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十 ずっと傍にいる

「美味しい」


 蜂蜜茶は、静子の尖った心をすっかり解してしまった。

 甘さと温かさに浸りながら、彼女は幸せそうに微笑む。

 ヘレナが用意してくれた蜂蜜茶は効果絶大で、ライベルから呼び出しがあった場合は、優しく対応しようと思い直すくらいだった。しかし、彼女の就寝時間になっても、彼が訪れることはなく、静子は少し不貞腐れてベッドに入った。

 

 窓から煌々と満月の光が入ってきている。

 ふと目を覚ました静子はそこに人影がいて驚いた。


「シズコ、起こしてしまったか?」


 心を震わせる声。月の光を浴びて輝く金色の髪。

 彼女はベッドから体を起こすとただ彼の姿に見入ってしまう。


「シズコ?」


 影が近づき、触れる距離まできて、静子は我に返った。


「ライベル……」

「俺が怖いか?」


 ライベルはベッドの端に座り、彼女を見つめる。


「怖くない。ただちょっと怒ってる」

「怒ってる?」

「だって、今日。私はすごく心配だった。だから部屋にいったのに!」

「すまない」


 彼から詫びの言葉が出て、静子は慌てた。


「謝らないで!」


 自分のようなちっぽけな存在に対して、彼が謝るのは二回目だった。

 彼女は急に怖くなって俯く。


「私はここにいていい存在じゃない。王様のあんたに謝らせるなんて、思い上がっていた」

「シズコ!」


 ライベルの腕が伸び、彼女を引き寄せた。彼の腕に包まれているとわかり、静子が抵抗する。しかしライベルは彼女を離すことはなかった。


「俺は、お前が愛しい。お前がいてくれたら他に何もいらないくらいだ」

「ラ、ライベル?」


 甘い言葉に静子は自分が溶けてしまうような錯覚に陥る。


「だから、お前は。お前だけは俺を裏切るなよ」

「裏切らない。私は絶対に」


 反射的に彼女はそう答えていた。


「だったらいい。俺の傍にいてくれ。どこにもいかずに」

「……うん」


 日本に戻る。

 そうするつもりだった。

 しかし、彼の腕の中に抱かれ、その鼓動、その甘えるような声を聞いていたら、どうでもよくなってしまった。



 ☆


「あの娘。私たちに物怖じすることがなかったな」

「ああ。まあ、娘っていうよりも子供だったけどな」


 クリスナは、結婚と同時に王宮を出て、妻のマティスの家名を名乗っている。王族であるが一介の貴族のように振る舞うことを心がけ、影に徹してきた。

 マティス家の屋敷は王宮と警備団本部の中間地点にあり、馬を使えば通える距離にある。それにも拘らず、ニールは実家に戻ることはなく、母親は不満で、元凶であるクリスナに当たることもあった。

 クリスナは久々に再会したわが子をここぞとばかり、強制的に屋敷につれて帰ってきた。母親は大喜び、彼の好物が夕食のテーブルを占める。しかし、ニールは苦手な父と共に取る食事は美味しいとも言えず、食後は酒にも付き合わされることになり、明日は必ず家を出ようと心の中で誓っていた。


「子供。子供と思うなら間違いは起こらないだろう。お前も見ただろう。陛下の愛妾への執着を。もし、万が一お前があの娘に手を出したら……」

「父上。絶対にありえないことだ。あれは子供だ。黒髪、黒目がとても珍しいが」


 そう言いながらニールは、王室で見た静子の容貌を思い出す。鋭い光を帯びた黒い瞳に艶やかな黒い髪。肌は小麦色で、しなやかに伸びた手足。


「ニール・マティス」


 ワイングラスを持ったまま、思いに耽っていたニールの名をクリスナが低い声で呼んだ。


「わかってる。ありえない。父上は心配しなくても大丈夫だ。それよりも、今後ライベルは命を狙われる可能性はあるのか?あの黒目も?」

「それはないだろう。今回のことで、一旦引くだろう」

「父上。父上は何を知ってるんだ。それとも単なる憶測か?」

「確固たる証拠はないから。憶測になるか。お前はまだ知らなくていい。余計なことに首をつっこんでもらっても困るからな」

「まったく、父上は。俺をまったく信用してないな」

「当然だ。今日も結局食い止められてなかった」

「……」


 腕の中で急速に力を失っていくサイス。生温かい血の感触。それを思い出し、ニールはワイングラスをテーブルに置いた。


「あれは俺の油断だった」

「最初から奴は死ぬつもりだった。その覚悟はできていた。それほどの忠義か」

「誰に対してだ?」

「さあな。ニール。酒をもってこい。久々の酒盛りだ。もっと飲め」


 ニールとは異なり頭脳派のクリスナだが、酒だけは酒場の荒れくれの兵士より強かった。家に帰ると、倒れるまで飲まされることが多々で、それも帰らない理由のひとつだったのだ。

 だが、逆らうことができない彼は立ち上がると地下の貯蔵庫に向かった。




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