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十六 お披露目の準備 前 

 王の補佐役として大臣達に紹介する前に、ライベル、エセル、クリスナ三人で会議が開かれた。


「シズコをマティス家の養女に?」


 クリスナの提案にライベルは渋い顔をした。


「それは当然でしょうね。「異世界から召喚された特別な女性」だけでは、皆様は納得されないでしょうから」

「しかし、」

「陛下。ご安心ください。何か変わるわけではありません。ただ、妻が彼女にドレスを仕立てたりするかもしれませんが、それは構わないでしょうか」


 妻と言われ、ライベルは溌剌としたレジーナの姿を思い出す。母親に似た容姿といわれたが、肖像画以外で母の顔を知らないので、ライベルは彼女に特別な思いをいただくことはなかった。ただ、彼女はとても世話役で、会うたびに子供のように扱われるため、不快ではないが、くすぐったい気持ちになった。


「それくらいならいいでしょう。陛下」


 昔の思い出に浸っていたライベルにエセルが声をかけ、現実に引き戻される。


「ああ、それくらいならいいだろう。養女扱いにすることを許可する。書状は後ほど提出しろ」

「ありがとうございます。妻も喜びます」


 クリスナにそう礼を言われ、ライベルはおかしな気持ちになった。

 また微笑んでいるクリスナと視線が合い、気まずくなって視線を外す。


 補佐役と養女のことは、正式に貴族たちに知らせることが必要と意見をまとめ、有力な貴族を招待し、晩餐会を開くことにした。詳細は大臣会合で話すことになり、会議の場所を執務室から会議室へ移す。


 すでに財務大臣パース・レンダンと国防大臣シーズ・ブレイブは集まっており、使用人が用意したお茶を飲んでいた。

 会議はエセル主導で進められ、補佐役と養女に関して反対意見が出ることなくまとまる。そして晩餐会は一週間後に開かれることになった。




「どうだ?」


 ライベルも静子も昼食は別に取り、二人が再び顔を合わせたのは夕食時だった。


「レジーナ様、面白い人だったよ。すごいおしゃべり好きだったけど」

「そうか」


 彼女の言葉にライベルは少し寂しげで、静子は心配になる。


「どうしたの?」

「なんでもない。そうだ。お前はマティス家の養女に扱いになるぞ」

「やっぱり?」

「やっぱり?」

「うん。レジーナ様がそう言ってたんだ。なんか変だね。あの人がお母さんになるなんて。そうだ、レジーナ様はライベルのお母さんとすごく似ていたんでしょ?レジーナ様がお母さんになれば、ライベルにとってもお母さんだね」

「嬉しいか?」

「うん」


 ライベル以外に頼るものがいなかったのだが、義理とは言え母親と父親ができる。それは静子に安心をもたらした。

 しかし、田舎の母親、軍の父親のことも同時に思い出し、心は複雑な思いで混ざり合う。


「お前が嬉しいならよかった」

「もしかしてライベルは嬉しくない?だったら」

「嬉しいさ。お前が嬉しいと俺も嬉しいからな。お前が王妃になればもっとお前は俺に近くなる。だから、いい」

「そう?」

「ああ」


 寂しげな表情が消え、緑色の瞳に光が宿る。

 静子はライベルのその様子に安堵し、これからの毎日を考える。

 日本への思いはまだ消えていない。消えるわけがなかった。

 しかし、彼女は王妃になるため、これから色々勉強する必要がある。それを思うと郷愁や里心などに浸る暇はなくなるに違いない、そう願って、彼女は明日からの日々に思いを馳せた。


 

 アヤーテ王国において、礼儀作法はそこまで重視されていなかった。しかしながら最低限の礼儀を一週間で叩き込む必要があり、静子は毎日レジーナに指導を受ける。

 元から粗暴な静子であったので、歩き方をまず矯正させられた。次に話し方。丁寧語などを使い慣れていないため、何度も注意された。

 また貴族たちから挨拶されることを想定し、貴族の氏名および関係性を教え込まれたが、慣れないカタカナの名前に苦戦して、結局レジーナが静子の補佐をすることでまとまった。ドレスは彼女御用達の仕立て屋を呼び、なぜか二着も作らせていた。

 派手な色は好まないのだが、黄色や赤という普段では静子がとても選ばない色を選ばれ、形もすべてレジーナの見立てになった。


「いよいよ、明日だね」


 寝間着の白いドレス姿で、静子は無邪気に微笑む。

 彼女がアヤーテに来てたったニヶ月弱なのだが、少女から娘へ変身を遂げつつあるようにライベルには思えた。

 唇は紅を差していないはずなのだが、野苺のように赤く艶やかで、頬は桃色に染まっていた。涼やかな瞳は疲れているためか、どこか惚けており、それが色香を醸し出していた。


「一週間がんばったな」


 おかしな気持ちを吹き飛ばそうと、ライベルは静子にねぎらいの言葉をかける。

 すると彼女が少し照れたように笑い、それがまた彼の気持ちを刺激した。しかし、王妃になるまでと彼女に約束をしたことを思い出し、堪える。


「明日は朝が早いのだろう?」

「うん。色々準備があるみたい」


 レジーナはかなり張り切っていて、明日は朝一に静子の部屋を訪れることになっていた。そのこともあり、今夜は一緒にベッドに寝ることはできない。ライベルは妙な気分になっていたので、そのことを有難く思いながらも、名残惜しそうに彼女の髪に触れる。


「明日はよろしく頼むな」

「うん。頑張る!」


 両手に拳を作り、頷いた彼女はやはりまだ少女で、少し残念に思いながらライベルは腰を上げた。


「よい夢を」

「うん。おやすみ」


 手を振られ、彼は苦笑しながら手を振り返した。



「俺も行かないとだめなのか?」

「当然です」


 子供のようにごねているのは、マティス家の一人息子のニールだった。


「父上」

「残念ながら今回は近衛兵団団長、国境警備兵団団長まで招待されている。しかもお前はシズコ様の兄に当たる立場だからな。避けられない」

「兄。なりたくてなったわけじゃないんだけどな」

「ニール・マティス」


 レジーナは彼の名前を呼び、目を吊り上げ睨み付けていた。


「わかったよ。わかった。はあ。服は制服でいいだろ?」

「駄目です。この日のために新調しましたから」

「新調?嘘だろ?」


 二十五歳にもなる大の男。しかも警備兵団団長はその場に座り込んでしまった。

 彼女の母親の趣味は悪くない。しかし、少女趣味のため、彼女が見立てるといつも余計な飾りがついていたりと、嬉しくない服を提供されてきた。


「父上」

「降参しろ。だが、派手にはならないように注意はしてある」

「もう、そうなのよ。この機会に華やかなものを作ろうと思ったのに」


 クリスナの言葉にレジーナは不服そうに口を尖らす。


「陛下の不興を買っては元も子もないだろう。その代わり、シズコ様のドレスはお前の好みではないか」

「ええ。わかります?」

「ああ。陛下が喜ばれるといいがな」

「当然喜びますとも」


 レジーナは明日のことで頭がいっぱいらしく、なにやら思いに耽り始める。

 それを横目でみながら、ニールは大きな溜息をついた。


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