第3話 獣逆ラウハ魂ノ拒絶
ウィリーの持つ壁を壊すために、必要なことは。
ヒトの持つ、利点と弱点だった。
~ウィリー視点~
「・・・ジョーダンじゃないわよ」
目の前にあるそれを見て、どうしてもそう言いたくなった。
形自体は大体第一形態と変わらない。でも、色も人に近くなってるし、なぜか光ってるし。大きく違うのはそのマナの質。火だけを使っていた炎人間形態と違って、これの中には火、水、土、風。すべてのマナ…いや、四属性すべてを使ってるのに加えて、何か別のマナがそれらを繋げている。・・・といっても、彼女が光ってるってことと、結構前に聞いたフェイアンの話を思い出すと、その別のマナって、【光】ってことなのかしらね。
つまり、彼女・・・【魔装神形態】を起動したワタシには、5種類のマナが入っていることになる。
「どーやって制御してるのよ、それ」
『直にわかるわよ。【操】』
「っ!」
考えている隙に狙われた!四属性の弾がばらばらに、でも正確にこっちを撃ち貫こうとしている!
さっきの止まった原因がまだ響いているのか、ぎこちないままの自分の体を何とか動かし、多くの弾は無詠唱で水のベールを作って弾き、それを超えてきた強力な弾だけを避ける。
・・・その中で、私は思考する。なぜ私が止まったのかを。なぜワタシがあの形態を創れたのかを。
「…(・・・さっき止まった原因。そこにきっと何かがあるはず・・・)」
―――――――――――――――
常に思考するというのは、かなり苦労すること。
(考えて。考えて。さっきの違和感、その理由を)
さっきからいったい、いつまで考えているのやら。長く考えすぎたせいか、時間の感覚もない。でも、3、4時間は経過していると思う。
私の中のマナがかなり不安定になっているし。
(今までずっと考えていたけど、恐らく私自身に理由がある。特に、それはすぐ最近のことのはず)
弾幕の濃さは相変わらず。考えながら捌けないわけじゃない…けど。
(今までの戦いの中で、後退して時間を稼ぐとか、その場で止まって状況を把握するとか、そういったことはしてきたけど、まるで強制的に止まったことなんてなかったから)
思考する。後方より土弾。首を傾けて、避けていく。
これ以上考えることは正直危険ね。何とかこれを最後の思考時間として、決着をつけないと。これで何も分からないままだったら考えるのはやめましょう。
(だとしたら記憶をすぐ最近に当てはめてみるのが一番ね。状況を今一度把握しなおして…。戦いを始めた直後ではないはず。一旦は止まった時の状態を思い出すことから始めましょうか)
思考する。弾が四方から来た。上に弾く。
(確か私は、ワタシに言われるまで、後ろにあるダメージ元…というより、炎の壁に気づかなかった。つまり、そこまで無意識で撤退していたということになる)
思考。その間、正面から強めな風弾が飛んできた。魔法で鉄を作り、流す。なぜかマナだけは潤沢しているから、魔法力に制限はない。
(撤退していたということは、そこに撤退するほどの理由が…それも、無意識レベルで通じる理由があるはず。記憶をもう少し前の時間に合わせてみましょう…)
思考。その間、円状に水弾が飛んできた。どうなってるのよそれ、と思いながら風弾で撃ち落とす。
(確か、その段階で私は・・・)
思考…していた頭に、微かなノイズが走る。
「・・・」
土弾が飛んでくる。
私はそれを―――
「・・・あー、そういうこと」
―――殴った。
衝撃を受けて砕ける土弾。マナを乗せたせいか、土の素となって飛び散った。
『気づいた?』
「おかげさまでね。というより元凶あんたでしょうが」
なぜ、土に対して有効な炎を使わなかったのか。
いや、使えなかったのか。
『一回は受けておかないと、たぶん意味ないでしょうし。今のあなた・・・いや、私か。恐怖の一つや二つ、知っとかないと本当のヒトには成れないって、教えておく必要があったのよ』
「あ、そう・・・」
正直に言おう。私は今、炎が[苦手になった]のだと思うわ。
先ほど…3、4時間前の衝撃は、あの短時間で私に炎のトラウマを植えつけた。短すぎるって思えるけど、今の私は精神体。魂そのものよ。そこにダイレクトアタックよ?それも、かつて…本来の私にとって、最も味方と言えた炎に。
まるで裏切られたようなもの。怖いのも事実ね。
で、なぜそれにこんなに早く(トラウマにしては、だけど)気づけたのか。さっきの戦いの状況に違和感しかなかったってのも事実だけど、どっちかというと魂と思考の乖離が原因だと思うの。
ヒトが持った一つの可能性、思考の力に私が特化していたが故に、魂が記憶するのを嫌った事項、[炎が苦手]だっていう点に・・・時間と記憶を組み合わせた結果うまいこと引っかかってくれた、ってところかしらね。
トラウマ探しには記憶の相違を探すのが一番って、ミルの家にあった本に書いてあったわねぇ。懐かしいわ。
「…で、それがどうしたのよ?」
私にできた問題点がわかったところで、治し方なんて知らないし。これから元の体に戻ったらどうすr・・・
『治す』
「・・・え?」
『治すって言ってるの。自力でね。炎の力を今一度最高火力で出せるようにならなきゃ、あなたはここから出られないわよ?』
「・・・えっと」
『問答無用。【火弾】』
「ヒッ?!」
彼女の手には、小さめな火の玉が。昔だったらその数倍は出せたのに、今の私にはそれが一種の殺人兵器のようにさえ感じる!自分が苦手だって理解しちゃったせいで余計に怖く感じるわ!
ほんっと、トラウマって知っておいてそれ取り出すドSがどこにいるのよ!
『ここにいるわよ』
「やめてぇ?!」
―――――――――――――――
~三人称視点~
「くっ・・・!」
『炎そのものは既に殆ど分かってるんでしょ?』
「それはそうだけど、それとこれとは話が違うっ!」
彼女たちを囲う炎はいつの間にか無くなっていた。ウィリーは逃げる。かつてのウィリーの姿をした者・・・影と言おうか。影は炎を取り出し、ウィリーに向かって投げていく。ウィリーはそれを避けていく。
ウィリーには、少なくとも弓矢を人一人分空けた間隔程度で放たれても、最小限の動きで避けられるだけの実力がある。しかし、今のウィリーはどの炎も大振りで避け、消すことさえもしなかった。
「あーもー、見えるのに!どうして動けないのよ!」
『トラウマって怖いわねぇ』
「植えつけた本人が言うなぁ!」
理由は簡単だ。体が、魂が拒絶しているのだ。先ほどあった、ほんの少しだけの攻防。魔法弾をただ互いにぶち当てていくスタイルの戦いにおいて、ウィリーには魂レベルでのダメージが入った。この時、彼女の魂は炎を拒絶していくことを決めてしまったのだった。
「くそっ、詠唱の余裕もない…」
『喋れてるじゃない』
「喋るのと詠唱は違うって言うことぐらい知ってるでしょぉ!!」
魔法は意思から引き起こされる。こんな不安定な状況で魔法なんて放ったら暴走するだろう。
『…別の属性、加えてもいいかしら?これ』
「これ以上私をいじめるつもりなの?!」
『いじめてるつもりはないんだけど…』
といいながら、手に水、土、風の力の塊を用意する影。
『ま、どーせ答えを聞く気なんてないけどね。【操】』
「えぇー…」
飛び交う4属性の弾。しかし。
「あ、別の属性ならいける」
『えっ?!』
「…ちょっと、何でそっちが驚いてるのよ」
なんと、ウィリーは水と風に対しては有効な属性である風と土で、土に対しては火が使えないせいか自分の拳を使って壊していくスタイルをとり始めたのだ。
『待って、魔法、詠唱のできない今じゃ使えないはずじゃあ…?』
「何も詠唱する必要なんてなかったわね、そういえば」
と話しながらゆっくりと後退するペースを下げるウィリー。
『…それもそうね。その風と土、もうルーチンワーク的に発動してるみたいだし』
「土は痛いけど、火を使うよりましよ」
『・・・もしかして、これ意味ない?』
別の属性が入ったせいで火が少なくなった現在、ウィリーにとっては楽になってしまったようだ。
「これならある程度近づけ…」
『させない!【炎弾】!』
「ひゃあ?!」
あと少しで辿り着くといったところで、顔の右側面スレスレを通る炎。
「・・・ま、当たり前よねぇ」
『これ、終わりあるの?』
「そろそろ私壊れそうなんだけど」
『・・・がんばって。あと少しだとは思うし』
「あと少しってなによぉ・・・」
果たして、彼女はこの短時間でトラウマとなってしまったそれを、改めて自らのものとすることができるだろうか。
『できなかったら精神崩壊するだけだけどね』
「勘弁して・・・」
ありがとうございました。