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二十一 狩の行事

 狩の行事は、王宮の森で毎年行われていた。

 去年は王の崩御で喪に服したために中止されたので、二年ぶり開催になる。

 狩をするのは男性で、女性は王宮の池付近でお茶会を開く。

 それが定番の形であり、静子もレジーナと共にお茶会に参加することになっていた。


「まあ、可愛い!」


 レジーナは自分が見立てたドレスを纏った静子に感嘆の声を上げる。

 今日の装いは背中に大きなリボンが付いている厚手の青色のドレス。足元はブーツ。初めて履くブーツは足元を覆う鉛のように、彼女には感じられた。


「帽子をかぶれば完璧ね」


 網籠から羽やリボンで飾られた白色の帽子を取り出し、レジーナは微笑む。

 晩餐会から三週間、彼女との付き合いも一ヶ月近くになっていた。

 静子は本来着飾ることが好きではない。

 しかし彼女が嬉々として、色々準備をしてくれるため、むげにもできず、今に至っていた。いつのまにか部屋の洋箪笥には数十着のドレスが溢れるほど掛けられており、それにあわせて靴や帽子も作られ、静子はどうやってこの恩を返せばいいのかと悩んでいた。


「さあ、いきましょうか」


 そんな彼女の悩みを知らないレジーナは、彼女に帽子を被せると声をかけた。



 

 王宮の主要な建物を出ると、ニールが待っていた。クリスナはライベルの側についているため、すでに王宮の森にいるはずだった。


「ニール。ボタンを掛けなさい」


 開口一番。レジーナはニールの姿を見ると注意した。

 制服をいつも着崩しているニールは、窮屈な服が苦手だった。反論することなく、拗ねた表情で一番上のボタンをかける。その子供じみた様子が精悍なニールに似合わず、静子は思わず笑みを漏らす。すると彼に凝視されてしまい、彼女は固まってしまった。

 さらにニールが居心地悪そうに笑い、静子は困惑を極める。


「ニール。シズコ様を困らせないでちょうだい。さあ、行きましょう」


 レジーナは息子を一睨みした後、歩き出す。静子は首を傾げていたが、置いていかれては困るので慌てて彼女の後を追った。


「ニール。そうそう。あまり張り切って無茶をしないようにね」


 レジーナはふと思い出したように立ち止まると、後方を歩く愚息に釘を刺す。

 勝負ごとは本気であたる彼だが、ただでさえクリスナの立場が微妙であるため、目立つことは避けたほうがよかった。ニールは警備兵団団長らしく、剣術だけでなく弓矢にも長けており、彼が本気を出せばライベルやその取り巻きから反感を買うのは必定だった。


「わかってるよ」

 

 ニールは母親の言葉に首を竦め、答える。 

 レジーナにとっては、彼は警備兵団団長であっても子どもに過ぎない。

 そんな親子のやり取りはおかしくて、静子の口元がまた綻んでしまう。微笑んだ彼女をニールは目を細めて眺めていたが、母に睨まれすぐに明後日の方向に視線を向けた。



 王宮の森の池のほとり、そこに白いテーブルと椅子が並べられている。ライベル、エセル、クリスナはそこでお茶を飲んでおり、ライベルは静子の姿を視界にいれると微笑んだ。しかし、近くにニールがいるのがわかると、不機嫌そうな顔にすぐに戻る。

 

「本当に嫉妬深いな」


 ニールは呆れた声を出したが、おかしな疑いをもたれないように静子から少し距離をとった。

 彼女もライベルを気にして、心なしがレジーナの側に寄り、彼はやっと不機嫌な表情を改めた。


 池の周りに人が溢れたところで、ライベルが立ち上がり、開催の挨拶を行う。側にはエセルが控えており、その存在を貴族たちに知らしめていた。逆にクリスナはそこから離れ、ニールとレジーナの側に来ている。


「それでは皆様。準備はよろしいでしょうか?」


 エセルの言葉を皮切りに、貴族たちが一斉に動き始めた。それぞれが持ち寄った弓を装備し、馬に乗る。

 王宮の森は王宮の敷地の半分を有する。狩の行事は馬で行うのが通例だった。


「それでは行って来る。レジーナ。シズコ様を頼むぞ」

「当たり前ですわ」


 夫婦のやり取りに自分への優しさを感じ、彼女は少しだけ頭を下げる。


「礼はいらない。私はあなたの養父にあたるのだから」

「そうよ。シズコ様」


 マティス夫婦は他人行儀の養女に微笑んだ後、ふと愚息を見る。


「ニール。あなたも兄に当たるのだから、それなりにしっかりして頂戴ね」


 弓矢の入った袋を手に持ち、準備をしていたニールは、母の小言に口を尖らした。


「分かってるよ」

「ならいいけど」


 母子のやり取りは本当におかしく、静子は笑みを漏らすことを止められなかった。

 そんなマティス家の様子は傍から見ると微笑ましく、貴族達は遠巻きに優しく見守る。だが、ライベルは面白くなさそうに視線をそらすと、馬を駆った。


「陛下!」


 エセルを始め、他の貴族達がライベルを追い、狩りの行事が本格的に始まった。

 


 ☆


 ライベルは斜め後ろを走るニールを横目で観察する。

 自らと同じ金色の髪。青い瞳は先王と同じ色。体躯は鍛え上げられ、服の上からもその上背が見て取れた。静子の思いが自分にあるのは知っていても、二人が近くにいればどうしても焼いてしまい、自分の独占欲に嫌気が指す。

 しかし、止められるわけがなく、狩りで気持ちを発散させようと前を向いた。


 弓矢を使い、できるだけ大きな獣を狩る。数ではなく、大きさが優先される狩の行事は、いわゆる王宮の森の生態系を守るために行われた。去年は喪に服していたため、狩りの行事は行われていない。獣は外敵がいない環境で肥えているはずで、狩りには最適な環境だった。


 狩に決まりはないため、王宮の森の中であれば、どこでも狩ることができた。

 貴族たちはそれぞれ分かれ、移動している。

 ライベルに追随するのは、主に王派といわれるエセルのその腰巾着の者たちだった。 

 馬を走らせていると、ライベルは開けた場所に出た。そこ一面に色とりどりの花が咲いており、目を楽しませる。花を愛でる趣味はないが、美しい光景でライベルの背後を走っていた貴族たちも次々と馬の脚を止め、見入っていた。


「美しいな。シズコが見たら喜ぶだろう」

「そうですね。お連れになりますか?」

「可能なのか?」

「当然でしょう。しかしシズコ様お一人だと後々悪い評判が立ちますので、ご婦人達もお連れしましょうか?」

「そうだな。そうしろ」


 狩りの場に女性達を連れてくるのは歓迎できなかったが、静子にこの光景を見せて喜ばせたい気持ちが勝り、ライベルはエセルの提案に頷いた。




 狩りに出かけた男性を待つ女性達。

 露出を抑えたドレス。しかし華やかな色が森の中で咲き乱れている。小声だが、甲高い声でそれぞれがおしゃべりを楽しむ。

 静子はレジーナの隣に座り、それに笑顔で対応していた。しかし窮屈に感じており、早くこの場から開放されることを願っていた。

 エセルが馬でやってきて、森の中に案内されることを聞き一番喜んだのは静子だ。レジーナさえ、気が向かない様子で馬車に乗り込んだ。四台の馬車が用意され、貴婦人達を乗せると森に入っていく。

 王宮の森で、その入り口は近衛兵によって守られていた。

 安全は保障されており、警護などがつくはずはなかった。


 女性たちはそのことに疑問を持つこともなく、ただ退屈な森の中を進む馬車の中で、おしゃべりに勤しんでいた。静子だけが、窓に張り付き興味深げに外を見ており、変化に気がつく。いくつかの黒い影が横切り、急に馬車が止まった。その勢いで彼女は窓に額を打ちつけ、車内のレジーナとほかの女性にいたっては、座席から滑り落ちていた。


「大丈夫ですか?」

「何者だ!」


 心配する静子の声に被さるようにエセルが誰かを詰問していた。

 外に出るのは危険だとレジーナが判断し、静子達を窓から遠ざけ、静かにするように指を唇に当てる。


「何者だって?何者でもないさ。異世界から来たという娘を出せ」

「知らぬ」


 荒ぶる男にエセルは冷静に答える。

 二人のやり取りは車内の静子達に明瞭に聞こえており、彼女はこの襲撃の目的が自分であることを知る。


「しらばっくれるんじゃねーよ。異世界の女がいることは知ってるんだ。カラスのような女なんだろう」

「知らぬ」

「ふん。なら、力づくで探すさ」

「させるか!」


 近くの馬車に向かった男にエセルが剣を向ける。


「俺に剣をむけるか。この男!」


 男は剣を抜き、エセルが向けた剣を振り落とした。


「弱いんだよ。貴族様はよ!」


 それだけでなく、男はエセルに剣を振り下ろし、彼の両手に綺麗な線が入ったかと思えば、そこから血が流れる。


「お偉い貴族様の血も、俺たちと一緒で赤いんだな」


 下卑た男の言葉で、静子はエセルが切られたことを悟る。


「やめて!」


 気がつけば静子は動いていた。

 ライベルの伯父である彼が、自分のために傷つけられるのは耐えられなかった。

 静子はレジーナの制止を振り切り、外に飛び出す。


「おお、自らお出ましとは。いい度胸だぜ」

「シズコ様!」


 黒髪、黒目の目的の娘が現れ、男はにやけた笑みを浮かべた。エセルは腕から血を流しながらも庇うように静子の前に立つ。


「おいおい。邪魔だぜ。死にたいのか?」

「死ぬ?陛下の大事な方のためになら、命は投げ出してもいい」

「エセル、様!」


 外務大臣でありライベルの大切な伯父。彼にそこまでしてもらうことはないと、静子は彼を押しのけた。


「用事があるのは私だけ。ほかの人は関係ないはず。解放して」

「ふん。いいだろう。そう依頼も受けているな」

「依頼?」


 男の歪んだ顔を眺めながら、静子はその言葉を脳裏で繰り返す。

 王宮しかも王宮の森に入るのは至難の業だ。しかも今日は狩りの行事の日で普段よりも入り口の警護が厳しくなっている。

 それなのに、男たちはいとも簡単に森に侵入し、静子を浚おうとしていた。王宮の者に内通者がいるのは確かで、彼女は男を見据えた。


「シズコ様!」


 レジーナが飛び出し、静子の前に立つ。


「逃げなさい!早く!」

「逃がすか!」


 静子を捕まえようとした男に、レジーナが立ち向かう。

 

「逃げなさい!」


 他の男たちが静子を捕獲しようと動くが、負傷したエセルをはじめ、御者が加勢した。

 静子は一瞬躊躇したが、この場にいてはむしろ邪魔だと思い、走り出した。


「追え!」


 怒声が響き、静子の後を追う気配がする。

 後ろを振り返り、エセルやレジーナ達の様子を確認したいが、それを我慢して走り続けた。


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