二十九 すれ違い
「お茶会?」
その日の夜、夕食を共に取った後、静子は切り出した。
作戦を練ろうと思ったが思いつかず、結局直接聞くことにしたのだ。
「うん。なんか王宮は変な雰囲気だよね。だから、ライベルとクリスナ様たちが一緒にお茶を楽しむと雰囲気も変わると思うんだ」
「お茶会か。レジーナの提案か?」
「違う!私が言い出したの!それで、私も参加したいんだけど、いい?」
静子は誤解されないように慌てて手を振り否定した後、上目遣いでお願いする。
こうしてお願いすると効果的だと、レジーナに言われそれを実行したのだが、事情は知らないライベルは、驚きとあまりの可愛さに顔を背けてしまった。
「やっぱりだめだよね」
それを不可の答えだと取った静子の声は心なしか沈んでいる。
「お茶会は開いてもよい。だが、エセルにも確認してからだ」
静子の頭を優しく撫で、ライベルがそう言うが彼女はまったく喜べなかった。
(ライベルはエセルを信じきっている。でも、彼が知ったら絶対に反対する。仲良くなんてなってほしくないはずだ)
「どうした?」
険しい顔つきになった静子を不審に思い、ライベルが顔を覗き込む。
「な、なんでもない。うん。確認してみて。賛成してくれるといいのだけど」
「多分大丈夫だ。あいつもこの状況はまずいと思っているだろうし。クリスナとも話すいい機会かもしれない」
(そんなこと全然思っているわけないのに。ライベルはどうして)
静子は彼の過去を知らず、なぜライベルがそこまでエセルに傾倒しているか、理解ができなかった。
そうして、二人の噛み合っているようで、噛み合わない会話はそこで終わり、床に入ることになった。
ニールと小屋に閉じ込められてから、ライベルは静子を抱き枕のように抱いて寝る。男としての本能と戦いながら、それでも彼はそうやって毎晩静子を抱えて寝ていた。
静子はそんなライベルの苦しみをわかっておらず、秋深まり冷えてきた時期に丁度いい暖かさだと思いながら、彼の胸の中で熟睡する。その寝顔に唇を寄せ、ライベルもまどろんだ。
☆
「お茶会?」
「そう。シズコ様が考え込んじゃっててね。どうかしら?」
自宅謹慎が解けたというのに、ニールはまだ実家に逗留している。今日も両親の話を聞きながら夕食の席についていた。
「俺はいいと思うけど。仲良く茶を飲んでいるところを見せりゃ、王宮の奴らも街の皆も安心するだろ」
「……そう単純ではない気がするが」
「あなた。でもこのままどうする気?何か策があるの?」
お茶会をどうしても開きたいらしい。
レジーナは首を傾げて尋ねる。
クリスナはその仕草に頷きそうになりながらも、別のことを考えていた。
エセルがすべての黒幕だ。
静子を襲った賊から、雇い主がハイバンであることが知れた。ハイバンは六年前に死亡したはずだが、エセルに拾われ彼の私兵となっているようだった。
この事実を突きつければ、ライベルのエセルへの信用は崩れ、王宮はひとつにまとまるかもしれない。
しかし、ライベルはエセルを盲目的に信じており、確固たる証拠があっても信じない恐れがあった。
それならば、お茶会を開き、貴族の輩や民衆に対立など存在しないことを披露する方法を取るほうが無難のように思えた。
「しかしな」
単純だが効果的。
それでもなぜかクリスナは嫌な予感を覚える。
「あなた。あなたが渋ってもだめかもしれないわよ。シズコ様から陛下にお願いするように言っておいたから」
「何と、」
安全性の問題がなければ、静子の願いは叶うことが多かった。
今回もライベルが同意することは予想できる。
眉間に深く皺を寄せたクリスナに、レジーナは自分の行動が早まったことを知る。
「申し訳ありません」
妻であるが、立場を弁えている彼女は深く頭を下げた。
「レジーナ。顔を上げなさい。大丈夫。私の考えすぎに違いない」
妻を安心させるように言い、クリスナ自身そうであることを願う。
ニールは二人のやり取りを聞きながら、父親同様嫌な予感を覚え、ワイングラスを煽った。
☆
翌朝、ライベルは最初に外務大臣の執務室へ向かった。
呼びつけることもできたが、たいした用でもないのにと自ら参る。
こういう態度がエセルへの王の信頼を知らしめ、クリスナ派を煽ることに繋がるのだが、ライベルは考慮していなかった。
早朝の訪問に驚きながら、エセル自らお茶を入れる。
彼の部屋には彼自身で調合したお茶がいくつかあり、色々な種類のお茶を楽しめた。もしかしたら静子の口に合うお茶もあるかもしれないと、ライベルはティーカップを手に持ちながら考えた。
しかし今日訪問した目的を思い出し、咳払いをする。
「陛下?」
「エセル。今日俺が来た理由は一つ。俺は、クリスナとその家族を公式にお茶に誘おうと思っている」
「お茶、ですか?」
「ああ。どう思うか?」
「私に聞かなくても、陛下のお心は決まっているのでしょう?シズコ様にお願いされましたか?」
「……まあな。だが、俺自身もいい機会だと思っているのだ。今の王宮の情勢はまずい。クリスナと俺が対立していないことを皆に披露したい。そして二つの勢力の和解を図る」
「そうですか。それはいいですね」
「エセル?」
涼やかな笑顔で答えられ、ライベルのほうが戸惑う。
エセルはライベルがクリスナと親しくすることを好んでない傾向があった。
「私も参加してもよろしいですか?私の調合したお茶をクリスナ様たちに楽しんでいただきたい」
「いいだろう。シズコも参加するからな」
「当然です。シズコ様は確か緑色のお茶を探しておりましたよね。最近珍しい茶葉を取り寄せたので調合してみます」
本当に嬉しそうに微笑まれ、ライベルは釣られて顔を綻ばせる。
彼は本当に知らなかった。
エセルが何を考えているのか。
なぜ楽しげなのか。
彼はただ伯父が楽しげにしていることを喜ばしく思っていた、