模倣の精霊の起こし方1
人精の、幕間、おまけ程度の気分で楽しんでいただければ幸いです。
主人公とヒロインのいちゃいちゃ成分が多めになっております。
俺の名前はライク。
どこにでもいるような一般人とは程遠い容姿をし、分け合って牢屋にぶちこまれて生活している一人の囚人である。
刑期は五年。
それまでの間は、この薄暗い牢の中で過ごさなくてはならない。
だが、他の人間とは、また一つ違うことが俺にはあった。
それが――
「おはよっ、お兄ちゃん♪」
仰向けに、硬いベッドで眠っている俺の顔を覗き込むようにして、俺が目を開けるのを見ると笑顔でそう呼ぶ少女。
この牢屋は宿でも風俗でも何でもない、正真正銘の牢獄である。
俺の牢屋は一人部屋で、当然こんな美少女と入れられているわけはない。
ならこいつは誰だ。
……それは、俺がこの世界に転生してから数年後に、救う形で契約することになった、変身が得意な精霊ドッペルゲンガー。
俺の相棒でもある、エンリだ。
この話は、化けてからかうのが好きなドッペルゲンガーのエンリが、毎朝俺を起こしてくれる出来事を綴った、他愛のない日記のようなものである。
ーーー
―Case1.妹―
エンリはドッペルゲンガーである。
普段は様々なものに化けていて、元の姿を晒すのは少なくなってはいるが、その容姿は特徴的だ。
まずはドッペルゲンガーを表す虹色の瞳。
何者にも染められぬようなどこまでも白い、癖の強い長髪。
そして同じく、雪のように白い肌。
そんな、俺から見ればただの絶世の美少女にしか過ぎない容姿は、この世界の人々から恐れられている。
それは、ドッペルゲンガーという存在がこの世界ではすでに絶滅しており、絶滅する前は人に対して猛威を奮っていたからである。
なので、今のエンリは俺と二人きり以外の時は別の姿を取るようにしている。
そしてその、表向きの主な姿がこれである。
「お兄ちゃん、おはよっ♪」
俺のことをお兄ちゃんと呼ぶその少女は、俺の姿を意識してエンリが作り上げた、「俺の妹」の姿である。
といっても、俺のように強面ではなく、とても可愛らしい姿だ。
その姿は、俺と同じく赤みがかった黒髪、肩まで伸びたふんわりとした髪は上部にカチューシャがとめてあり、元の姿のボサっとしたくせっ毛の面影が微かに残る。虹色の瞳はこれまた同じく俺の黒い瞳になっていた。
色の特徴などで、まあ兄妹と言われても納得できる程度だ。
そしてその身を包むは相変わらずの俺のボロマント。
下には麻でできた簡素な服と短いスカートを履いている。
身長は142センチほど。
とまあ、前世の言葉で言えばロリっ子に当たる部類の美少女だ。当然血など繋がっていないので、素直に可愛いと思える。
さて、そんな姿に化けているエンリだが、男の好きそうな仕草などを熟知しているのか、非常にあざとい。
まずは小さく声をかけながら、俺の身体を揺する。
この牢屋は部屋ごとに離れており、声も大きくしなければ届かないので、普通に会話する程度であればバレはしない。
次に俺が反応を示さなければ……選択肢は多くわかれる。
元々、この妹の姿が気に入っているのか、起こしてくる時に使う姿ではこの妹の姿が一番多い。
時には俺の上に跨って身体を揺すったり、布団の中へ潜り込んだり、耳元で囁いたり。
跳び乗られるなんてこともあったな。
まあ、俺の身体はこれまでの過程で頑丈なものになっていたので、そのくらいではビクともしないのだが。
そうして俺が目を覚ますと、顔を近づけて言うのだ。
「お兄ちゃん、おはよっ♪」
と。
今日は俺の上に跨がるような形となっている。
俺は前世、そして転生した今世でも童貞を貫き魔法使いの域に達してはいるが、さすがにもう慣れた。
「あぁ、おはようエンリ」
表情を変えず、自然と答える俺。
その反応に対して、面白くなかったのか、エンリはそのまま上半身を倒れさせ、俺にべったりとくっつくようにする。
跨がっていた位置の関係で、胸と胸が重なり、顔が近くなる。
するとエンリは、俺の頬へと自分の頬を擦り付けてくる。
「お、おい何やってんだ」
慣れたといったが別に耐性がついたわけではない、パターンに慣れたのだ。なのでこういったイレギュラーな行動をされると俺の童貞力が再び戻ってしまう。
「えへへ……お兄ちゃん成分を補給中っ」
柔らかい、もちもちとした頬の感触。
腐臭のする牢の中なのに、女の子らしい良い匂いが鼻孔をくすぐる。
そしてそんな、前世のギャルゲーでも最早言わなそうな台詞を可愛らしい声で言う妹に、不覚にも俺はドキッとしてしまった。
こいつはいつも、こんな台詞や行動をどこで覚えてくるのか。俺には不思議で仕方なかった。
エンリはそのまま顔を俺の胸の方へと移動させて、耳を当てる。
「お兄ちゃん、ドキドキしてる……それに、なんだか顔が赤いよ? 熱があるのかな?」
再び顔を上げ、こちらへと視線を戻すエンリ。
この時点で、声にはからかいが半分含まれており、顔は笑いを堪えている。
だが、俺にはどうすることもできない。
耐性のない男をなめないでほしい。
こんなことをされたり、言われたりしたら、後はもう何も喋れずされるがままである。
何も言わぬ俺に、エンリは隠さずに妹の顔でニヤリと笑みを見せてから、顔を近づけてくる。
「ちょっと、おでこを触るね。お兄ちゃんに熱があったら、いけないから」
おぉ、何とも白々しい。
というか何故触ると言っているのに顔を近づけてきてるのか。右手で前髪を上げ、左手で俺の前髪を上げてるあたり、どうやらおでこをこっつんこというアレをするつもりらしい。
何だこの一世代前のギャルゲーイベントオンパレードは。と、馬鹿にしているが実際やられて、もう俺の顔は熱くなり、全く見動きがとれない。
近付く可愛らしい、整った顔。
俺は、見てはいられず目を瞑る。
……が、一向にデコが触れ合うことはなかった。
代わりに俺に当てられていた手が離れ、エンリが跨がっている場所が震える。
「……ぷ、あはは! 主、おはよっ。どうだった、今日の起こし方は? って、聞かなくてもわかるけどね、へへっ」
妹の姿のまま、腹を抱えて笑うエンリ。
……これも、何度も見た光景である。
最終的には俺が照れて負け、それをエンリが満足そうにして笑う。
しかし俺も男だ。
やられてばっかりでは男のプライドが許さない。
というわけで、勢い良く体を起こす。
そのせいで、エンリは頭から後ろへと倒れる。
「エンリ。そろそろ俺をからかうのも、いい加減にしような?」
俺は倒れたエンリへと覆いかぶさるようにして、囁くように言う。
一応、エンリから好意的なものが向けられているのは知っている。なのでこの強面野郎のこんな襲っているようにしか見えないような図でも、エンリは何かしらの反応を示してくれるだろう。
……と、思っていたのが俺の間違いであった。
「っ……お兄ちゃん、怖いよ…………」
瞳に涙を浮かべる妹。
瞬間、俺の中にとてつもない罪悪感が身体を巡った。
そのまま言葉を続ける妹。
「……お兄ちゃんは大好きだけど……優しく、してほしいな……」
……………………………………。
俺は再び、覆いかぶさるのをやめ、枕の方へと仰向けに倒れた。涙を浮かべ、あんな怯えた声で、頬を紅く染めて言われるなんて。
無理に決まっているじゃないか。
「あはっ、主ってば本当に面白いなー♪」
足の方から、また聞こえてくる笑い声。
今日も、いつも通り俺の負けである。