第11話 常世ヲ見シ者ノ作ル壁
ツェルの持つ壁。それは、世界を一度跨いだが故に起きた、一つのダメージだった。
~ツェル視点~
私の前で集まり始めた魂。それは、ゆっくりと形を確かなものにさせていきました。
「…あれは」
幾つもの魂、幾つもの意志の複合体。無念の結晶。
『・・・フォォォ』
不確定な塊となったそれは、炎のようにも、獣のようにも見えていて。
でも、それから感じる波長は。
「・・・・・・・・・私?」
何だか、酷く私に馴染みました。まるで、私自身でもあるかのように。
―――――――――――――――
『…ゴオオォォ』
「・・・」
魂の集合体は、確かに私の前に佇んでいます。しかし、動く気配がありません。時折聞こえる魂の流れる音が、まるで言葉のようにも感じてしまいます。
『…ゴオォ…ゴオオォォ…』
「・・・ん?」
・・・いや、そう感じるのではなく、実際にそうなのでしょう。何となく、その音から意志を感じます。
『ゴオオォォ…ゴオォ…』
「・・・負の感情がほとんどですね」
聞こえる音から感じられるのは、怒り、悲しみ、苦しみ。楽しさなどの正の感情は、薄すぎて既に塗りつぶされていました。
一体、これは何なのだろう…。
『…ゴオオォォ』
「・・・[お前が悪い]?…」
感情は、ゆっくりと声に変わっていく。その集合体から聞こえる音を、ゆっくりと解釈します。
『ゴオォ…ゴオオォォ』
「・・・[壊れる]…[すでに]?何が既に壊れているというのですか?」
『…ゴオオォォ』
「・・・[お前]…私が?」
『…ゴオォ』
「・・・[知れ]?」
微かな流れ、微かな意志。それを見て、会話するように話しかける。死霊術の中でも、基本中の基本。魂から聞こえる声、漏れ出す感情を聞く技術。ほぼすべての生き物、ほぼすべての魂に通じる、万能な技ですが。何とかコレにも通じたようですね。
・・・なんて、呑気に考えていたのが悪いんでしょう。
『ゴッ』
「え」
ヒュワリ、と。
気づいたときにはそれは後ろに回っていて。
「・・・ああ、そういえばこんな具合でしたね。霊って」
霊体となっていたはずの私の腕を、切り裂き。左手を霧散させてしまいました。
『・・・』
「いつの間にやら結構な得物をお持ちの様で…困りますよ、不意打ちは」
霊の手には、腕の長さと同じほどの、脇差。いつの間にヒト型となり、持っていたのやら。
「その刀と姿勢、やはり…」
『…イカニモ』
その刀の名は、影縫。死した霊であろうと生きた者の影であろうと、その実体のない存在を現世に縫い付け、動かさない。そういわれるほど闇に適性を持った刀。死霊術を扱う者にとって眉唾物の脇差であり・・・生きていた頃の、私の愛刀。
見覚えのある残心の姿勢で、ただそこにいる魂の集合体・・・いや、ワタシは。
『ワれハ…そなタを…映す者』
「ドッペルゲンガー、なんて言葉を此方の世界で聞いたことがありますが。まさにそれですねぇ…」
ゆっくりと振り向き、言葉をゆっくりと人のモノへと変え、改めて刀を構えました。
仕方ないでしょう。霧散された左腕を治し、私もまた、ゆっくりと刀を闇を固めて作り、構えます。
『「元将軍家属【死霊術師】、津江瑠。我映す者よ、いざ参る」』
―――――――――――――――
「…目的は」
―――ガキィンッ!と鳴る、刀と刀。本来ならば多少欠けても可笑しくない勢いでぶつかるそれらは、そのどちらも無形のモノより成り立つが故、損傷の一つもないままに、ぶつかり合いを成立させていました。
『…強くさせること』
まるで、暴走。大和の大名にまで、異質と称された私の型。本来憑依系にはさほど特化していないかの地にて、私は自らに獣を宿すことが可能でした。
「これを・・・【偶像憑依】を、ですか?」
それは、意志の残痕を扱う、一風変わった大和の死霊術が生み出した型。死霊となった今、宿す方法も、その力の加減も直感で分かるおかげで、強くなれました。
…まあ、死んだ直後に多少振ったぐらいで、暫く刀を振ってませんでしたが。体が覚えていてくれたようで、何とか今は動けています。良かったです。
『…否』
「え?」
『昇華させるは技にあらず』
そういうや否や、頭をかっさらうかのような形で振られる影縫。それらを見る限り、やはり相手…ワタシも、【偶像憑依】を扱っているのでしょう。首を振り、かわしながら話を聞いていきます。
『我が求めるは其が身と心なり』
「…どうやって強くするのです?」
同じ力、同じ型でぶつかるならば、残る勝敗の要素は技量と運。後者は信用できない以上、どこまで私とワタシの差があるかがポイントになりますね・・・。
それに、私はワタシから言葉を聞きださなくてはいけない。この状況が分からない以上、はっきり言って私が戦う意味はないはず。戦う意味を見出せなくては、正直言って本気を出すに値しない。そういう点では私の方が少し不利です・・・。
ガキンとまた音を出して、刀と刀がぶつかり合う。と同時に私は話を始めました。
「強くするために。それだけならば私と戦う必要はないはず。何故戦うのですか?」
『分からぬのか』
「え?」
少し動揺。狙いが逸れ、ワタシの頭に向かった刀をワタシは回避する。
『この地に立つまでの道筋を捉えよ。それこそ回答よ』
「・・・戦いながら考えろと?」
『ふむ。それもまた是、我も目的を終えられる』
「・・・」
反撃とばかりに胴へ振り抜かれる刀を、闇を固めて防ぐ。動かなくなる刀。
『考えるは勝手。然し我は攻撃を止めぬ』
そういうと、ワタシの刀は霧散。ワタシの手に戻り、体制を戻した私の刀とまたぶつかりました。
「その問いについて、こちらから質問すれば答えは帰ってくるのでしょうか?」
『ものによる。答えに直接繋がるのならば控える』
暫く睨みあう私たち。刀を互いに弾き、元の位置へ。
「戦うことそのものを求めている?」
『否。相手が我であることが必要』
「霊であることが関係している?」
『是。しかし絶対条件ではない』
「私とあなたが戦う以外に、道はない?」
『…半分是、半分否』
「…どういうことです?」
刀で模した牙をいなされると同時に、ワタシの模した返しの爪がくる。それを蹴り、また刀で噛みつく。【偶像憑依】を利用した戦いは、獣とケモノが食らいあう様を見るかのごとく、続いていきます。
『戦う以外に道はある。然し戦う以外に道はない』
「主語をください主語を。矛盾しているじゃないですか」
『それを探すことこそ答え。よって答えられぬ』
「はあ、困りました・・・っとぉ!!」
ひゅおん、と耳元でなる風音。見れば刀が耳のすぐ真横を通っていました。危ないこともあるものです。止まらなかったら死んでいた…
・・・あれ。何処かでそう感じた覚えがあるような。
『…半ば偶然とはいえ、目的は、一つ達された』
そのワタシの言葉は、私には届きませんでした。
「・・・・・・あ」
耳元を掠る、刀。
「・・・・・・」
私が霊であるという、事実。
「・・・」
戦いが条件の一つにあるという・・・
いや、その時に使われる、武器という、存在。
私の中でそれは偶然すべて重なり、組みあい、混ざり合って・・・
「ッガア゛ア゛ア゛アアァァァァァぁぁあああ!!!!」
脳内で、過去の記憶が蘇った。
『自らの死の原因を超えろ。我が戦った理由はそれだけだ』
ありがとうございました。
こんな作品を見てくれている人がいることがありがたいです…!