第4話 辿リ着クノハ人ノ心
人は、何を以て人となるのだろう。
ウィリーは、自分自身の謎と、人としての問いに、自分なりの解を見つけた。
~三人称視点~
「ッハァ、ハァ・・・!」
『はぁ、はぁ・・・』
一体、どのぐらいの弾が飛び交っただろう。
「あー・・・なんだか時間間隔さえ狂ってきた気がするわぁー・・・」
『何でそんなに避けられるのよ・・・。少なくとも私よりも疲れているはずよね?』
「まあ、そうね」
そう喋るウィリーの全身には、数々の魔弾の痕が残っている。風で裂かれた腕、土で穿たれた脚。水に凍らされた肩・・・そして。
「ほんっと、エグいわ。なんでこんなにボロボロにするんだか」
『仕方ないでしょ、それもまた一つの道なんだから』
頬に残る、焼け爛れた痕。頭の上の耳に残る、焦げて黒くなった体毛。それらは、炎の魔弾に彼女が当たったことを強く示していた。
「僅かとはいえ、当たったときは物凄く恐怖したわ」
『・・・それを言うってことは』
彼女がトラウマになった炎。被弾したとき、それに燃やされると理解した彼女は・・・
「・・・何も、考えられなかった」
『・・・』
ヒトを、知った。
「今までだって、思考が止まることはあったのよ。主にあの具現者サマのせいでね」
ウィウィ。炎の具現者である彼と、母であるミルを上回るほど長い時間を共にしていた彼女は、その奇想天外な発想、行動に、常識を壊される思いをすることは何度もあった。
「でも。自分の常識の中で思考がとまることは、なかった」
しかし、今回は火に触れれば生き物は燃やされるという、知識に既に存在する事柄、常識に既に存在する状況。それを受けた上で、思考が止まった。
「少しずつ溶けていく、自分の頬。その事実に、その痛みに悲鳴を上げる自分を、まるで客観的に見ていた気分だったわ」
彼女は知ったのだ。考えるだけが人間ではないことを。
「で、私は改めて思ったの」
思考し、それに科学的な意見を以ってしてすべてを理解することが、人間である証拠だというわけではないことを。
「ああ、これが炎か・・・って」
あくまでもそれは、人間に許された権利。
―――ヒトが、恐怖に立ち向かうための道具なだけだ、ということを。
「・・・【炎弾】」
『・・・!』
ウィリーの手から、高速で放たれる、炎の弾。
それを避ける、もう一人の彼女。
「もう、十分よ」
たった、一発。微かに震える声、青ざめた顔。未だに恐怖を持っているかのような顔つきなウィリーだが―――
―――弾だけは、しっかりとした形を持って、飛んでいた。
「安心しなさい。次からは、どでかいの一発ぶちかませるから」
―――――――――――――――
~ウィリー視点~
(・・・う、撃てた!)
正直、私は驚いていた。
(さっきまできちんとした火力で撃てなかったけど…)
確かに恐怖は感じている。まだこの炎に触れることは怖い・・・けど。
(・・・前より、イメージできてる)
自らが焼かれることで、その痛みを知る。まさかこんな覚え方があるなんてね・・・。
「ほんっと、非効率的にも程があるわ・・・」
かつての、私の技を思い出す。
「・・・」
自らを炎のゴーレムと化す、あの技。
―――ジュウウゥゥゥゥ・・・
自らに謎の焼け跡を残した、あれを。
「・・・ぐっ」
今一度自らに施す。
『・・・正気?』
「ええ。今ならあの紋章の意味も、人が持っている感情のいくつかも、理解できる。前の私・・・物事を、効率とかを基準に考えてた私では分からなかったことも」
『・・・』
炎は、線となり、詞を取らない私の意志を汲み取って、私の体を焦がしていく。
「ぐぅっ・・・私は、この心を持って元の体に戻ろうと思うの」
『・・・人の体に疲れたってこと?』
「いいえ、違うわ」
その炎が全身に回ったその瞬間。
「第零形態、炎原鼠形態」
私の体は、業火に包まれ。
私の中のすべては、過去の私・・・ファイアラットだった自分に戻る。
「これが・・・―――『―――本来の、私だから』」
たった一つ、変化した心だけを残して。
―――――――――――――――
~三人称視点~
『・・・さて』
『見た目、変わらなくなったわね』
人となっていた彼女・・・ウィリーの姿は、かつてのファイアラットに戻っていた。
発音の方法も、自分の喉からだったのがマナ経由に戻っている。
『じゃあせめて言葉ぐらいは変えようかしら?』
『そのままで。ワタシはそのほうがいいわ』
『そう。なら・・・』
対峙する二人。いや、二匹。
『第一形態』『第四形態』
ファイアラットに戻ったウィリーは、炎に包まれ人を成す。彼女の影は、全てを通じさせた最後のヒトへと成り上がった。
『『燃えろ』』
互いに、互いの背後に炎の壁を出す。ウィリーは自分の影の裏に、影はウィリーの裏に。
『炎よ』『水よ』
ウィリーは炎を作り出す。顔こそ微かに青いがその手に戸惑いはない。この戦いの中で生じたトラウマは、短時間だったが故に治す時間も少なく済んだのかもしれない。
影は、彼女の炎を消すために、水を取り出す。全てを通じさせた彼女のマナは、偏りなんて生じてはいなかった。
『水よ』『炎よ』
今度はそれぞれが逆のものを取り出す。水は種族的に抵抗があった、と話していたウィリーの手からは、何の滞りもなく氷の混ざった水が噴き出す。この中で理解したのは、炎だけではなかったのだろう。
影は、先ほど彼女が炎を出したのに少し驚きつつ炎を取り出した。それをウィリーは・・・
『・・・もう、効かないわ!!』
なんと、自らの体である炎の腕を尖らせ、炎のコアをぶち抜いたのだった!
『・・・えっ?!』
『驚いている暇はないわよ!はぁっ!』
想定外な行動に驚く影。そこへと飛び上がるウィリー。
『あいつだったら!!既に一回受けた攻撃なんて・・・!』
空中で体を捻り、驚きの表情を浮かべる全属性のゴーレムに向かい・・・
『具現、第四形態!絶対に効かない奴なのよっ!!おりゃああぁぁぁっ!!』
―――バッゴオオォォォン!!
『ぐあぁっ!?』
自らさえも敵に合わせ、魔装神形態となって、強烈な右ストレートを影の胴へとぶち込んだのだった!
『・・・そんな頭の可笑しい奴と長年一緒にいるのよ、私は。だから、考えが少し可笑しくなったっていいじゃない?』
相変わらず景色のおかしい、この精神世界。影はその床に叩きつけられ、ゆっくりとその形を崩していく。
終わりを告げるかのように光りだす世界。その中で、ウィリーは大地にふわりと着地し。
『楽しかったわ、この世界。もう来る気はないけどね』
世界が、光に包まれた。
ありがとうございました。