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黒い霧   作者: 千菊丸
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【第16話】

「皆さんに、これから簡単なアンケートに答えて貰います。名前は書かなくても結構です。」


そう言って教室に入って来たのは、担任の土方ではなく、眼鏡を掛けた20前半と思しき女性だった。

彼女はA4の用紙を前の席に居る生徒に渡すと、それはあっという間に教室に居る全生徒に行きわたった。

「・・なんだよ、これ。」

そのプリントに印刷された文字を見た平助は、思わず声を出してしまった。

そこには、“いじめ・体罰についてのアンケート”と書かれていた。

「あの、これは一体どういうことなんですか?何で俺達がこんなのに答えないといけないんですか?」

「総司の自殺と関係があるんですか?」

「いい、これは学校にとってとても大事なことなの。わたし達教師は、この学校で今何が起きているのかを知る必要があるの。」

「そんなの、納得できません!それじゃぁ、まるで・・」

学校の体面を保っているようではないか。

「あなた、藤堂君って言ったわよね?」

「はい、そうですが・・」

女性教師の目が、きらりと光ったような気がした。

まるで、肉食獣が獲物を追い詰めるかのように。

「あなた、自殺した沖田君とは親友だったんでしょう?このアンケートに答える義務が、少なくともあなたにはあるんじゃないかしら?」

「それ、一体どういう意味ですか?まさか先生、総司が自殺したのは、彼の家庭環境に問題があるとでも?」

「あら、そんな事わたしは一言も言っていないわよ。じゃぁみんな、アンケートに答えて頂戴。」

これ以上彼女に何を聞いても無駄なようだ。

平助は椅子の上に腰を下ろすと、シャープペンシルを握ってアンケート用紙の上に自分の名を書いた。

微かなざわめきとともに、シャープペンシルのカリカリという音が教室に響いた。

一方、歳三は観光客で賑わうみなとみらいに来ていた。

ここにはよく、総司と来た思い出の場所だ。

彼と歳三が出逢ったのは、まだ総司が小学校低学年の時だった。

その時彼と彼の妹・里華は交通事故で両親を亡くし、伯母夫婦の元へと引き取られた。

両親の他界とそれに伴う劇的な環境の変化は、幼い二人にとっては多大なストレスを与え、それに加えて転校先の学校ではいじめられるようになり、二人は自らの殻に籠るようになった。

そんな時、総司が近藤の主催する剣道教室に里華を連れてやって来たのは、8月中旬の頃だった。

その日、歳三は近藤に頼まれて剣道教室のコーチとしてバイトで来ていた。


“あの、すいません・・妹がどうしても見学してみたいって言うものですから。決して稽古の邪魔をしないように言い聞かせますから。”


年齢の割には、妙に大人びた口調でそう言う彼に、歳三は苦笑しながら里華の見学を許した。


“おにいちゃん、アイス食べたい!”

“里華、後で兄ちゃんが買ってやるから、我慢しろ。”

“やだ、今食べたいのっ!”


外は熱気の所為で蜃気楼が発生するような炎天下だったから、当然その熱気が籠った換気の悪い道場内は、まるでサウナのようだった。

そんな暑さに、道場から入って来て数分もしない内に里華がぐずり始めた。


“駄目だ、後にしろ。”

“おにいちゃぁん・・”


今にも泣き出しそうな里華を放っておけず、歳三は近くのスーパーでアイスキャンディーを2本買い、沖田兄妹に与えたのだった。


“すいません、妹が迷惑を掛けてしまって。”


稽古が終わった後、帰り支度をしている歳三に総司はそう言ってすまなそうに頭を下げた。

そして、リュックの中から少し使いこんだマジックテープ式の財布を取り出した総司は、歳三にこう言った。


“幾らでしたか、あのアイス?”

“俺の奢りだから、金は出さなくていいよ。”

“いいえ、金銭のことでうやむやにすると後で面倒な事になるって、父がよく言ってましたから。”


そう言った総司の、財布を握り締めながら何処か悲しそうな横顔を、歳三はまるで昨日のことのように思い出す。


あの頃はまだよかった。

近藤も居て、総司と里華が居て、平助も居た。

いつも下らない事で笑って居られた。

けれども、そんな無邪気な時期はあっという間に過ぎていった。


“ねぇ土方さん、あなたのバイト先の道場に通っている総司って子、知ってるわよね?”

“ええ、知ってますけど・・”


クリスマスが近づいたある日の事、歳三がクリスマス会の買いだしをしに大型のショッピングセンターに行くと、そこで近所の主婦と会った。


“あの子達の両親、事故で亡くなったっていうじゃない?でもそれ、保険金目当てだって噂があるのよ。”

“保険金目当て?”

“ええ、何でも総司君のお父さん、弟が借金作って勝手に連帯保証人にされちゃったんですって。ヤミ金にも手を出していたらしくって・・”


主婦の話を聞いている間、歳三の脳裡には、あの悲しそうな総司の横顔が何度も浮かんだ。

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