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十三 後見人

 

「よく眠れましたか」


 翌朝執務室へ現れたライベルにエセルがにこやかに尋ねる。


「どういう意味だ?」

「別に深い意味はないですよ。陛下は勘ぐり過ぎる」


 口元に笑みを浮かべそう言われて、ライベルは頬を染めて横を向いた。


「別に何もない。あいつはまだ子供だ。それよりも書類を見せてくれ。署名を急いでいるものからだ」

「陛下。いつも申しておりますが、私は外務大臣ですよ。やはり誰か傍につけましょう。私は外務大臣としての立場もありますし、やることが意外に多いのですよ」

「わかってる。お前が信頼している者を誰か推薦しろ」

「……クリスナ様はどうですか?」

「はあ?お前、頭がどうにかなったのか?」

「いえ。ただ前回のことで疑ってしまい、その償いです」

「償いとは。別にいいだろう。クリスナは政治から長く退いているし、彼が来ると余計な争いを生むことになる」


 クリスナは第一継承権を持っている。 

 その者が王宮内にいることで、貴族たちがおかしな動きをするかもしれない。

 また静子に毒を持った者は判明したが、ライベルを襲撃した者たちの主犯はまだ誰かわかっていない状態だった。


「だからこそです。彼を囮にして敵をおびき出すのです」

「おびき出す。また面倒なことになりそうだな」

「あともう一つ。私はシズコ様を正式に王妃に推挙したいと思っております」

「……そんなこと、不可能だ」


 ライベルは唇を噛み、悔しげに呟く。

 それが可能であればすでにその手続きをしていた。

 静子は王妃になれない。

 彼女はアヤーテ人ではない上、身元もはっきりしていなかった。


「方法があります。彼女を異世界から来た特別な人間とするのです。現に王宮の池に突然現れているし、あの容姿だ。多くの者が信じるでしょう」

「異世界?」

「はい。突飛な話に思われますが、貴族や国民に彼女を特別な人間と認識させれば、王妃に据えることは簡単な話です」

「そんなにうまくいくのか?」

「はい。そのためにもクリスナ様に王宮に来てもらおうと思っております。彼が認めれば、他の貴族も簡単には反対できないはずです」

「そうか。クリスナを呼ぶことで二つの益を生むか」

「はい」


 ライベルは腕を組み、エセルの話を再考してみる。

 現在、彼にとって静子は優先事項であり、彼女が王妃になることは何にも代えがたかった。


「いいだろう。クリスナに打診してみよう」


 ライベルがそう決断し、エセルは微笑んだ。




「パル」

「子供ってどうやってできるの?」

「シズコ様!」


 突然そう質問され、パルは珍しく動揺して、持っていた本を落とす。


「も、申し訳ありません」


 本を拾い、テーブルの上に置いてから彼女は静子を見つめた。


「ごめん。変なこと聞いた?なんか、お母さんから結婚した男女が一緒に住むようになったらできるって聞かされたんだけど。私とライベルの場合、結婚してないから大丈夫なのかな?」

「えっと、それは」


 パルは言葉に詰まる。

 今朝方、二人が一緒にベッドで横になっていたのを確認した。しかしながら、ベッドは綺麗で、夜の行為をしていないことは明らかだったので、彼女は息を吐いた後、覚悟を決める。


「結婚していない男女でも、同じベッドである行為をすれば子供ができます」

「ある行為?」

「それは、言えません。陛下にお聞きください」


 ライベルに叱り飛ばされるかもしれないが、このまま知らないでいることは静子にとってはよくなかった。


「ライベルか。うん。今夜聞いてみる」


 静子は頷くと羽ペンをまた動かし始めた。

 その様子をパルは妹を見るように眺める。


 無鉄砲で無邪気な静子のことが彼女は好きになり始めていた。




「本日は何の御用でしょうか?」


 ライベルの呼び出しにクリスナはすぐに答え、その日の午後には王宮を訪れていた。

 執務室はサイスの事件が嘘だったように、血の跡が拭われ、あれが幻だったのかと思わせるほどだった。


「まずはここに座れ」


 執務机の前の椅子を勧められ、クリスナは一礼すると腰を下ろす。エセルは影のようにライベルの隣に控えていた。


「お前を俺の補佐役にしたい」

「それは唐突ですね」


 補佐役は元々王の秘書のような役割であり、王が任命する。先代の補佐役はライベルの戴冠後、しばらくは補佐役をしていたが引退し、その後はエセルがその役割を引き継いでいた。そのため必要性は求められていなかった。

 クリスナはエセルに怪訝な視線を向けたが、再びライベルに視線を戻す。


「補佐役はエセルが現在されているでしょう。私が出る幕はないと思いますが」

「クリスナ様。私には外務大臣としての役目があり、体が一つの身としてはもたないのですよ」

「どういう意味だ」


 まるで自分が責められているように気分になり、ライベルは眉を顰める。


「陛下。これは私の力量不足のせいです。現在のところ、外務大臣として私はあまり力を発揮しておりません。もしクリスナ様が補佐役になっていただければ、私は外務大臣の執務に集中ができ、王国の平和に貢献できると思います」


 エセルは饒舌に語り、クリスナは懐疑心を持たずにはいられなかった。

 彼は優秀で、二つの役目をこれまでも十分にこなしてきた。これからも問題ないはずなのに、今更補佐役など奇妙だった。どう考えても何かしら彼の計画があるとしか思えなかったからだ。

 

「そうだな。エセルにはこれから、外務大臣として役目に集中してもらおう。クリスナ。俺の補佐役になるのは嫌か?」


 ライベルから思わぬ問われ方をされ、クリスナは苦笑してしまう。


「私にとっては十分すぎるくらいの役職。しかし、陛下がお望みになれば、このクリスナ・マティス、全力を持って当たらせて頂きます」


 彼はエセルの企みがわからなかったが、王宮内にいたほうが状況がわかるとこの役目を受けることにした。


「そうか。頼もしいな。すぐにこの決定を他の大臣に伝え、補佐役の任命を行う」

「畏まりました」


 そう言って頭を垂れ、腰を浮かせたクリスナをライベルが呼び止める。


「クリスナ。実は補佐役のほか、もうひとつ頼みたいことがある」

「何でしょうか?私にできることであれば」


 今まで頼み事などライベルにされたことはなかったので、クリスナは驚きながらも再び椅子に座りなおした。


「お前にしかできない。俺の愛妾、シズコのことだ」

「シズコ様?」

「そうだ。お前に彼女の後見を頼みたい。俺は、シズコを王妃にすることに決めた」

「シズコ様を?」


 アヤーテの歴史の中で、アヤーテ人以外と婚姻を結んだ王はいなかった。

 したがってライベルの決定にクリスナはまた驚く。


「クリスナ様。シズコ様は異世界からいらした特別な方なのです。あの方はきっとアヤーテ王国に富をもたらします」

「異世界?それはまた、奇抜な話だな」

「奇抜ではない。あいつは異世界からきた者だ」


 ライベルが確信をもってそう断言する。

 静子が異世界人である根拠はその容姿、特に色彩による。しかしそれだけでは根拠として弱かった。

 静子が異世界人であるとは信じられない。

 しかし、ライベルの静子への深い愛着などを考慮して、その考えに乗り、後見をすることを決める。それは王妃として彼女を推挙することにも繋がるが、それは妥当なことだと考えられた。

 王妃を選ぶのは一苦労で、常に貴族の争いの種だった。異世界からの特別な女性が王妃になるとわかれば、貴族から王妃を選ぶ必要はなくなり、力の均衡も保たれる。

 昔から王家に近いものが重要な役職を得る。エセルの場合も、王の指名もあったが、結局、彼の妹が王妃であったことも大きい。他の大臣、国防大臣も財務大臣もたどってみれば同じようなものだった。


「いいでしょう。私が彼女の後見人になります」

「そうか。ありがとう!」


 ライベルは静子が王妃になる夢が現実に近づき、嬉しくなって喜びを表す。久々に彼の笑顔を見たクリスナは亡き彼の母を思い出し、その弟に視線を向ける。

 クリスナの補佐役任命、静子への後見、その台本を考えたのは十中八九、エセルのはずだった。何か別の企みがあるに違いないと、彼はエセルを注視した。


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