第?話 1話ではなく、かなり終盤のお話です。とりあえずの投稿です。
サブタイにも書きましたが、この話はかなり終盤です。最初から書けよという人が多数と思いますが、できてしまったので投稿させていただきます。
――とある少女編
少女は古本屋の扉に手をかけた。
openの文字。
夕暮れの日差しが全てを紅く染める。
「これが君の言ってた古本屋。こんなのがあったなんて」
「これから晩餐というのに一体どこへ行くと言うんだ」
ふたりの少女の声に扉を開けようとする手が止まる。
一国の王女がこんな森の中の怪しい場所に来てもいいのかと少しだけ口角が上がった。それと同時に一筋の涙が頬を流れた。
胸に抱いた本をぎゅっと強く抱きしめる。
夕日で紅く染まる世界に一瞬の溢れる光。ページが埋まった合図。
これでこの世界に龍はいなくなった。
彼女たちの、この世界の呪いは解けて元の童話の世界に戻るだろう。
この扉を開けて向こう側へ行けば彼女たちはいなくなる。いや、本当にいなくなるのかはわからない。
はっきりしてるのは二度とあの世界にいけないことだけ。彼女たちとは二度と会うことができない。もう何度も経験してきたことだ。これだけはどうしても慣れない。
想いが込み上げる。涙が止まらない。
「すごい、きれい……」
「まったくだ、森全体が輝いてるぞ」
呪いが消えかかってる合図。
夕日が落ちて暗くなってしまった世界が輝きに満ち溢れる。
タイムリミットは近い。夕日が完全に沈む前に向こうに行かないと帰れなくなってしまう。
少女は扉をゆっくりと開けた。
ちりんちりん。以前聞いたのはいつだったか思い出せない。
「行ってしまうのか?」
「さよなら?」
ふたりはこれでお別れなのを悟ったかのように言った。
ふたりは少女を止めることはしない。
これが運命なのを知っていたかのように。
「うん、そうだね」
少女は笑顔でそう言った。ただ、その笑顔を二人には見せない。
開けた扉から手を離し、一歩踏み出す。もう一歩進めば向こう側。
手で涙を拭って少女は最後の一歩を踏みだすと同時に、精一杯の笑顔で振り向いた。
だけどね――、
「――さよならじゃないよ。また、こんど。だよ?」
お別れを言えなかった人たちの分も、救えなかった世界の人たちの分も、もう二度と会えないあの世界の人たちの分も、全部、目の前にいる彼女たちに向けて言った。
「ああ、そうだな」
「また、こんど」
笑顔で手を振る二人。
ゆっくりと閉まる扉。
また明日。ではない。
いつ会えるかわからない時に使う言葉。
またいつか会えると信じて使う言葉。
パタンと扉が閉まった。
ちりんちりん。扉についた鈴の音が響き渡る。
もうふたりの姿は見えない。
扉についているガラスは曇りガラス。外の景色は見えないが、まばゆい光が淡く差し込む。
やがてその光が消え、裸の電球から溢れる淡く暖かな明かりが包み込む。
少女は胸に抱いていた本を開き、ページを進める。
――第6章 ヘンゼルとグレーテル。
それは本来の童話とは違ったもうひとつのストーリー。今まで少女が体験してきたストーリー。
お店の薄暗い明かりの中でそのストーリーを読み始める。
お腹が鳴った。
最後の晩餐をせずに来てしまったのをすっかり忘れていた。
続きは帰ってから読もうか。そんなことを考えて誰もいない古本屋の扉に手をかける。
これまで何度も開けた扉。
今までならまた別の世界に行くのかと憂鬱になったその扉を押し開ける。
今度こそ少女の世界に行けるだろう。手にした本に空白のページなどもうないのだから。
タイトルのない古びた本。何も書かれていなかったその本に今ではびっしりと文字が書き連ねてある。
少女は扉を抜けて外へ踏み出した。
真っ暗な世界。
古本屋の淡い光が地面を照らすがその先まではよく見えない。
ただ、分かることがあった。
ここが少女の本来の世界であることだけは明白だった。
懐かしい感覚、匂い。
路地の先に明かりが灯る。
猫が鳴いた。
少女がここに来るきっかけになった猫。
ついて来いと言わんばかりに猫は歩き出す。
不思議とその猫だけは見失いことなく追うことができた。
久しぶりの我が家。
少女は自らのベッドへ倒れこむ。
本を開いて続きを読む。
眠くなってきた。ご飯は明日でいいや――。
月の光に照らされた開いたままの本がひとりでにページが進む。
ヘンゼルとグレーテルの最後のページ。
タイトルのない本の最後のページ。
いや、最後ではない。
まだ空白のページが残っていた。
それが何を意味するかはこのヨダレを垂らし寝ている少女にはわからない。
空白のページに章題が浮かんだ。
――最終章 童話空想少女。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
いづれこれの前後の話も書くと思いますので催促していただけると早く投稿したりするかもしれません。