十八 初めての晩餐会 前
今夜の晩餐会に招待されたのは五十人程度だった。妻やそれと同等の立場の者も同伴するため、家名としてはその半数以下だった。招待された者は、王宮にて重要な役職についている者のみで、それは貴族の位を見事に反映していた。
静子はマティス家の一人として、晩餐会に参加する。そのため、部屋を出てからしばらくすると正装したクリスナとニールに会わされた。
クリスナとは実際に会うのは今日は初めてといっても過言ではなかった。一ヶ月前に会ったのはライベルの寝室で、一瞥されただけだったので、会ったとは言えないからだ。
ライベルと同じ金色の髪。青色の瞳は王者の輝きを持っており、静子はその雰囲気に圧倒されそうになる。
その隣に父親によく似たニールがいたが、威圧的なクリスナの前ではその存在が掠れ、静子は彼に凝視されていることにすら気がついていなかった。
「クリスナ様。これからシズコ様は私たちの娘になるのですよ。あまり脅かさないでくださいね。ニール。あなたもそんなに見るのはやめなさい」
マティス家の女主人に言われ、クリスナは肩をすくめ、ニールは我に返る。
「シズコ様。私たちが傍にいるわ。緊張する必要はないの。無作法者がいたら、私がきっちりお礼をするからご安心なさい。ニール。あなたちょっとおかしいわよ。あなたこそ、こんな場に滅多に参加しないのだから、気をつけなさいね!」
レジーナは静子に笑顔を向けた後、眉をしかめ愚息に小言を言う。
「わかってるよ」
大の大人、しかも恰幅のいい大人が子供みたいに不服げに返事をして、静子はおかしくなって笑ってしまう。
笑い声が漏れそうになり、口を押さえ、レジーナを見ると日本に残してきた母親にも重なる笑みを浮かべられた。
「その調子よ。笑ってね」
優しい言葉、笑顔に胸が熱くなり、思わず涙腺が緩みそうになった。
それをこらえて静子は前を向くと微笑んだ。
☆
大広間の中心に細長いテーブルがひとつ。
壁際には使用人が控えている。
静子達が大広間に到着するころにはすでに大勢の貴族達が集まっており、社交の場を築いていた。しかし第一後継者のクリスナが姿を見せると一斉に視線が向けられる。
このように注目されることは初めてで静子はうろたえた。しかし小声で俯かないでとレジーナに言われ、顔を上げたまま視線を受け止める。
王に継ぐ、地位。しかも長らく社交の場に姿を見せなかったクリスナのため、貴族達は争うように挨拶に訪れる。
けれども大臣などの上位の貴族達はあくまでも王が上位なので、機嫌をとるように話す必要がなく、会釈をする程度にとどまった。だが静子の容姿が珍しいためか、向けられる視線が止むことがなかった。
事前に彼女がマティス家の養女になることは伝えられており、レジーナの隣に佇む静子に無作法な態度を表だって取るものはいなかった。ただ興味深そうに見られる。
「大丈夫。あなたはどうみても貴婦人なの。恐れることはないのだから」
レジーナがそっと背中に触れ、彼女に囁く。それに勇気付けられ、静子は俯くことなく、まっすぐに前を向くことができた。
話しかければ答える必要があり、彼女は一週間で教えられたことを必死に思い出しながら、応対する。レジーナだけでなく、クリスナ、ニールも助け舟を出し、静子は何とかその場をやり過ごした。
しばらくして王の入室の声が近衛兵からかかり、貴族たちはそれぞれの席へと戻る。
クリスナの席は王座の右隣で、左隣にレジーナ。静子はクリスナの隣で、ニールはレジーナの隣になり、静子と向かい合う形になった。男女交互に座るのが形式で、彼女は心を許しているレジーナが隣ではなく、すこし心もとなかった。
エセルの姿を探したが、見当たらず。静子の隣が空席になっており、そこがエセルの席だと彼女は願う。
ニールの隣は財務大臣パース・レンデンの妻、その隣はパース本人。静子の一つ隣に国防大臣シーズ・ブレイブの妻、そしてその隣にはシーズ本人が座っていた。
男性は落ち着いた色合いの服を着ていたが、女性が華やかなドレスを纏い晩餐会に花を添えていた。
貴族たちがそれぞれ立ったまま待機していると、金管楽器が鳴らされた。
正装をしたライベルが部屋に入り、エセルがその後ろに続く。
王の証である青いマントを翻し、入り口からゆっくりと歩いていく様子を見ながら、静子は改めて彼がこの国の頂点であることを思い知らされる。そしてその妻、王妃としてこれから生きていくことを思い、震えそうになった。
しかしライベルに微笑を向けられ、静子は自分を奮い立たせると顔を上げた。