第14話 獣外レヌ獣ノ遠キ壁
ティティの持つ壁。それは、ティティが持つ、猫としての想いだった。
~ティティ視点~
「…ニャー」
わたしのまえに、ワタシがいる。
でも、ワタシは、なんとなくわたしとちがう。
ふんいきとか。
「ミー…」
『・・・』
ちょっとこわい。
近くにいく。
「・・・」
『・・・』
やっぱりこわい。
なんだか、おこられているみたい。目がいちばんこわいな。
『…どうしたの』
「ミャッ?!」
きゅうにこえがきこえた。わたしはびっくりしてうしろに下がっちゃった。
『…ああ、声のせい。悪かった』
「・・・?」
こえの元…ワタシはしゃべる。わたしはきく。
『ワタシはあなた。でも時間が違う』
「・・・」
ワタシは、わたしとすがたは同じ。でも、ワタシとわたしは何かがちがう。
『これは、未来のあなた。ワタシはあなたが映した夢。そして、そう遠くない現実』
「・・・」
そうとおくない・・・ゲンジツ?
「ミー?(げんじゅつ?)」
『…違うよ』
いつか、しゃべれるようになるのかな。わたし。
―――――――――――――――
~三人称視点~
「ニャッ」
『そう、そうやって』
言葉を話せぬ猫、ティティ。話せないといっても言葉を持っていないわけではない。何より、思いを伝えるべき相手は同族。この二匹が話し言葉を使わずして会話することは、容易だった。
「・・・ニ゛ャァァ…?」
『口を動かすのは必要ない、何度も言った…』
しかし扱おうとするのは別の種族である人の言葉。人にとって適した道具である言葉は、猫である彼女にとっては全くと言っていいほど適していなかった。
「…ミー(つかれた)」
『…わかった。少し休憩』
暫く濁った鳴き声を出した後、ぱたりと倒れるティティ。それに合わせて座る、ティティに似た猫。両者共に、少し動きが鈍くなっていた。慣れぬことをするのは、だれだって疲れるものだ。
「…ムー?(なにかないの?)」
『ここには何もない…』
ごろごろしたあと、ふと気づいて質問するティティ。返ってきた答えは、謎だった。
「…ミッ!(ひまっ!)」
『そう言われても何もない…』
「ミャア?(なにもないって?)」
『文字通り何もない。ご飯も、水も。遊び道具も』
「…ムー(けちー)」
『それは世界に言って…』
そう言いながら、不満そうな顔をする猫。彼女も暇なのは変わらないらしい。
『…でも、時間だけはある』
「・・・?」
『グレウスが言っていたこと。あなたの記憶にはあるはず』
「・・・ミー(かんがえるのやだ)」
『・・・』
だいぶ思考が止まってきているようだ。
『…時間は止められている』
「・・・」
『空間はワタシにとっては自由自在なもの』
「・・・」
『休憩は終わり。声出し、始めて』
猫はそういって、ティティを猫パンチでたたき起こした。
―――――――――――――――
~ティティ視点~
れんしゅうのじかんは、ながい。
「ミャアァァ――『――ぁぁあああ』」
『そう、その調子』
ずっと、声を出し続けてる。
「『あああぁぁ――』――ァァアアア・・・ミャ?(あれ?)」
『マナが切れてたみたい』
ずっと、ずっと。
もう、一日もおわったんじゃないかな。
『もう一回。このペースだと、あと10日はかかる』
「ミー(えー)」
うん。おわってたみたい。
このことばに近いことばをワタシからきいたときには、『あと12日はかかる』っていってたし。
・・・でも、まえにはすすめてるんだ。よかった。
「ミャアアァァ――『――ぁぁあああ』」
『・・・声の出し方は分かったと思う。そろそろ次に移る』
わたしは、これをくりかえす。
ずっと、ずっと。
いしきが、とおくなるまで。
―――――――――――――――
~三人称視点~
「スゥ…スゥ…」
『疲れちゃったみたい』
果たして、彼女はこの空間で何時間…いや、何日過ごしているのだろう。
この世界には何もない。強いて言うならば周りに歪んだ色をもつ空があるだけだ。
空腹などの概念も、精神体となった彼女らには存在しない。
常に、彼女たちだけが存在するという時間と空間だけがそこにあった。
いうなれば、この中で彼女たちは最強なのだろう―――
―――そこにいること、それ自体が苦痛でなければ。
「・・・・・・」
『慣れないことをした、かな』
少し、その猫の口調が崩れる。
『分からないこと、か』
現世に魂置く、黒猫。その写し身とでも言うべき黒猫は、寝てしまったティティの隣で、空を仰ぎ見た。
歪んだ色をした空。赤、青、緑、黄色、白、黒。全てあるのにもかかわらず、混ざり合うことがないように感じる空。矛盾を孕んだその空間を見て、なんとなくため息をつく。
『たぶん、まだなにも分からないんだと思う』
返事の鳴き声はない。
『ティティは、まだ獣であり続けようとしている』
空には、まだ謎の変化をしている色達がいる。
『それを超えられなければ、ずっとここから出られず』
空と同じ色なのに、あることを確信できる不思議な床の上で、
『彼女は、きっと壊れる』
ぽつりと、黒猫はつぶやいた。
―――――――――――――――
~ティティ視点~
「・・・ゥ」
『あ、起きた』
・・・あれ。
ここ、どこだっけ。
『まだ精神世界。立てる?』
「・・・ミャ(うん)」
そっか、たしかこえをだすれんしゅうを・・・
『・・・』
「・・・ミャ?(どうしたの?)」
なんだか、ワタシの目がかなしそうに見える。
『…なんでもない。いける?』
「ミッ!(もちろん!)」
『…そう、わかった。やってみて』
「ムー…ニャアァ――『――ぁぁああ、あ?』」
あれ。こえが。
『・・・』
「『あーあー?』」
『…声が安定して出せるのはいいんだけど。せめてその証拠に別の母音を出してよ…』
「『あーあー・・・ぃあ?』」
『…いいや。その調子、ティティ』
やった!こえがだせたんだ!
「『あーあー…』…ぃあぅ!ぅえあ!」
『それじゃあ分からない…』
しばらく、わたしはよろこんでいた。このコエをもっとがんばれば、きっとフィフィやほかのみんなともおしゃべりできるから。
・・・あれ?からだが。
『…ティティ。忘れないで』
なんだか、うごかない。なんで?
『ティティはまだ猫。超えられていない』
ねえ、せっかくこえがだせたんだよ?どうしてうごかないの?
・・・って、言おうとしたのに。
「・・・ぁお?・・・ぃお?」
でてくるこえは、まだしっかりしていないことば。わたしの元のこえとも、人のコエともちがうこえ。
『超えるためには、まだ足りないことがある』
これじゃ、とどかないよ・・・
『・・・』
どうすれば・・・
『どうすればいいのかって?』
・・・
『教えてあげる。少しでも。ほんの少しでもいいから』
―――
『ティティの、[獣]を、忘れて』
ありがとうございました。