二十二 追う者、追われる者
「ニール!」
「なんだ?ダンソン」
親しくない間柄で、前回は拘留されそうになっている。
嬉しくない再会にニールは不機嫌そのもので振り返った。
「シズコ様が、シズコ様が襲われた!」
「なんだと?」
「どういうことなのだ?」
驚くニールに対し、クリスナは少し眉を動かしただけで、冷静に問いかける。
「森の奥へ向かおうとしたご婦人たちの馬車が襲撃され、シズコ様が行方不明です」
「ニール!」
ダンソンの言葉が終わる前に、手綱を引き馬の進行方向を変えた息子をクリスナが呼び止めた。
「父上。俺は黒目を探す。父上はライベルにこのことを伝えてくれ」
「ニール!待て。お前が行くことはない!」
「ライベルからの指示を待ったら、手遅れになるかもしれないんだ。俺が探したほうが早い」
襲撃者は誰かわからない。その目的も。
そうであるから命の保障はなかった。
「駄目だ。お前をおびき出すことが作戦の可能性もある」
「そんなの、俺は構わない」
渋るクリスナにニールはそう断言し、馬を走らせた。
「ニール!」
自分の命に逆らったことのない息子の一方的な行動に、クリスナは嫌な予感を覚える。
しかし、ニールの言うことも一理あるので、止めることはできなかった。
「ダンソン。婦人たちは無事なのか?」
その中に妻も含まれているが、あえて彼は聞かなかった。
「はい。しかし、奥様が、レジーナ様が怪我をなされております」
「なんだと?」
厳格であるが、妻には頭が上がらず。溺愛しているとも言えるクリスナ。すぐに駆けつけたいところを我慢した。
「薬師を派遣しろ。エセルは陛下と一緒なのか?」
「薬師はすでに手配済みです。エセル様はご婦人達を守り負傷し、現在意識を失っております」
「そうか。エセルが。陛下への伝令は行っているのか?」
「はい。別の者が向かっております」
「私も陛下の元へ向かおう。王宮の森は封じたのか?」
「はい。入口はすでに近衛兵団団長命令で封鎖しております。森から出ることはできないはずです」
「……それならいいがな」
「は?」
「ダンソン。行くぞ。案内しろ」
腑に落ちない顔をしているダンソンに、クリスナは声をかけると踵で馬を蹴った。
☆
静子はひたすら走っていた。
方向もわからず、ひたすら。
止まることは捕まることを意味しており、止まることはできなかった。
「待て、このカラス女が!」
男たちの怒声が耳に届き、その距離が縮まったことを理解する。
こちらに来てから部屋に引きこもることが多く、体力が確実に落ちているようだった。また履き慣れぬブーツが静子の体力を奪っていた。
息が切れてきて、足が鉛のように重く感じる。
「崖!?」
木々が行方を阻むように生えていて、そこを無理に通り抜けようとして、静子は慌てて立ち止まった。足元の大地が抉られるように消えており、眼下に川が広がっていた。
「おっと行き止まりだ」
戸惑っているうちに男たちに追いつかれる。
「さあ、観念しな。心配するな。命はとらない。そういう依頼だ。だが、ちょっと俺たちを楽しんでもらうことになるがな」
集まった男は3人。下卑た笑いを浮かばれ、「楽しみ」の意味がわからないが悪寒が走った。
このまま捕まると碌なことにはならないと本能が告げている。
「さあ。きな。大丈夫。いたくねーようにしてやる。なあ。お前ら」
「はは。そうだな」
最初に静子に声をかけた男が一歩踏み出す。男の顔に見覚えある。レジーナが果敢に向かっていった相手だ。
顔に引っかいたような跡があった。
「あんた!レジーナ様はどうしたの?」
「レジーナ様?ああ、あの赤毛の女か?うるさいから、黙らせた」
「こ、殺したの?」
「安心しな。女は殺さない。そういう依頼だ」
「依頼って、誰の依頼?」
「話すわけないだろう。さあ、おしゃべりは十分だ。きな」
男が再度足を進める。
レジーナが無事であることに静子は安堵した。けれども、黙らせたということは乱暴なことはされたということだった。そこまでしてもらい、のこのこ捕まるような静子ではなかった。
眼下の川を眺める。
泳ぎは得意だった。
「大丈夫。きっと!」
自分に言い聞かせると静子は川の中に飛び込んだ。
「おい!」
男が慌てて駆け寄る。だが、彼女の体が水に落ちる瞬間を見ただけで、止めることはできなかった。
☆
森の奥に向かって馬を走らせる。
他にも貴族たちが狩りをしているはずなのに、人の気配がまったくなかった。
奇妙だと思いながらも、ニールは先に進んだ。
そのうち、背後から気配を感じた。
しかし友好的ではなく、戦意が混じったもので、ニールは背中の弓に手を伸ばす。
馬の速度を緩め、弓を構えた。
「何?!」
弓を放とうと体の向きを変えたところ、一瞬早く後方の黒装束の男が矢を放った。
それはニールの頬を掠り勢いよく飛んでいく。
「くそっつ!」
狙おうと覚えばニールの頭を射ることも可能だった。
わざとはずされたことで馬鹿にされている気がして、彼は男に連続して2本の矢を放つ。
男は腰から剣を抜くとそれを弾き、そのままニールに向かってきた。
「馬鹿にしやがって!」
警備兵団団長は飾りではない。
実力で得た役職だ。
今日は狩りで剣を持ってきていないことを悔やみつつ、再度矢を放った。
「あたらねぇか!」
至近距離にもかかわらず男は矢を打ち落とし、背後からニールに切りかかろうとした。
彼は心の中で馬に謝りながら暴挙に出る。
上半身を起こし手綱を引き、馬を横向きで急停止させ、男の馬と激突させる。
お互いの馬がぶつかり合い、ニールも男も馬から振り落とされた。
二人はすばやく立ち上がり睨み合う。
しかし不利なのはニールだった。
武器は弓矢のみで、近距離戦に向かない。
「何?」
男は信じられない行動に出た。
持っていた剣を投げすて、構えを取る。
「……まさか」
その行動だけでも奇妙で驚くべきなのだが、男の構えを見てニールはさらに驚愕した。
「お前、ハイバンなのか?」
しかし黒装束で覆面をしている男は答えなかった。
「そんなわけがない。奴は死んだはずだ。六年前に」
動揺しているニールに男は構えを取ったままだ。
「確かめろってか。亡霊か、はたまた陰謀か。やってやる!」
六年前のハイバンの死に関しては確かに奇妙な点が多かった。遺体も確認していない。死亡した場所は隣国のエイゼンで、事故に巻き込まれたということだった。
ニールの覚悟に呼応するように、男は腰を深く落とす。
そうして、二人の戦いは始まった。