【プロローグ】
いじめ・体罰などの反社会的描写有り。
苦手な方はご注意ください。
2006年7月―
この日は、T県A市の総合スポーツセンターで、全国高校剣術大会が開かれていた。
その日は稀に見る猛暑で、内陸に位置するこの街の最高気温は朝9時半でも34度前後を記録しており、クーラーもない体育館はまるで巨大サウナのようで、屋内にいる観客と選手達の熱気が孕み、室温は徐々に上がりつつあった。
辺りを見渡せば、選手の家族や観客達はそれぞれペットボトル入りのお茶やタオルなどを持ち、この蒸し暑さを何とか凌いでいた。
「あ~、暑い。何とかならないかなぁ。」
「そう言ってもねぇ。大会終わったらみんなでカラオケでも行かない?」
「歌う気力、もうないって。それよりさぁ、もう帰りたいんだけど。」
「何言ってんの、あんたがここに来たのは、憧れのヒーローを見に来たんじゃん。」
大会の会場全体が見渡せる特等席に、4人の女子高生たちが暑さに文句を言いながら自分の母校を応援する素振りもせずに、相手校の選手をただ見つめていた。
そこには、東京の私立強豪校の選手である沖田総司がこの暑い中、澄ました顔で友人達と雑談しながら、自分の順番を待っていた。
昨年春、綺羅星の如く登場し剣術少年として話題を瞬く間に浚っていった総司は、負け知らずということで知られており、今年の大会でも優勝するだろうと密かに囁かれていた。
「総司、水分取っておけ。」
「ありがとうございます、土方さん。」
そう言った総司は、顧問の土方からソフトドリンクが入ったペットボトルを受け取りながら彼に微笑んだ。
186センチという高身長でありながら華奢でモデルのような美貌を持った土方は、何処に居ても目立つ。
今日の大会でも、相手校の女子生徒達や選手達の保護者が好色な視線を彼に送っている事に、総司は気づいていた。
「この後、合コンでもします?」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ。ここには遊びに来てるんじゃねぇんだからな。」
「はいはい、わかってますって。じゃ、少し暴れて来ま~す。」
総司はわざとおどけながら、土方にピースサインを送ると面を付けた。
彼は竹刀を持って相手の前に立った瞬間、彼の顔から笑顔が消えた。
「始め!」
試合の始まりを告げる審判の声とともに、人々の歓声と竹刀が打ち合う音、そして蝉の声が混ざり、熱気で周囲の風景が白くなったー
「総司、どうしてこんなことに!?」
「落ち着け、みつ。警察を呼ぼう。」
「何でよ・・あんた必死に剣道頑張ってたじゃないの!なのにどうして自殺何かしたのぉ!」
2010年1月。
3学期の始業式の朝だと言うのに、いつまで経っても自室から出て来ない弟の様子を見に行った総司の姉・みつが見たものは、ドアノブにベルトを引っ掛けて首つり自殺をした弟の変わり果てた姿だった。
弟の自殺を目の当たりにしたみつは気が動転し、彼が愛用していた学習机に置かれていた一枚のメモの存在に気づかなかった。
“ごめんなさい、姉さん。僕は罪を犯しました。”




