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八 最初の裏切り

「陛下。宿舎のニール様のお部屋で白い粉の入った小瓶が見つかったそうです。現在、薬師に使われた毒と同一か確認させております」


 執務室でエセルからの報告を受け、ライベルは手元にあった紙を握りつぶした。


「ニールを俺の元へ連れて来い。今すぐだ!」

 

 そうして紙を壁に投げつけ、机を叩く。


「陛下。落ち着いてください。まだニール様とは決まっておりません」

「……まだだと?奴以外に誰がいるのだ」

「陛下。ニール様を王宮に留置する手筈は整えております。後は毒の真偽次第で、留置から逮捕に切り替えます」

「甘い!すぐに逮捕、処分だ!」


 アヤーテ王国ではまだ裁判制度がなく、証拠があれば逮捕後、王の下、罪状を定め、処分を下す。エセルは外務大臣であるが、実質はライベルの補佐役であり、罪状の判断はエセルによることが大きい。しかしエセルは証拠なく王に進言したことがなく、証拠も公平にかなりの数を集めるため、処分に関して不満が出ることは少なかった。


「落ちついてください。陛下」

「落ち着いていられるか!ニールが来たら直ぐに俺の下へ連れて来い!」


 ライベルは静子が倒れた時の様子を思い出し、我を失いそうなくらい怒り狂っていた。手元の羽ペンはすでに折れ、机の上にあった書類は室内に散乱している。


 元からライベルはニールに好意を持っていなかった。

 ライベルとニールは八歳違いで、小さいときからニールはライベルに兄貴風を吹かせており、負けず嫌いのライベルはそれが大嫌いだった。

 しかも勝負をするといつも負ける。

 ライベルにとって、ニールは目の上のたんこぶの存在であり、邪魔でしかなかった。


「畏まりました」


 エセルは彼を宥めるのを諦めると頭を下げ、ニールを出迎えるために退室した。




 無精ひげを剃り、髪型を整え正装したニールはベッドで転がっていた人物と同一人物だと思えないほど変身していた。

 だが、わざとらしく時間をかけられ、ダンソンとその部下達は苛立ちを隠せずにいた。

 迎えにきた馬車にニールを押し込むように乗せ、王宮に向かって出発する。


「二年ぶりか」


 王宮の門が見えてきて、彼は目を細めた。

 彼が最後に王宮を訪れたのは警備兵団団長の任命式になる。若干二十四歳で団長に任命され、今年が二年目だ。王族だからと難癖をつけてくる者も当初は多く、それをすべて実力で抑えてきた。

 門番は先頭のダンソンと少し話すと、一行を通すために脇に退いた。

 すれ違い様に馬車の中のニールの姿を見て、門番は怪訝な顔をしたが、それに豪快に笑顔を返した。

 門を抜けると、美しい光景が広がる。

 ニールは感慨深く眺めた。

 木々は庭師が腕を振るって綺麗に剪定されており、花々は色の配分を考え、植えられている。どれも咲く時期を考えられており、調和が取れた美しさに言葉を失う。


「外務大臣閣下がお待ちです」


 しかしそんな思いも御者をしていた兵の声で掻き消された。


「エセル。久々だな。いつみてもお前の顔は老けないな。父上がうらやましがりそうだ」


 馬車から降り、開口一番にニールは軽口を叩く。


「ご冗談を。相変わらず面白い方だ」

「冗談じゃないぞ。なあ。ダンソン。お前もそう思うだろ?」


 突然話を振られ、ダンソンは目を点にして、エセルの顔色を窺う。



「ダンソン。ご苦労でした。後は私がニール様を陛下の元へ案内します」


 そんな彼にエセルはゆったりと笑い、彼は慌てて頭を下げると部下を引き連れていなくなった。


「さて。ニール様。積もる話もありますが、まずは陛下へご忠誠をお見せください」

「ご忠誠?おかしな話だな。俺は罪人なんだろ?」

「まだそうとは決まっておりません」

「そうだ。まだだ」


 突然二人の間に声が割り込む。

 

「クリスナ様!」

「父上!」


 振り返り、二人は同時に声を上げた。

 更にエセルは、クリスナの隣の男を見て、一瞬、表情を硬くする。

 それを見逃す彼ではなく、手を縛られ、口に猿轡さるぐつわをされた男をエセルに突き出した。


「犯人はこの男だ。エセルは知っているかな?」

「ええ。知ってます。料理人のサイスです」


 男の目をしっかりと見てエセルは答えた。男は覚悟を決めたように頭を垂れる。


「見上げた忠義心だな」

「父上。どういうことですか?」

「お前はただ黙っているがいい。話すと碌なことはないからな」

「何を!」

「黙るのだ」


 恫喝するわけでもなかったが、クリスナが静かな声でそう言うと、ニールは悔しそうな表情をし、口を閉じる。警備兵団団長も父親の前では形無しであった。


「さて、それでは陛下の元へ行こうか。待ちくたびれているに違いない」


 表情を硬くするエセル、状況が読めずただ黙るしかないニール。

 二人を眺め、クリスナは男の両手を結び付けている縄を掴むと歩き出した。


 ☆


「入れ」


 扉を叩かれ、ライベルは入室を許す。

 しかし、現れた者の中にクリスナがいて、眉を顰める。


「お久しぶりです。陛下」

 

 そんな彼にクリスナは頭を下げ、ニールもそれに追随した。


「どういうことだ。エセル」

「エセルは知りません。私が勝手に着いてきただけですから」


 ライベルは説明してほしいとエセルに視線を投げかける。彼は先王によく似たクリスナが苦手だった。傍にいると父親から感じていた威圧感を思い出す。


「陛下」

「陛下。この度はご愛妾殿に毒が盛られたとか。私なりに調べてまいりました」


 エセルの言葉を遮って、クリスナは言葉を続けた。


「毒を盛ったのはこの男。死のうとするので、猿轡さるぐつわをしております」

「……サイス。お前なのか」


 ライベルは男のことをよく知っていた。

 料理人の一人で、長く勤め上げている。

 サイスは彼の視線に耐えかねて、俯く。


「この男の証言だけでは証拠不十分だ。毒はあったのか?」

「はい。この男の部屋に」

「だが、誰かが部屋に持ち込んだ可能性もあるだろう?」

「それをおっしゃるなら、わが息子の嫌疑も晴れますかな」

「何?」

「今朝がた、この愚息の部屋に数人の近衛兵が入り込み、薬を発見したと聞いております。それも誰かが持ち込んだと言えるのではないですか?」

「それは!」

「男に、サイスに証言させましょう。彼が認め、薬の出所がわかれば、彼の仕業となります。ニール様の嫌疑も晴れるでしょう」

「エセル!」


 それまで黙っていたエセルがそう発言し、ライベルは信じられないと彼を見た。

 エセルは安心させるように微笑む。


「エセルがそういうのであれば、そうさせよう。クリスナ。その男、サイスに証言をさせろ」

「……畏まりました。ニール。お前の出番だ。猿轡さるぐつわをはずせ。慎重にな」

「ああ」


 ニールは自殺を防止するため、男の口の中に手をいれる覚悟で、猿轡さるぐつわを外す。

 だが、その心配はなかった。

 猿轡さるぐつわを外されたサイスは抵抗する様子をみせず、床に這い蹲るように頭をさげた。


「サイス。シズコ様に毒をもったのはお前なのか?」

「はい。俺がやりました」


 男は頭を垂れたまま肯定する。

 

「このっつ!」

 

 柄に手をかけ、剣を抜こうとしたライベルに対して、エセルは予想したように動き、その手を押さえる。同時に動いたのはニールで彼はサイスを庇うようにその前に立っていた。


「落ち着いてください。陛下。処分は後ほど。まだ全部を聞き終えておりません」


 ライベルの手を押さえながら、エセルは振り返る。


「サイス。動機は何ですか?」

「俺はあの女が嫌いだった。黒い目、黒髪。カラスのようで気持ち悪い」

「っつ!」


 更に力がこもったライベルの手を、エセルは両手で押さえる。


「動機はそれか。では、薬の入手方法は?」


 次に質問したのはクリスナだった。動機に関してそれ以上聞くことはなく、ニールは意外そうに父親を眺めた。


「……街にいるやぶ医者から手に入れました。関係した女の子どもを堕ろしたいといったらすぐにくれた」

「そのやぶ医師は?」

「確か、ギナーと言った。ヤディス通りに行けばすぐにわかる」


 ヤディス通りとは、春を売る女性が店を構える通りで、街のはずれにあった。堕胎を専門とする医師がいてもおかしくない場所で、サイスの言葉に疑う余地はなかった。


「本当にお前が一人でやったのか?」


 話すなといわれているが、ニールは思わずそう尋ねる。


「はい。俺一人でやりました」


 サイスは淀みなく答え、ライベルは力なく柄から手を離す。


「お前が、」


 彼がそう呟くとサイスの体が震え始める。


「申し訳ありません!この償いは死んでお詫びいたします」

「ニール!」


 クリスナが慌てて息子を呼ぶが、一歩遅かった。

 サイスは瞬間、舌を噛み切っていた。


「おい!」


 ニールが男の体を揺すり呼ぶが、口から血を流し、サイスはあっという間に動かなくなった。

 死んでしまった男の体は人形のようで、ライベルはただそれを眺める。

 サイスは彼が生まれる前から王宮に勤め、亡くなった母が好きだったお菓子を作ったり、思い出話を聞かせてくれることもあった。

 静子に対しても彼女が好きだと言ったパンをわざわざ作ったりと、とても嫌っているようには見えなかった。


「どうしてなのだ?」


 好意を持っていた者に裏切られる。

 その痛みは激しく、ライベルは頭痛を訴え始めた額に手を当てる。


「陛下?!」


 エセルの心配そうな声が聞こえた。

 しかし、頭痛はひどくなり視界が閉じていく。


「シズコ……」


 ライベルは救いを求めるように静子の名を呼び、その場に崩れ落ちた。


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