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十一 街中で

「王宮の外?」

「はい。気分転換にいかがですか?シズコ様も喜ばれると思いますよ」


 あの事件から一ヵ月後、エセルが唐突にライベルにそう提案した。

 この一ヶ月、ライベルへの襲撃はなくなり平和な日々が王宮に戻ってきていた。


「街か。確かに気分転換になるが、シズコもか。喜ぶだろうが、俺は嫌だ」

「馬車の窓から外を見るようにしたら、安全でしょう。もちろん、王とわからぬよう、貴族の馬車を用意いたしますが。護衛も精鋭をつけましょう」

「……そうだな。シズコに聞いてみる」




「王宮の外?馬車?それは何?」


 静子は馬車の存在を知らず、ライベルに馬に引かせる乗り物だと説明され、一応頷く。しかし具体的にどのような乗り物か想像がつかず、現物を見たいと願った。

 そんな彼女の願いを知ってから、ライベルが訊ねる。


「乗りたいか?」

「うん!でも、ライベルがだめって言うならあきらめるよ」


 あの日以来、二人の距離は更に近づき、一緒にベッドで寝ることもあった。しかし、寝るとはあくまでも就寝のことで、ライベルが静子に何かすることはなかった。ただ、手を繋ぎ横になる。それだけで、静子は幸せであったが、横に寝るライベルは彼女がもう少し大人になるまでと堪えていた。


「いいだろう。俺も久しく街に降りていない。ただし馬車に乗ったままだ。降りないぞ」

「うん。それで十分だよ!ありがとう!」


 パルの目の前だというのに、静子は嬉しくなってライベルに抱きつく。

 食器を片付けていた彼女の琥珀色の瞳が見開かれ、静子は我に返り羞恥心で顔を赤らめた。


「積極的だな。もう少し大人になってくれればいいんだが」

「え?」

「なんでもない。俺は気が長いほうだ」

「ライベルが?嘘だ。絶対に気が短い」

「長いぞ。特にお前に関しては」

「そうなの?」

「そうだ」


 ライベルと静子の会話は微笑ましく、パルは目を細めて二人を眺める。他の使用人も同様で年若い王と愛妾の会話を温かく見守っていた。

 

 

 翌日、エセルは貴族から馬車を借り入れ、近衛兵から選りすぐったものを数人つけ、二人を街に送り出した。

 馬車内にはライベルと静子だけで、二人は向かい合って座っていた。静子の横には軽食用に飲み物とサンドイッチが用意されており、準備万端である。

 窓からでも彼女の容姿に気がつく者がいるかもしれないと、彼女は茶色の鬘をかぶっている。目の色は窓越しでは色が判断できないだろうと、そのままにされた。

 首筋が痒かったが、初めての乗り物、そして外の風景が物珍しく、静子は食い入るように外に目を向ける。


「面白いか?」

「うん!ライベルも見たら。あの火を吹いている人とかすごい!」

「火?」


 眉を顰めた彼は静子と同じように、窓から外を見る。


「すごいな」

「ね!でももっと近くでみたいな。あの火がどうやって吹かれているか見てみたい!」

「近く、」

「だめなのはわかってるよ」


 困った顔をしたライベルに慌てて手を振り、静子は再び窓の外に眺める。

 馬車からでは距離があり過ぎて、細かい部分までは見えない。それでも少しでも見ようと窓に張り付いた。 


「わかった。降りるぞ」

「え?ライベル?」

「近衛兵もいるし。俺もいる。俺から離れなければ大丈夫だ」


 ライベルの提案に、静子は戸惑いを隠せず、聞きかえす。あれほど外に出るのを嫌がっていた彼の言葉が信じられなかったからだ。


「本当にいいの?」

「ああ」

「ありがとう!」


 彼女は子供みたいに手を叩いて喜ぶと、ライベルに抱きつくが、すぐに彼は静子を引き剥がした。


「シズコ。むやみに抱きつくな」

「あ。ごめん」


 子供みたいなことをしたと、彼女は反省する。それを見てライベルはある嫌な予感を覚えた。


「お前、嬉しいと人に抱きつくのか?」

「うん。小さいときからの癖で」

「……今日限りやめろ」

「あ、うん」

「えっと。俺にはいい。他の奴にはするなよ」

「うん?ライベルは嫌じゃないの?だってさっき抱きつくなって」

「あれは撤回だ。俺だけはいい。わかったか?」

「うん」

 

 少し納得しないが、静子は頷いた。




 近衛兵は制服ではなく普段着で護衛に臨んでいる。

 三人の護衛に見守られ、二人は馬車から降りた。

 ライベルはフードを深く被り、柄に手を置き、その位置を確認した後、反対の手で静子の手を掴む。


「ライ、」

「しっ、名前は呼ぶな」

「うん」


 二人揃ってフードを被ると完全に浮いてしまう。そのため静子は鬘のほか、瞳の目を見破られないように、眼鏡をかけている。日本にいたころ、小学校の先生が眼鏡をかけており、珍しいものではなかった。しかし、それは今かけているものより小型で、不便だなと思いながら我慢する。鬘が外れないように髪を押さえ、静子は手を引かれるまま歩いた。

 ライベルは護衛とはぐれないように時折後ろを振り返りながら、足を進める。


「すごい人!」


 馬車の中からでも見えていたが、大道芸人の周りはすでに人だかりだった。

 王の権力を使えば、人々を退けることは簡単であったが、それは好ましい手段ではなく、ライベルは考えあぐねる。


「あ、いいこと思いついた!」


 静子は暫く人だかりを眺めていたが、ある物に気がついた。


「こっちにきて」


 腕を組んでいたライベルを、今度は静子が先導する。


「シ、」


 名前を呼ぼうとしたが、ライベルは口を噤む。困惑しながらも静子に導かれるまま、足を進めた。


「これは?」


 彼女が連れてきたのは大道芸人の右隣に根を下ろしている大木だった。大木の前にまで人だかりができている。


「登ろう!」

「はあ?」

「上から見たらきっとよく見えるよ」

「おい!」


 ライベルが止めるまもなく、彼女は登り始めた。

 


「降りろ!」


 そう声を抑えて怒鳴るが、静子は聞かずにとうとう丁度よく太い枝を見つけ、そこに座り込んだ。眼鏡をはずして眺める。


「すごい!ね、登ってきて!」


 満面の笑顔でそう言われ、ライベルは背後を見て、護衛がついてきているのを確認すると木に手をかけた。


「おやめください!」


 王の行動に思わず、護衛が制止をかける。


「大丈夫だ。あいつにできて、この俺ができないわけがなかろう」


 しかし彼は構わず登り続け、静子の隣に辿り着く。


「ね、ほら見て!」


 横に並んだ彼に彼女は興奮した様子で、話しかける。

 眩しいものを見るかのようにライベルは目を細めると、火を吹いている男を見下ろした。


「すごいな!」


 熱気まで感じられそうなくらい、炎が近くに感じられ、彼も興奮して声を上げる。


「ね!」


 そうして、根元で護衛たちが冷や汗をかいているのも知らず、二人は大道芸人の技を木の上で十分に堪能した。


 その後二人はおとなしく馬車に戻り、帰路につくはずだった。

 

 異変が起きたのは、王宮に向かって走り出した頃。 


「陛下!お逃げください!」


 急に馬車が止まり、怒声が響く。

 一人の護衛が扉を開け、入ってきた。


「シズコ!」


 ライベルは静子の手を掴み、護衛と共に馬車を降りた。

 護衛二名が数名の黒装束の男たちと戦っていた。

 日中の街中。

 町民達から悲鳴を上がる。


「私が引き止めますので、お逃げください!警備兵団本部にいけば安全です!」


 警備兵団という言葉に顔を引きつらせるが、背に腹はかえられない。

 ライベルは静子の手を固く握りなおすと、走り出した。

 その途中で、ライベルのフードが外れ、その金髪の髪と美しい顔が露になる。静子の眼鏡も鬘が外れ、黒髪が風にそよぐ。眼鏡などを拾おうとしたが、護衛を倒した追っ手は迫っており、そのまま走り続ける。


 前方で悲鳴があがり、歩いていた人々が裂く様に散り散りになった。道の真ん中を突っ切り、新たな敵が現れる。


「くそっつ!」


 後方から追っ手も迫り、二人は挟み撃ちにされた。


「そこまでだ!」


 しかし、野太い声が響き、形勢は一気に逆転した。

 馬に乗った数人の兵が到着したのだ。

 先頭は警備兵団団長のニールで、一斉逮捕するように部下に号令をかけた。


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