☆


 近衛兵の一人が声を張り上げ、大広間の扉が開く。

 ライベルに続き、静子が姿を見せ、貴族たちの中でどよめきが起こった。

 刺さる視線を受けながら、彼女はただライベルの背中だけを見つめる。

 震える足を勇気付け、静子は小さく深呼吸しながらただ歩いた。


「シズコ」

  

 先に壇上に上がったライベルに手を差し出され、彼女は迷うことなくその手を掴む。

 アヤーテ王国第九代目王の隣に立ち、静子は貴族達を見渡した。まだ王妃でもなく、アヤーテ人でもない。マティス家の養女であるが、その存在は曖昧で、彼女に向けられる視線は厳しいものが多い。

 俯きそうになる自身を励まし、静子は前を向く。

 そんな彼女の震える手にライベルは自らの手を重ね、微笑む。静子が頷くと彼は視線を貴族たちに向け、姿勢を正した。

 彼女はライベルの横顔をただ見つめ、彼の言葉を待つ。

 ライベルは小さく息を吸うと口を開いた。


「まずは本日、余のために集まってもらって、礼を言う。この度は、余の配下エセル・キシュンの裏切りのため、王宮を騒がせてしまい、申し訳なかった」

「陛下!」


 歴代の王が決してしなかった行為。

 ライベルは貴族たちに深々と頭を下げた。

 非難、悲鳴様々な声があがり、大広間はざわめきで満たされる。


「余はこのような過ちを再び起こさぬため、異世界の力を借りることにする。シズコ」


 喧騒の中、静子は名を呼ばれ、貴族達に視線を向ける。


「この娘、シズコは異世界から来た娘だ。余の過ちを正すために導かれた娘だ。だからこそエセルは娘の命を何度も狙った。愚かな余はそれに気がつかず、クリスナに罪を着せるところであった。余はこのシズコを王妃に迎え、今後アヤーテの名に恥じぬ王になるつもりだ。無論クリスナは今後も余の傍に仕え、堅実な助言を与えるだろう」


 静子は自身の緊張を悟られぬように必死に優雅な微笑を浮かべる。脳裏にあるのはレジーナが見せてくれた笑顔だ。それを念頭に置きながら、彼女は「異世界の娘」を演じる。


「シズコ様は満月の夜に王宮の池に現れ、王と出会った。彼女の黒い髪は闇を支配し、その漆黒の瞳は真実を語る。我がアヤーテ王国に富と栄光を与えるだろう」


 妙な静けさが訪れた大広間に、追随するクリスナの声が響く。


「私、クリスナ・マティスは死する時まで、ライベル陛下とシズコ様に忠誠を誓うことをこの場で宣言する」

「私、二-ル・マティスも父と同じく、死する時まで、ライベル陛下とシズコ様に忠誠を誓います」


 父親の宣言に続き、ニールは壇上から降ると、ライベルと静子を仰ぎ礼を取る。


「私も」

「私もでございます」

 

 すると先を争うように声が上がり始め、貴族たちが次々と腰を落とし、膝を床に付け、首を垂れた。

 その様子に、ライベルは頷き、隣に立つ静子の手を握る。

 彼の安堵した様子に彼女はすぐに抱きつきたくなったが、その気持ちを抑え、「異世界の娘」らしく、格調高く一同を眺めた。


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