なんでか唐突に殺しの依頼が来ました
「……○×会社の取締役をしている凸凹という男を殺して欲しい」
と、唐突に僕の携帯電話にそんな電話がかかってきました。僕はその電話を受けた時、何かの冗談だと思っていたものだから、つい調子を合わせて話を聞き、そして、悪乗りしてメモまでも残してしまっていました。いえ、面白いと思ったので。
一応、断っておきますが、僕は何の変哲もない普通の高校生です。見る人が見れば一目でそれと分かり、「なんて、何の変哲もない高校生なんだ……!」と思わず感嘆の言葉を漏らしてしまうほどの変哲のなさを誇っています。まぁ、今まで一度もそんな言葉を漏らされた事はありませんが、多分、それは見る人が見ていないからでしょう。
とにかく、だから、僕にはそんな電話がかかってくるなんて心当たりはまるでなかったのです。それで、まぁ、冗談だと思ってしまったのですがね。
ただ、考えてみれば、仮に冗談にしろ僕にはそんな電話を受ける心当たりなんてなかったのでした。それで、成功報酬の振込先の話になった辺りで僕はこう言ったのです。
「あの、誰かと間違えていませんか?」
この時は、まだその相手の電話は冗談だと僕は思っていました。普通、電話で殺しの依頼をするなんて有り得ないでしょうし、更にそれを間違えるなんてもっと有り得ないことでしょうから。
その人はそれを受けると、一瞬止まりました。そして、一呼吸の間の後で、「またまた~」とそう言います。
大笑い。
僕はそれを聞いて、確かマタマタって名前の変わったカメがいたよな、とか、そんなどうでもいい事を思いました。なんか葉っぱに似ているやつ。
男の人は続けます。
「冗談はそれくらいにして、仕事の話だ」
その言葉の響きからは、現実逃避をしたがっている雰囲気が如実に感じ取れました。僕はこう言います。
「仕事の話も何も、僕はまだ高校生で学生なので、仕事はしていませんが」
実を言うと、学校に隠れてアルバイトはしているのですが、別にそんな細かい事を言う必要はないでしょう。
「学生?」
「はい。学生の本分は勉強です。僕はそう思っています」
嘘ですが。
それから相手の男の人は止まりました。軽く緊張するような感じ。「ちょっと待ってくれ」と、そう言います。
「待ちましょう」
と僕はそう答えましたが、相手には聞こえていないようでした。なんとなくの雰囲気ですが、どうも名簿か何かを確認しているようです。それから、
「しまった。一行間違えた!」
と、そんな声が。どうして僕がその名簿に載っているのかは分かりませんが、とにかく、やっぱり間違い電話のようでした。
「あ、間違えですか。なら、電話を切りますよ」
僕がそう言うと、相手はこう言います。
「ちょっと待て」
「待ちましょう」
「お前は、さっきの依頼内容を覚えているか?」
僕はそれにこう答えます。
「まぁ、メモに取ってありますね」
いえ、冗談だと思っていたので。
すると、その男の人はこう言うのです。
「なんだと! 絶対に、その内容を誰か他人に話すなよ? 言ったら、どうなるか分かっているな?」
僕は少しだけビックリしました。冗談だと思っていたのに、その男の人が反応が鬼気迫るものだったからです。
それで僕はパソコン画面に目をやると、ブラウザを立ち上げました。あっ 実はパソコンで作業をしている最中に、その電話がかかってきたのですよ。僕は尋ねます。
「どうなるのです?」
「お前、そりゃ、命がなくなるんだよ」
なんだか大変に狼狽した口調。
僕はそれを聞くと、メモに書いた依頼内容をツイッターに打ち込みました。
「そうですか。なら、試しにやってみようかな」
「やってみようかなって……」
「ほら、今はインターネットってな便利なもんがあるじゃないですか。簡単に情報をばら撒けるんですよ。ちょうど、内容を打ち込み終えたところなんですが」
「だから、お前、そんな事をしたら命がなくなるって……」
僕はそれを聞くとこう返します。
「それは逆でしょう? むしろ、情報を拡散した方が僕は安全になるんだ。だって、そうなったら僕を殺しても無駄になりますからね」
男の人は慌てます。
「いやいや、まてまて」
カメを思い出します。マタマタなので、ちょい違いますが。
「冗談だ。冗談に決まっているだろう、こんな話」
「まぁ、普通はそう思うでしょうね」
「なら、止めろよ。笑い者になるぞ」
「いえいえ、一応の一応ですよ。それに、ネタにもなって良いかもしれない。冗談の分かる知合いが多いんですよ」
それを聞くと、しばらく男の人は止まりました。それからこう言います。慎重な感じで。ゆっくりと。
「そうだ、お前。取引しよう。もし黙っていてくれたら、口止め料を出すぞ」
「冗談なのに?」
「だから、これも冗談だって思えよ」
「冗談なら、口止めする意味もないですよ」
「冗談じゃなかったケースを、冷静になって考えてみるんだよ!」
なんだかよく分からない事になってきました。冷静に考えろと言っている本人が冷静じゃないですし。
「と言うと?」
「もし仮に冗談じゃなかったら、お前は単なる間違い電話で大金を手に入れられるんだぞ? 黙っていた方が得じゃないか?」
「なるほど。でもその場合、僕が殺されないって保証は? あなたは僕が話すかもって不安でしょう?」
「あるよ。いいか? もし、黙っていたらお前は人間を一人見殺しにした事になる。普通は、世間には言えない。だから、お前を殺す理由もない」
「なるほど。確かにその通りですね。保証はある。良い話かもしれませんね」
「よし!合意だな。手続きが済んだら、もう一度電話するから、少し待ってろ」
そう言い終えると、その男の人は電話を切りました。どういう手段でお金をくれるのだろう?と僕は不思議に思いましたが、よく考えてみて徐々に不安になってきました。相手があまりに間抜けだったので思わず警戒を解いてしまいましたが、上手く口車に乗せられたような気もします。それで、
“僕を殺す依頼をしていたら、どうしよう?”
と、そう怖くなったのです。
そこで不意に電話が鳴りました。知合いからでした。知合いは明るい調子でこう言います。
「おい!こら! さっき、お前を殺してくれって変な電話がかかってきたぞ。くだらない冗談をやりやがって。どうせ、お前も一枚噛んでるんだろう?」
僕はそれを聞くとこう言いました。
「教えてくれてありがとう」
そしてそれから、ツイッターのボタンを押しました。
情報拡散。
また間違えたんだな、あの人……
久方ぶりに遊んでみました。