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二十七 裏切り者

 ライベルが部屋に戻りしばらくすると扉を叩かれた。

 訪れたのは近衛兵団副団長のダンソンで、部屋の外には先ほど見張りの兵がいたはずなのだが、姿を消していた。

 それに対して、警備を交代したと軽く説明し、ダンソンは周りを伺いながら足早に廊下を進む。 

 静子を探したい一心のライベルは彼の不自然な動作に疑問を持つことなく、その後を追った。

 中庭を抜けたところで、二人の人影と三頭の馬の影が見えた。


「エセル!」


 二人ともフードを被っており顔がよく見えなかったが、近くまで来て、そのうちの一人がエセルだと気が付く。


「お前、怪我しているのに」

「大丈夫です。陛下一人を危険な目に遭わせるわけにいきませんから」

「だが!」

「それなら行くのはやめますか?」

「……わかった」


 そう尋ねられれば了承するほかなく、ライベルは不服ながらも頷いた。


「それでは私はこれで」

「後は頼みましたよ。ダンソン」

「はい」


 ダンソンの役目はそこまで、彼はライベルとエセルに頭を下げると中庭に戻る。

 

「陛下。行きましょうか」


 エセルの隣にはもう一つの影があった。深くフードを被り、頭を下げたままで、急いでいるのだが気になってしまう。


「その者は何者なのだ?」

「私の友人です。火傷の痕がひどいため、顔を隠しております。ご容赦いただけると幸いです」

「そうか。お前の友人か。それならよかろう」


 ライベルはいとも簡単にそう許し、馬に飛び乗る。

 すると二人もそれぞれの馬に乗り、手綱を掴んだ。


「それでは行くぞ」

「はい」

「はっ」


 ライベルが馬を駆り、他の二人はそれに追随した。

 


 月明かりの下、森の中を三頭の馬が闊歩する。本当は馬を思いっきり走らせたいライベルだが、エセルの怪我の状況、視界の暗さを考え、比較的にゆっくりと移動した。静子の名を呼びながら進むライベルの後方を二人は追った。エセルも同様に静子の名を呼び、時折痛みに顔を顰める。それを気にしながらもライベルは立ち止まることはしなかった。しかしながら、夜明けが近づき徐々に疲れを覚え始め、速度が落ちる。エセルと男は気づかれないように頷き合うと、自然に思えるように誘導し始めた。

 静子とニールが閉じ込められている小屋付近には、日中エセルの息がかかった近衛兵があたかも捜索しているように、配置されていた。疲労の色が濃いライベル、しかも夜の森で地理がわからなくなっていたので、彼はそのことに気が付くことなく、偶然にその場所に近づく。


「陛下。あれを!」


 エセルが声を上げ、ライベルは小屋の存在に気が付く。


「確認してみましょう」

「ああ」


 彼は頷くと、エセルに続き馬を走らせた。







 馬の嘶きが遠くで聞こえた。


「シズコ!いるのか!」

「ライベル!」


 いつの間にか寝てしまっていた静子は、ライベルの声で起こされ、立ち上がった。対面の壁に寄りかかっていたニールは、ずっと起きていた様で既に体を起こし、扉の方へ目を向けていた。


「さて、どうなるか」


 こんな状況なのに楽しんでいるような声で、静子は怒鳴り返したくなったが、無視して扉へ走った。


「ライベル!?閉じ込められてるみたいなんだ!」

「離れてろ!」


 扉の向こうからライベルの声が聞こえ、彼女は少し離れる。

 

「少し待ってろ!ニールも一緒なのか?」

「……うん」


 嘘をついても仕方がなく、小さく返事する。それにライベルは答えることなく、何かをはがす音が何度かして、扉がゆっくり開いた。


「静子!」

 

 外は夜が明けようとしていた。

 開けられた扉から光が差し込み、ライベルの金色の髪が輝いて見えた。


「ライベル!」


 静子は迷うことなく、その胸に飛び込み、ライベルも彼女を受け止め、二人は抱きしめ合う。


「……よくご無事で」


 ライベルの肩越しに、エセルの姿が目に入り、静子は息を止める。

 彼の緑色の瞳の中に、底冷えする何かを見て彼女は反射的に目をそらしてしまった。


「静子?」

「なんでもない」


 隠れるように胸に顔を当てた静子をライベルは訝しがる。そして彼女の羽織っている上着の持ち主に気が付き、目尻を吊りあげた。


「陛下。シズコ様と私はこの小屋に閉じ込められておりました。誤解をなさらないようにお願い申し上げます」


 ニールは部屋の中で、片膝を付き忠誠を誓うようにしてそう言う。

 すると胸の中で静子が弾けたように顔をあげた。


「目が覚めたらここに連れてこられていた。誰かが私とニールを閉じこめたみたいなんだ!」


 ライベルは静子の腰に手を置いたまま、ニールを見下ろす。視線が部屋の中を探るように動き、彼女が着ていたドレスを机の上で発見し、止まる。しかも破かれたように傷が付いている。


「ニール。どういうことだ?」

「どうもこうも。陛下。シズコ様は賊に追われていて川に逃げたらしい。そこでずぶ濡れになったので、着替えただけです」

「そう。ちょうど着替えもあったから」

「しかし、破れているのはなぜだ?」

「ああ、それはニールが背中の紐を外せなくて、剣で切ったから」

 

 ニールではなく、静子が答え、ライベルの視線は険しくなった。ニールは彼女の失言に目を閉じ、額を押さえる。


「ニールに着替えを手伝わせたのか?」

「違う。ただ服が脱げなくて」

「別の男にお前の体を触らせようとしたのか?」

「え?ライベル?」

「お前は私の愛妾で、妻になる女だ。そんな軽率な行動をとろうとしたのか?」

「ライベル?」

「お前を今日から部屋に幽閉する。じっくり自分の立場を考えろ」

「ライベル!」

「陛下。それは酷過ぎる。濡れていれば着替えるのは当然。ドレスは一人で脱げないだろうが!」

「ニール。お前には関係ない。お前も、自宅謹慎とする。王の愛妾に触れるなど、罰せられるべきだ!」

「ライベル!」


 静子は彼の怒りに理不尽しか覚えなかった。しかし、それが更に彼の怒りを煽る。


「エセル。俺はシズコを連れて王宮に戻る。ニールのことはお前に任せたぞ」

「……畏まりました」


 ライベルは静子の腕を掴むと、踵を返して乗ってきた馬のほうへ戻る。転びそうになりながらも、彼女は逆らうことができない。


 だが、彼女はエセルの口元に笑みが浮かぶのを見てしまった。

 それで、すべてがわかってしまった。

 そして、ニールが、パルが言っていたことが正しかったと確信する。


「シズコ」


 馬がつながれている場所まで来て、怒っているはずなのにどこか、悲しげにライベルは彼女の名を呼ぶ。

 静子は、こうなることがわかっていて、ライベルをわざとここに連れてきたエセルに怒りを覚え、同時に胸が潰されそうな想いに駆られた。


 裏切り者はエセルで、それを知るとライベルはどうなるのかと。


「ライベル。ごめんなさい」

「……シズコ」


 俯いた静子の頬にライベルの手が触れる。

 それは先ほどまで激怒していたのが嘘のように優しく、静子の瞳から涙が流れた。


「悪かった」


 ライベルは彼女の涙の原因が自分が怒ったせいだと思ったのだろう。顔を歪めると静子を抱きしめる。


「違う。そうじゃないの。王宮へ、王宮へ戻ろう。ライベルも寝てないんでしょ?」

「シズコ」


 今は泣いている場合じゃない。

 これからどうするか、エセルのことを伝えるべきか、どうか。

 

 静子は考えなければならないと顔を上げた。

 


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