第3話 Abnormal People ―狂人―
狂う。それは果たしてどこからそう定義されたのだろうか。
ヒトがそう望んだ形が、そう相成ったのだろうか?
「光…?あなたたちからは光の様子なんて何一つ見つからないのに…!いや、それよりも二極属性同士が混ざることはないはず・・・」
「あいにくと。そんな常識は捨ててきたぞ?」
二つに斬れた体を戻す堕天使に、そう語るフェイアン。その手には、この闇の中でもなお光り続けるマナの塊があった。
「妾はかの地で光を手にした。闇である妾がだ。混ざり得るはずのない二つを共に得た妾なら、その二つを共に扱うのなぞ容易いのじゃ」
「…?どういう理屈よ」
『敵であるあなたに言うのもあれですが、この方と話すときに理屈を求めてはいけません』
そう言いながら後ろから近づくツェルの元には、闇を凝縮した刀があった。
『・・・ま、私たち全員同じようなものかもしれませんがねっ!【偶像憑依】!狩れッ!!』
ツェルの手から放たれる斬撃。そこには、まるで雄々しく吠える獣が、獲物に食らいつくかのような荒々しさがあった。かつて見つかったその憑依体は、今互いに知り合い、共に一つの目的を成そうとしていた。
「合わせるかのう!光闇よ!」
堕天使の前方から叫ぶフェイアンの右手には光が、左手には闇が。相容れぬ二つは、闇そのものであるフェイアンが取り込んだが故に、共にその性質に背いて光り輝き、そしてすべてを取り込んでいた。
「そら、ふっ飛べぇい!」
そしてフェイアンの手を離れたとたん、反発を始める光と闇。その力の奔流は堕天使に直撃し、また後ろから獣の如き一撃…刀であるのにも関わらず、まるで鈍器か何かにでも殴られたかのような衝撃が堕天使を襲う。
「がはぁっ!!」
いつの間にか周りの闇は消え去り、そして堕天使はまた宙を舞う。彼女が飛ばされた方向には、ウィウィの村がある。おそらくその中心に吹っ飛ぶであろう軌道なのにもかかわらず、フェイアンとツェルはその場に留まったままだ。
「・・・」
『・・・』
そうして彼女が見えなくなったあたりで。
「・・・ふぅ」
『・・・はぁ』
ため息ひとつつき、会話を始めた。何事もなかったかのように。
「よかったのう、作戦が成功して」
『ほんとですよ、刀であっさりと斬れちゃったときはどうしようかと…』
「じゃが、【偶像憑依】がかなりきちんと操れておるようじゃな?最後の一撃はなかなかのものじゃった」
『そうですか?よかった』
ツェルの【偶像憑依】は、あの世界で特性を理解した結果、より正確な強化ができるようになった。ケモノ…とツェルが呼んでいる意思の塊を闇の力でツェルと一体化させる、という魔法だと気づけたからだ。今まではただ闇を使って亡霊を纏っているものだと思っていたらしい。
『でもフェイアンの力がなければ無理でしたよ。少なくとも、回復速度を落としたり、そもそもの行動を制限できたのは、フェイアンのおかげです』
「かっかっか!それなら良い。妾の力も、あの世界で変わってしまったからのう」
フェイアンはフェイアンで、光を手にしたことによってその特性を即座に理解した。今なら光神龍とある程度共にいても、苦痛の一つも感じないだろう。それどころか、その彼の前で闇を取り出すことも可能なはずだ。
今回はそれを利用し、光と闇を一時的に風によってつなぎ、それを使って堕天使の力を落とすと同時に半ば力を封印させる戦法を取ったのだ。
「まぁ、最後時間切れか何かで風が効能を為さなかったのだけは計算外じゃったがな」
『それを抜いても、光と闇の同時詠唱はかなりのものでしたよ…眩しかったです』
「む…それは済まなかった」
と、先ほどの戦いの反省と褒めあいをする二人。
「…さて、と」
『いよいよ最後ですね』
そういってツェルは、村の方角を改めて見る。つられてフェイアンもその方向を見た。
「ああ。彼女らがうまく動いてくれることを祈っておるぞ・・・」
そこからは、今は火口からの煙以外、何も立ち上っていない。
だが、そこで行われている惨状だけは、何となく感じ取れたのだった。
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「うおっ!?」
「なんだなんだ、何が落ちてきた」
「魔獣か?人か?」
「んな馬鹿な、ウィウィじゃあるまいし…って人だー?!」
「いやでも人に翼は…」
「・・・ぐぅっ、おかしい…!」
吹っ飛ばされた先。溶岩煮えたぎるグレウス火山、その火口を囲むようにできているこの村。その中心付近に、その堕天使はいた。
「明らかにおかしい…!ここまでぼろぼろにされるなんて!」
野次馬たちに囲まれながら、なんとかこの場を脱するために手足を動かす。
ゆっくりと、震えながら伸びていく腕。それが最大に伸ばされたとき。
「ニャ?」
その前に、猫がいた。
「・・・?」
一瞬、いるはずのないその猫に、堕天使は気をとられてしまった。
だから、気づかなかった。
背後に迫る、そのヒトに。
「・・・【機関起動】」
「っ!?」
暴風。まさにそういっていいほどの圧力。マナの動き。それに気づかないわけがない。だが、何故か体がそれへの対応を許さない。
「【形態:壊力常装】。覇ッ!!」
「おごぁっ?!」
そのまま背中からの一撃を食らう。人であれば背骨が折れるなんてレベルではなく、体まで貫通するであろう一撃は、しかし相手が相手だったせいか、強烈な振動を与えるに終わった。
しかし、それなのにも関わらず腕が動かない。痙攣でなくとも流石に動くはずなのに、と思った堕天使は、その腕を見た。
凍っていた。
「・・・!?」
どこに氷の魔法使いが?と考える暇もなく。
「らぁっ!!」
バゴン、とまた一発。
「あぐぁぁっ!!」
二発目。三発目。四発目。どんどんと穿たれていく自分の体。体中から発される痛みに耐えることに、いつしか思考が固定されていた。
―――ドガガガガガガ・・・!!
もはやその連打は目に負えない。気合のために発していたであろう声も、今はない。
「・・・・・・・・・っ!!!」
「・・・っ!・・・ぁっ!!」
―――ドガガガガガガ・・・!!
ただ、その連打によって起こる音と、それに耐えるように微かに聞こえる息苦しそうな声。それだけが聞こえていた。
だが、その時間も終わる。連打する位置は、少しずつ一つの点に収束していた。堕天使がそれの終着点に気づくころには、既に収束が終わり、そこへの執拗な攻撃へと変わっていた。
そして。
「・・・っ!!覇ァッ!!」
連打する手を止め、これが最後だと言わんばかりにその一点へ攻撃する。
…狙うは堕天使の背。そしてその奥にある心臓。
―――バァンッ・・・
「・・・ぁ・・・ぅ・・・っ?!!」
その腕は、堕天使の胴を、打ち抜いていた。
ブシャァ、と噴出す大量の血潮。
「…ふんっ」
「あ・・・ぐぅっ・・・?」
それを確認したそのヒトは、ゆっくりと堕天使の体を持ち上げる。体を腕で貫いたまま。
「・・・ティティ?」
「ニャッ!」
そして、先ほどの猫を呼び出す。そのヒトは無言で猫をゆっくりとなでると、改めて堕天使を見た。
「さて、こんな格好で済まないけど。あなたがこの村を襲撃…しようとしていた犯人だね?」
「・・・ぁぐ」
「ま、そうだって確信は持てたよ。今僕が持っているものがそうだしね」
「・・・ぅ!?」
その手…彼女を貫いた腕には、紅く、ドクドクと動いている、一つの鉱石のようなものが掴まれていた。
まるで、心臓のようだった。
しかし、今彼女を貫いている腕の隙間から見えるもの。すなわち彼女の体内にも、未だ躍動している器官がある。つまり・・・
「明らかに人間が持っちゃいけないものだ。心臓のほかにも体の中にこんなものがある人なんて、おかしいと思う」
「っ!~~ッ!!」
それを見せた瞬間、動かなかったその堕天使は急に動き出した。それを奪われては拙いとでも言うかのように。
「ああ大丈夫。これはきちんと返すよ。ただ・・・」
モノは、それを少しだけ遠くにやる。
「・・・っ?」
「せめて、名乗っとかなきゃね」
そして、薄らと、嗤った。
まるで、怒りを内に秘めているかのように。
まるで、絶対的脅威そのものを、体言しているかのように。
「僕はモノ。この国におけるSSSランク冒険者の一人であり、冒険者ギルドの副ギルド長であり・・・
・・・君の狙っている、ウィウィの友達だ。普通には返してあげないからね?」
ありがとうございました。
普通の奴が堕天使なんかになるわけがないもんね。
※話の順番変えてきました。