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01

週に二回程度の更新でのんびりやっていきたいと思います。


なんだこれ! と思われた方は前作「ちん☆みこ ~私はちんこに仕える巫女になりました~」もよろしくどうぞ。

 吾輩はゴリラである。

 生物学上においてはホモサピエンスに分類されるのであろうが、吾輩に出会った人物のうち十人中八人は吾輩をゴリラと評す。残りの二人はゴリラ=ゴリラ=ゴリラ、つまりはローランドゴリラと評す。いささか人類としては不本意な評価であるが、これは客観的事実であり、吾輩はこの事実から目を逸らすつもりはない。ないのだ。

 これは断じてブドウを取りそこなった狐が漏らしたような負け惜しみではない。次にその理由を述べる。


       ○


 吾輩は大学の工学部に所属している。そしてあと数分で二十になろうという、二回生である。

 そんな吾輩はひどく落ち着かない気分で、梅小路公園のハトのように不安げに首から上だけを動かしていた。

 なぜか。

 吾輩は記念すべき二十の誕生日を我が下宿先である元田中近くの古いアパートではなく、下鴨警察署近くのこじゃれたマンションで迎えようとしていたからである。「ゴリラのような不審者が『警察』という言葉に過剰反応し、動悸息切れ発汗意識の混濁を引き起こしているのだろう」と考えた人物は早計である。そのように考えた人間に対し、吾輩は若干の怒りと共に『想像力に欠けるツマラナイ野郎』の称号を与えるであろう。なぜならば事態は、当事者たる吾輩でも理解できないほどに複雑だからだ。

 改めて理由を述べる。

 このマンションの一室はさほど大きくないものの、きちんと片付いている。フローリングの床の上にホコリがうっすらと積もっているというようなこともない。吾輩の部屋のようにかびた畳の匂いもしないし、男汁を煮しめたような雰囲気もない。鼻をくすぐる微かな花の香りがし 薄い桃色の空気――吾輩の部屋にある桃色猥褻図書のイメージとはかけ離れている――が部屋に漂っているような錯覚を覚える。

 そして絨毯の上で一九五センチ一〇五キロの体を折り曲げ座っている吾輩の隣に、黒髪を肩のあたりで切りそろえた、こけしのように可愛らしい乙女が座っているからだ。


 この乙女、名を富田君といい、並んで立てば吾輩の胸に届くか届かないかと言うほどに小柄である。同じ工学部の後輩であり、この部屋の主であり、吾輩の――恋人である。

 繰り返す。恋人である。

 彼女とはこの春、運命的な出会いをした。


       ○


 桜の花もすっかり舞い落ちた、大学の時計台前。そこで吾輩が所属する『仙術研究会』の新会員として、あることないこと虚実織り交ぜた甘い言葉に惑わされて集められた新入生たちの中に富田君はいた。二メートル近い上背を持つ吾輩と比べればたいていの人物は小さく見えるものだが、集まった新入生たちの中でも特に富田君は小柄であった。

 仙術とは地に足をつけない、いい加減な生活を送ることで行使することのできる益体もない技の総称である。そして『仙術研究会』とはその名の通り、益体もない技を身に付けようと精進するための大学非公認同好会である。もちろん有用な術も中には存在するのだが、それを会得するために地に足をつけない生活を送ればどうなるか。会長である茨木先輩のようにモラトリアムの延長に挑戦することとなる。つまりは落第留年する。

 ――いい加減な性格の先輩ならばともかく、黒髪の乙女を五回生、六回生とするにはあまりにも不憫だ。

 吾輩がそう考えたように、富田君の純真無垢の乙女っぷりに茨木先輩ですらほだされたのであろう。


「大丈夫かい。このサークル、確かに面白おかしいことばかり起こるのは保証するが、伊達に学内阿呆サークルの一翼を担っているわけではない。もしも有意義なキャンパスライフを送りたいのならば再考するべきだ」


 などと聞き捨てならないことを言い放った。去年、たった一人の入会希望者であった吾輩には、そのような気遣いを見せる様子などただの一片もなかったのに。

 吾輩が乙女とゴリラとの間に厳然として存在する、他者から受ける思いやりの総量の差について、行き場のない不満を膨らませたり萎ませたりしている中、彼女は「大丈夫です。こう見えても、私逞しいんです」と薄い桃色の上着と白いブラウスをまくって「むん」と力こぶを作って返した。

 逞しさと有意義なキャンパスライフの間にどのような関係性があるのか。もし関係性があるのならば、かくも逞しき筋肉を纏っている吾輩が薔薇色の学生生活を送れていないのは何故なのか。顔か。顔のせいなのか。

 そのような考えは乙女の力こぶの前に雲散霧消した。その真っ白な力こぶには力強さこそなかったが、不思議と周囲を和ませる力があったのだ。

 先輩は「わかったわかった」と苦笑しながら、彼女に服を戻すように言った。


「相川が釘付けになっている。ただでさえゴリラのような顔が興奮してまるで発情期だ」


 ――失礼な。吾輩はただ新入生である彼女の身体的能力を見極めんとしていただけだ。そのふにっとした二の腕にかぶりつきたい、などという邪念に満ちた考えなど爪の先程度も持ち合わせていない。ないのだ。

 そう言い返そうとした瞬間、彼女と目が合った。ドキリとして言葉を失った吾輩に、軽くお辞儀をした彼女は「私は富田です。相川先輩とおっしゃるのですね」と自己紹介をした後、ぽてぽてと近づいてきた。そして吾輩に「すごい筋肉です。私とは比べ物になりませんね」と言って、クスリとまるで邪念のない笑顔を浮かべた。

 吾輩をゴリラと評さなかった稀有な女性、富田君。吾輩は富田君の言葉にどう反応を返せばいいのかわからず、途方に暮れて天を仰いだ。見上げた先には桜の葉が青々としていて、いつもならばすがすがしく感じられるのだろうが、そのようなことに思いを巡らせる余裕などまるでなかった。吾輩はただただ天を仰いでいた。

 身長一九五センチの吾輩が天を仰ぐということはどういうことか。時計台の上から見下ろしでもしない限り、吾輩の火照った顔を誰にも見られることはない、ということである。

 つまり吾輩はこの小さな乙女に一目惚れをしたのだ。


       ○


 これより先どのようにして彼女を我が恋人としたのかはさておく。『美女と野獣』を超えた『乙女とゴリラ』のラブロマンス。いったい誰が興味を持つというのか。はなはだ訴求力に欠ける。ただ言えるのは茨木先輩による堕落への手ほどきと人生迷宮案内から黒髪の乙女を守ろうとした結果である、ということだ。


       ○


 さて。

 富田君は我が恋人なので、十人が十人ゴリラと評す吾輩が夜も更けた頃、一人暮らしの乙女の部屋にお邪魔していることに対して何ら違法性は見受けられない。あえて言うならば百万遍ひゃくまんべんの周辺にある飲み屋で酒を飲んできたことくらいだが、これは吾輩たち二人の自己責任において実行したことであるのでご容赦願おう。


 現在。我々の目の前にはこじんまりとした座卓があり、その上に飲み屋からの帰りにコンビニで補充してきた缶ビールが並んでいる。そして彼女はそのほとんどを飲みつくした後、酔っ払い顔で吾輩を見ている。富田君の桜色の唇が動く度に何やら甘ったるいような音が聞こえるが、吾輩はその音と音がなす意味をとらえることができなかった。

 なぜか。再び理由を述べる。

 この時、吾輩は会話に集中していたからである。「黒髪の乙女は世にはびこる有象無象よりもはるかに尊い。そんな黒髪の乙女を前にして、他人の会話に気を向けるなど」と叱責する者もいるであろう。だがしばし待て。吾輩の会話の相手が有象無象でなかったならばどうであろう。そして会話の内容がこれからの進退を決めるようなものであったならばどうであろう。それもやむなし、との声も上がるに違いない。


 吾輩の会話相手とはディックであった。

 彼とはあと数分で二十年になろうかという付き合いで、ずっと苦楽を共にしてきた。桃色図書を鑑賞しては共に発奮し、恋に破れては共に涙した。親友と言っても差し支えない間柄であるのだが、このディック、一つ欠点があった。やんちゃなのだ。人の話を聞きやしない。人の都合を顧みやしない。事あるごとに「俺の出番か?」と頭をもたげて訊ねてくるのだ。吾輩は彼をなだめるのにいつも多大な苦労を強いられていた。そう、ちょうど今のように。


『おいおいおい! イケるんじゃねーのか!?』


 ディックはうつむく私の視線の先から声高に主張する。


『ここで押し倒しちまおう! イケるところまでイッちまおう! 桃色遊戯の時間だぜ!!』

『待て。確かに一見チャンスに思える。だがよく考えろ、一時の劣情に身を任せて我らが幸せになれると思えるか? もしも富田君に嫌われたらどうする? 見るも無残な灰色青春で煮詰められた我らの容貌と性格を受け入れてくれるような乙女などいるものか!!』

『彼女はゴリラと無意義な学生生活を受け入れてくれるような懐の深い女性だ。お前のようなひねくれゴリラの心でも、その小柄な体にアンバランスな胸へと受け入れて、俺をその体内に受け入れてくれるさ!!』

『なんと破廉恥な!!』


 吾輩はディックを一喝した。できるだけ触れないようにしていた富田君の桃色神秘部分に言及するなどと。

 だがしかし彼の言い分にも一理ある。そううつむき頭を抱えて煩悶する吾輩を、ディックは見上げて怒号する。


『お前はいいよな! トレーニングをすれば筋肉という結果が得られて!! 俺もトレーニング自体は嫌いじゃないが、得られるものは虚しさだけさ!!』


 そう彼は叫んだ後『だからよう、だからよう』と幾分切ない声を上げて吾輩に嘆願した。『いい目を見させてくれよ』

 ディックの言い分もわかる。痛いほどにわかる。彼の気持ちは我が股間をさいなむ脈動から痛いほどに伝わってきた。

 だが――。


『やっぱりだめだ。黒髪の乙女は何にも穢されてはならないのだ。ましてや婚前交渉などと』


 そう答えた吾輩に対して、吾輩の張りつめたズボンの中から声がした。


「もういい!!」


       ○


「もういい!!」


 吾輩はこの瞬間までディックと語り合っていた。だがそれはあくまで比喩である。吾輩は自己の内面世界において己の獣性との対話をし、なだめようと試みていたのだ。

 つまりは声などするはずもない。

 だから吾輩の股間から己の獣性と同じ言葉が、くぐもった声と共に発せられたのに驚いた。そしてそれは吾輩の隣に座っている富田君も同様であったらしい。可愛らしい大きな目をさらに大きく見開いて吾輩の股間を見つめている。

 彼女の視線にくすぐったさを感じ、股間がもぞりと動くような気持ちになった。

 いや――。

 目を股間に落とすと、実際もぞもぞといやに生物的に動いている。ディックがこのような動きを見せたことなど今までなかった。

 慌てて彼を抑え込もうと手を伸ばしたが、目の前の事実に吾輩は再び衝撃を受けた。

 

 伸ばした手が吾輩の手ではないのだ。いや、その手は確かに吾輩の意のままに動く。握りこぶしを作ろうと思えば握りこぶしを作るし、ピースサインをしようと思えばピースサインをする。だがごつごつとしたグローブのような手ではなく、白いもみじ饅頭のようなかわいらしい手である。さらにそこから続く下腕、上腕、と吾輩自慢の筋肉はごっそりと失われ、まるで――乙女のように華奢で可愛らしさを感じさせる腕となっている。腕だけではない、筋肉とディックでぱつんぱつんに張りつめていた我がジーンズは、現在、萎んだ風船のようになっているし、ジーンズの裾の先から吾輩の逞しき肉体を支え続けてきたつま先が消えてなくなっている。しかし決して吾輩の脚が失われたわけではないようだ。足の指に力を入れれば動いている感触がある。

 吾輩は何が起こっているのか確かめようと立ち上がり、少しだけほっとした。立ち上がることができたことにより吾輩の脚が失われていないことを確認できたからである。

 だがその安心も次に目に入った光景によって粉々に吹っ飛ばされてしまった。

 立ち上がったことで理解できたのだが、視点が妙に低い。

 上を見れば、先ほどまでもう少しで届きそうだった富田君の部屋の天井がはるか彼方である。

 下を見れば。

 ジーンズが萎んだ風船のようになっていたのは、どうやら腕同様、脚の自慢の筋肉が失われていたからであり、さらに言うならばその現象は肉体全てに及んでいたらしい。つまりは腰回りの筋肉も失われており、引っかかるものが何もなくなった吾輩のジーンズとボクサーパンツはするりと床に落ちる。

 吾輩の目に入った光景はいよいよここで不可思議の最高潮を記録する。吾輩の目の前には吾輩の腕同様、すらりと伸びた華奢で可愛らしさを感じさせる白い脚。そして――。壊れた扇風機のように動き回るディック――ちんこだった。


「相川先輩、これは――」


 吾輩の隣に座ったままの富田君がそこまで口に出した後、声を失った。無理もないだろう。黒髪の乙女がちんこを目にする機会などそうそうないに違いない。ましてやそれが荒ぶりに荒ぶっている我がディックならば。吾輩でさえ、このように激しいヘッドバンキングをするディックなど見たことがなかったのだ。

 ディックは荒ぶり、荒ぶり、また荒ぶり。そして留め具の外れた扇風機の羽のように吾輩の肉体から飛び出した。そのままビールの空き缶が並んでいる座卓に華麗な着地をする。


「もうお前とは一緒にやっていけねえ」


 ディックは吾輩に背を向けたまま――どちら側が背で腹なのか判然としないが、裏筋のある方を腹とする――そう言った。


「毎日毎日、桃色サンプルで満足しろなんてあんまりだ。据え膳を食わせてもらえないなんてあんまりだ。これでおさらばさせてもらうぜ」


 そしてディックは座卓から飛び降り、玄関の方へとぴょこぴょこすごいスピードで去って行く。もちろん吾輩はディックの後を追おうとした。

 だが。

 吾輩のズボンがするりと抜け落ちたことは既に記した。しかし足首には引っかかっていたのだ。不意に絡むジーンズとボクサーパンツに足を取られ、倒れこみ、座卓で頭を打ち――、吾輩は薄れゆく意識の中、玄関の戸が閉まる音と、富田君の「先輩? 先輩なんですか? しっかりしてください!!」との声、そして壁に掛けられた鳩時計が十二時を知らせる音を聞いた。

 こうして吾輩の二十歳の誕生日は始まったのだ。

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