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二十 補佐役クリスナ・マティス

「期待通りに運んでいるな」


 エセルは手元の書簡を燃やしながら呟く。

 それは財務大臣パース・レンデンから届けられた訴えで、クリスナが彼のことを調べており、すぐにやめさせてほしいという内容だった。


 クリスナが正式な王の補佐役になり、王宮は少し変わりつつあった。

 彼は王子時代から、先王の影に隠れてひっそりと生きてきた。したがって、彼の能力を知るものは少なく、補佐役として期待する者も少なかった。しかし彼の優秀さはすぐに知れ渡ることになる。

 ライベル自身も、クリスナから得る案件以上の情報に舌を巻いていた。そのためか会議で発言しても賛同を得ることが多くなり、王として日増しに自信を持つようになっていった。

 それに比例するようにクリスナの評価も高まり、反対にエセルのこの一年の補佐としての能力に疑問を持つものが出てきていた。

 しかし、ライベルのエセルへの信頼は絶大で、一度彼のことを誹謗した者がライベルによって罰せられる事件がおきた。このことは、ライベルの統治能力を問うことになり、王宮内で少しずつだが、王派とクリスナ派の派閥ができるようになっていた。


 クリスナは優秀で、正しい人間だった。領民への無用な増税、王宮へもたらされていた不義の報告など、次々に明らかになっており、エセルの評価は日々落ちていくばかりだった。

 けれども、ライベルは彼を庇い続け、それが自身の評価を落としていく。反対に高まっていくのはクリスナの評価だ。

 過激なクリスナ派も作られてきており、それがライベルの暗殺を計画してもおかしくない、そのように台本を進めていくつもりだった。


 だからエセルは王宮でどんな風に貶められていようともいつも通りに、ライベルの元へ伺い身の潔白を訴えた。

 同時に、これはクリスナの策だとほのめかすことも忘れなかった。

 ライベルのエセルへの信頼は揺るがない。それは彼が六年かけて培ったものだからだ。だが、彼のクリスナへの思いは変化が起きているようで、エセルは面白くなかった。


「しょうがない。別の手を打つか。ハイバン」


 エセルが天井に呼びかけると、黒装束の男が現れる。


「人を集めろ。後がつかないように。実行は狩の行事の時に」

「はっ」


 ハイバンは頭を下げると風のように消える。


「酷いことをする伯父だな。まったく」


 妹の面影を残すライベルのことは、愛していたが、同じくらい憎んだ。

 ライベルは妹のことを死に追いやった先王を愛し、そうなりたいと願った。それは彼にとって裏切りに等しいことで、愛情は憎しみへと変わった。


「陛下。あなたが悪いのですよ。私は妹が最後に残したあなたを愛していた。だが、あなたはそれを裏切った」


 書簡が最後まで燃えたのを確認すると、彼は蝋燭を吹き消す。しかし部屋には窓から月の光が差し込み、闇一辺倒に染まることはなかった。


 彼は立ち上がり、カーテンを閉める。

 そうして部屋から光が消え、彼は闇に慣れた目でソファを探し、そこに座り込む。


 満月は明るすぎて、いつも彼を責めているように輝き、好きでなかった。



「ニール。何か最近、変わったことはないか?」


 ニールは今夜も父親に呼び出され、珍しく屋敷に帰ってきていた。


「ああ。なんか貴族どもから贈り物が届くんだけど?送り返してるけど、戻ってくる。しょうがないから、街に配っている」

「なんだと?即刻それはやめろ。送り返せ。すべてだ」

「はあ?」

「はあじゃない。それは賄賂と思われるぞ。わかったな?」

「本当かよ。わかった。そうする。ところ父上。王宮で嫌な話が飛び交ってるみたいだけど」

「お前も聞いたか。まさにエセルの狙い通りだな」

「狙い。ライベルと父上の対立か」

「対立。本当はそんなものは存在していない」

「は?」


 街に伝わる話は、過激になってきていた。

 善政をしようとするクリスナに、頷かない王のライベル。しかも悪政を続けてきたエセルを重宝し続ける。


「陛下は実際、私の話を聞いてくださる。だが、エセルが邪魔をするのだ」

「エセルの奴、」

「私は後悔している。兄を気にして陛下から距離を置いており、彼との関係をうまく築いていなかった。その隙にエセルに入られた。陛下はエセルを信じすぎてる。いや、信じたいのだ」

「そんな甘いこと言ってられないと思うぞ」


 ニールはワインを飲み、ハムを口の中に入れる。

 母親特製のハムはやはり彼好みで、もう一切れを摘む。

 口の中に広がる肉汁を堪能しつつ、憤った町民の様子を思い出した。

 悪政とまでいかなくても、町民への税が不当なものだったことが発覚し、それを今まで放置していたライベルへの批判が高まっていた。いや本来なら批判などおきるはずはない。エセルのせいだからだ。しかし、そのエセルを庇うライベルの態度は王宮のみならず、街にも噂として広がっていた。

 無能な王より、優秀な王をという声までも時折聞くこともあった。

 もっともすべては酒の場のことで、公に批判する者はいなかったが。


「そうだな。どうにかしなければ」


 クリスナもワインを一気に飲み干すと、テーブルに置いた。


「ところで。お前のところにも狩の行事の招待状は届いているな」

「ああ。行きたくないけど、行かなければならないだろうな」

「エセルが何かをしかけてくるはずだ。気をつけろ」

「わかってる」

「後は行事に着る服は、レジーナが用意済みだ」

「はあ?狩りだぞ。狩り」

「黙って着てやれ。母親孝行だ」

「わかったよ。わかった」


 ニールは大きな溜息をつくと、クリスナにワインを注ぎ、自分の分を飲み干した。




「大丈夫?」

「ああ」


 ライベルと静子はベッドで隣合わせで横になっている。

 最近の彼はいつも疲れた顔をしていて、彼女は心配だった。


「仕事が大変?」

「まあな」


 ライベルは頷く。


「ライベル。私はいつも味方だからね」


 静子がそう言うと、彼は薄く笑う。


「本当だよ」

「わかってる。お前は俺の味方だ」

「ライベルっ」


 彼は横になったまま、静子をその胸に抱き寄せる。


「シズコ。俺はわからない。何が本当なのか」

「何?」

「エセルのことを本当に信じたい。だが、手元に届けられる資料。クリスナへの誹謗。どれもおかしい」

「ライベル?」

「クリスナのことは今でも苦手だ。だが、彼は優秀だ。そして国民のことを思っている。だから、俺は」

「ライベル」


 彼は静子をきつく抱きしめており、彼女が彼の表情を窺うことはできなかった。しかし、吐き出される言葉から彼の苦しみを感じる。

 

「ライベル。私もわからないよ。エセル、様もクリスナ、様もライベルにとってはおじさんだよね。どちらが嘘ついているなんて」


 静子はそう言いながら、パルの言葉を思い出す。

 パルはエセルを疑い、クリスナ達の潔白を訴えていた。

 

「わからない」


 政治のことはわからない。

 けれども、静子もエセルのことは信じたかった。


「悪いな。お前にまで」

「そんなことないよ。ライベル。いつでもなんでも話して。あまり当てにならないだろうけど、話を聞くくらいはできるから!」

「ありがとう」


 結局ライベルはそう言ったまま寝てしまい、もがいているうちに静子も睡魔に見舞われて、そのまま朝を迎えた。


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