第8話 言語の壁と人魔の壁
思ったよりも余裕もって来れました。
ウィウィ、未だ成長中。
ウィウィ、3歳である。
今回の誕生日会には、さすがに村人たちも大人数でつっこむことは控えたらしい。
適度にミルと村長とウィウィとファイアラットの3人1匹で、家の大きさ相当の割とこじんまりした会を終わらせていた。
で、そんな彼だが。今年に入って訓練していることがある。それは…
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「さて、そろそろ口は動かせてきたかな?」
「おえういあー」
「チュー?」
今日も今日とて晴天。なのだが最近はミルも仕事を休んで、ウィウィと一緒に家の中にいる。理由は簡単だ。
「はーい、それじゃいつもの練習!」
「あーい!」
「チュー!」
「じゃあ本を開いて、これは何?」
「はな!」
「じゃあこれは?」
「みう!」
「言えてない言えてない」
「み…ず!」
「そう!」
言葉の練習である。ある程度コミュニケーションをとっていた2年間のおかげで、ウィウィ本人がいろいろな言葉を「理解している」のは把握できた。どこで言葉を覚えたのかは知らない。
そんな彼だが、流石に肉体上の問題なのか、それとも自分から口にすることと頭にイメージするのとは違うのか。言葉を「喋る」ことはできなかった。それを今、喋れるようにしているのである。
「むうかしいよー」
「いや、そこまで喋れることがすごいんだからね?誇っていいよ?」
「ほんおう?」
「本当だよ」
「わーい!」
こうやって頑張っている様子を見ると、本当に3歳児なのだな、と思わせられる。自分から取り組んでいる、というほかからすれば十分珍しいことをやっている彼ではあるが、それを抜かせば年相応に喜んだり落ち込んだりしている。やはり、かわいいものはかわいいのだ。
「さて、つぎは…ん?」
「チュッ!チューッ?」
「…ウィウィに?」
「チュッ!」
たまにこうやってやってくるファイアラット。この子はウィウィのペットである。魔物使いでもないのに魔物を飼う時点で何かがおかしいがミルはスルーした。この子だって1年はこの家に住んでいるのだ、ミルとなんとなくの意思疎通はできている。
「ん?ろうしたの?」
「チュッ!」
「ふぇ?ゆい?」
「チュー?」
このレベルではないが。
「えーっと、こうすうの?」
「チュッ!」
「わかった…うわぁっ?!」
「チュッ…」
「うん…?」
「…どうしたのあなたたち」
なにか様子がおかしい。ウィウィから差し出された指に軽くファイアラットがかみついたあたりから、二人が静かだ。
「「・・・」」
「…なによこの沈黙」
暫くして。
「すおい!」
「チューッ!」
「なにしたの?」
「おあなしれきた!」
「…えっ」
お話できた。確かに彼はそういったはずだ。
「ママもやう?」
「…なにしたのかな…やるよ」
「えーっと、おうしえ…」
一体言葉の喋れないファイアラットと、どうやって喋ったのか。答えはすぐにわかった。
テーブルに無意識でおいていた手にウィウィが手をかざす。すると。
『聞こえる?』
「ッ?!」
何故か声が聞こえた。それもはっきりと、ウィウィの声で。声の出ている元も分からないのに、だ。
『あはは、聞こえるみたいだねー』
(どういうことなのよ…)
『簡単な話だよ?』
「えっ」
今ミルは言葉を発さずに、疑問を心に留めたままにしていたはずだった。それが聞こえている理由とは?
『マナを通して、声のイメージを送っているんだよー』
『…つまり今の疑問はイメージとして送っちゃってた、ということ?』
『意図せずそういったことも起こるらしいねー』
これは、いわゆる念話だ。体内のマナに直接働きかけることで、音があると脳に錯覚させることで会話ができる、ということらしい。
『というかこれなんで理解したのよ…』
『ウィリーが教えてくれたんだー』
『ウィリー?』
『あのファイアラットだよ』
『ああ…』
どうやって知ったんだあのファイアラットは。そう言いたい彼女だった。そして、しばらく念話でしゃべっていた二人だが、お互いがコツをつかみあったところで急にミルが手を離させる。
「さて、お話は終了。そろそろこっちに戻りましょう?」
「えーっ?!」
どうやら、今日はまだまだ訓練が続きそうだ。
『ウィリー、ありがとね』
『…礼を言われるほどたいしたことはしてないわよ』
どうやらウィリーは女性(?)だったようだ。
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「…ということがあったんですよ」
「相変わらずじゃのう、彼らは」
『…その彼らって私入ってる?』
「むしろそうじゃなきゃおかしいのじゃ…」
場所と時が変わって。村長に今日もなんとなくで報告に行ったミル。いつものごとくお昼前まで、ウィウィの行動について報告していた。ただ、いつもと違うことがある。ウィリーがその頭に乗っているのだ。ウィリー自身は念話が割と得意らしく、本来魔物どうしでコミュニケーションをするためにある、触れ合いからのマナへの干渉の過程を飛ばせるようになっているらしい。空気中のマナを介して喋る為に、触ってなくても会話ができるそうだ。
「もうその時点で普通のファイアラットから外れてるのね」
『外れてるからこそここに来たのよ』
「もう…わけがわからんのじゃ…」
「奇遇ですね、私もです」
割と気さくに話をしている彼らが、既に普通の価値観を持てていないことに気づけていないのは仕方のないことなのかもしれない。元々魔物なんかが村に入ったら、その場所からすぐ皆で撤退するものなのだが、あいにくとそれの第一発見者がウィウィという常識を知らない子供で、二人目がミルというウィウィに常識を軽くぶっ壊された人だったせいで、ウィリーは簡単に馴染めてしまったのだった。
「しかし、割と魔物は魔法を覚えているものなのじゃな」
『んー、それは違うわね』
「どういうこと?」
『私は偶然知識を得られたの。産まれた時にね』
「産まれた時…じゃと?」
『そう。魔物使いの使役している魔物とか、頭いいでしょ?』
「ああ、この前町に下りた時、一回みたあれかぁ。確かにそうね」
『あれは、魔物の中でも選ばれた…どういったらいいのかしらね?異種?希少種?まあいいわ、そんな感じ。使役される、ということを理解して、尚主人として認識するだけの頭を持ってる魔物なの。私もその一匹…だと思うわ』
「だと思う…とはどういうことじゃ?」
『確信は持てないの。ただ単に、私は意志疎通能力と知力に長けている、と自負しているだけだから。あ、魔法も結構覚えてるわね、根本からなんとなくで』
「わーお」
そういった魔物としての知識に何度か驚いたりした二人と。
『ところでふと思ったんだけど…』
「何?」
『ごはん、なんてなんで作ったのかしらね?』
「なんとなくじゃない?」
「なんとなくじゃな」
『何それ怖い』
「せいぜいが娯楽要素、じゃろうな」
「あと見た目いいもの食べたい、とかそういったことじゃない?」
『人間って衣食住あることが前提で考えてるのね、魔物とは大違いだわ』
そういった人間としての常識に何度か驚いたりした一匹。
知識をもつ者というのはどうもひかれあうらしい。しばらく話を続けていた二人と一匹だった。
ありがとうございました。
現実が一区切りしたので投稿ペースを戻します。