目の前に土下座している美少女さんがいたとして。
髪の色は勿論目に優しくない素敵カラー。顔は見えなくてもきっと目が潰れそうな美少女であることはおおよそ予想が付く。
……そう、これは所謂今時流行りの神様。っぽいもの。
「……あのぅ」
此方を伺うようにそろりと顔をあげかけた彼女。
恐らく多くの人はこの状態だけ認識したならば神様の手違いでーとかあなたはこれから別の世界にーとかチートがーとかどうとかこうとか。そういう当たり前の一幕に見える筈。
つまり、私が被害者で、手違いで殺されてって?冗談じゃない。
「話はまだ終わってないので喋らないで下さい」
取り敢えず勝手に頭をあげるなと言う意味を込めてそのビビットかつファンシーな頭を足蹴にする。
結構シュールな光景である。
「あなたの手違いとやらであなたがあなたの世界に転生させた方ですが、傍観だとか目立ちたくないだとか抜かしながら前の世界から持ち込んだ知識やらあなたが付与したらしい釣り合いの取れていない力を使ったりしてますが、何か申し開きは」
私の手の中にある上司から配布された数十頁にも及ぶ資料には、目の前の彼女が『ちょっとした手違い』で転生させた某氏の起こした処理の面倒臭いことの数々。
「えっと、えっとそのですね」
「頭を上げようとしないで下さい」
足の下で頭をあげようとする意思を感じ取ったので足に力を込める。
ぐぇ、とかいう呻き声が聞こえた気もするけれど聞こえない振りをする。私だって好きでこんなところに来てるわけじゃないし、はやく帰りたい。
けれど勢い良く頭を振り上げた彼女にたたらをを踏んだ。
「な、何でですか!」
「え、頭をあげちゃいけない理由ですか?」
「違います!手違いで殺しちゃったのは悪いと思いますけど……でも、それにお詫びしたのが悪いのがわかりません!」
割と真面目に頭をあげちゃいけない理由を説明しようかと思ったのに。
それに、お詫びが駄目なんて一言も言っていない。そのやり方が問題なことにどうしてこういう神様どもは気付かないのか。
「普通に考えてみてください。あなたが転生させた誰かのおかげで世界の運命がどれだけ変わったと思ってるんですか」
考えたこともなかったと言うようにキョトンとした顔の美少女。
どうしてこういう手違いってやつを連発してる神様ってやつはどいつもこいつも顔面偏差値が異常に高いのか、なんて無駄な考察をしつつ的確な言葉を選んでいた。
「何か問題があるんですか?どうせ、わたしの世界ですし……何かあったらわたしで対応も出来る筈です、よ?」
結構酷い対応はしてたと思う、私自身。足蹴にしたり。
けれど、任された仕事をさっさとこなすべく相手の頭の出来に合わせて優しく丁寧で的確な言葉を選んでいた私の心を砕くような言葉を聞いた。一瞬、手元の紙を繰る手が止まってしまった。思考と合わせて。
そして思い直す。
落ち着け私。彼女は理解出来ないからこんなところまで私が出向く羽目になってる。
「……あなたが転生させた方があなたの世界で殺したひとのこと、ひとりひとり覚えていますか」
「え?」
「では、殺されたひとの人数は」
「……知らない、です」
「殺されたひとの顔、ひとつでも覚えてますか」
「……覚えてません」
彼女の顔から余裕が少しずつ欠けていく。
ようやく、少しわかってくれた。
「殺されたひとにもそれぞれ人生があり、あなたの『ちょっとした手違い』のせいでその生きるべき道が捻じ曲げられ、時にはその人生の幕を降ろされることとなったことは、理解出来ましたか」
最早目の前の少女の顔は蒼白を通り越して紙のようである。
けれど、事実だ。
彼女もそれを理解しているからこそのこの顔。一応ひとつの世界を司る神様の末席に名を連ねているだけあって、それぞれの人生を捻じ曲げることの危険性は知っているらしい。
だからこそ、私は追撃の手を緩めてはいけないのだけれど。
「直接的ではなくとも間接的に人生が狂った方もいました。内政チートだ技術革命だやっているうちに職を失い首を吊った方も多くいました。その中にはは後世において世界の命運を決めるような出来事で重要なポストを占める予定だった方もいます、その祖先になる予定だった方もいました」
淡々と告げる内容は手の中の紙切れに記されたまごうことなき事実。本当なら続いていく筈だった物語。
「あなたの送り込んだ転生者の方、不老不死の付与はされていませんでした。……不老不死を付与しないだけの脳があったのかなんて上司は言っていましたが、気付いてます?いつか死ぬってこと」
「……」
「その方が死んだ後、急速に進むべき道を捻じ曲げられた世界は、立ち行かなくなりますよ。その後の悲劇を乗り越えるために必要な方も、幾人か殺されていますし」
これは幾つもの世界の未来を監視し続ける仕事を請け負った同業者のいつか必ず本当になるらしい未来。
世界が生まれると同時に作成された世界が辿る筋道。それに必要な要素を絶妙に配置した超大作。それがたったひとりの人間によって壊されていく様は見るに堪えないものだったとか。
「既に事態はあなたの手を離れているんです。警告自体、ずっと前から行っていた筈です。……元はと言えばあなた個人のミスですけどね」
大きな丸い目を潤ませて今にも泣き出しそうな少女。必死に涙を堪える様は庇護欲をそそらないことも、ない。
自分のほんの少しの行為がこんな結果を引き起こすなんて思っても見なかったことが如実に現れていて、その傲慢さが同情することを拒んでいるけれど。
「それに、あなたが送り込んだ方に殺された方々も、あなたの手違いによって殺された方になりますよね?彼らにはどうしてお詫び、しなかったんですか?そもそもどうして世界を司る神様は他の世界に対して不干渉が義務付けられているのに他の世界の方を手違いで殺したんですか?わけがわかりませんよ」
肩を少し震わせた彼女はそのまろい頬にぽろぽろと涙を零しながら小さく口を開いた。
「わたし、は……わたしの世界は、どうなるんですか」
「世界は今更修正も何もできないので崩壊するまで放置、崩壊したら核を元にもう一度創り直すそうです。あなたは降格、後本部預かりってところですね。少なくとも世界を司る役職からは除名されるかと」
この後の処分の記された頁を開き読み上げる。
上の方々が決めたことだから覆ることはきっとない。
「彼は。わたしが最初に殺してしまった彼は、どうなりますか」
「あなたの力が及び、かつあなたが処分出来るというなら処分していただきます」
驚いたように目を大きく見開く彼女。そもそもイレギュラーが今まで処分されなかったことに驚いて欲しい。
彼が被害者だとでもいいたいのだろうか。間違いじゃないけれど。
「今更ですが、世界においてイレギュラーな存在が始末されるのはルールです。変更はありません。よろしいですね」
彼女は項垂れた。
それを了承と受け取る。
「……わたし、に処分は出来ません。気持ちの問題もありますが、何より力が及びません、から」
「では、此方で処分させて頂きます」
お前が強化したくせに力が及ばないって何したのか、なんて少し気になるけれど気にしたら負けな気がした。
踵を返す。
「……ひとつ、聞かせてください」
私の背中に言葉が投げ掛けられる。
不思議そうな声だった。
「どうしてあなたはこんな、下手すれば相手の方に殺されても可笑しくない様な、しかもあなたに益がほとんどないような仕事をしているのですか?」
「そんなの……」
くるりと、美少女神様を振り返る。
「借金返済のために決まってるじゃないですか」
▲▽▲
息も荒く、何かに急かされるように周りを見渡す黒髪の少年。いや、青年?
彼こそはこの世界を引っ掻き回してるお方、すなわち神様の手違いとやらで今こんなことになっている当の本人である。
黒髪黒目は不吉だなんとかなんとか。最初は忌避されていたが今は立派にハーレムを築いてどうとかこうとか。なんだかんだで国からは英雄扱い。まさに今をときめく噂の人。
こう言うのをなんて言うんだったか。たしか、『嫌よ嫌よも好きのうち』?
仕事をこなすためには奴に話し掛けなければならない。
けれど、後ろ姿しか見えないくせに滲み出るイケメンオーラが声を掛けることを拒みつつ足を家に向けさせようとする。ファンシーかつファンキーな髪の色じゃないだけましだけれど。
「……あのー」
「×××××!何処ですか!」
目の前のお方はさっきまで私の目の前で土下座していた神様の名前を叫んでいる。人目も憚らず。確かに人は近くにいないけれどね。常識は何処に捨ててきた。ていうか神様呼び捨てですか。
「……其処の黒髪の方ー」
「……同郷の人に会えるって言われたのに」
背中から寂しそうなオーラが。
ところで私の声は届いてないのだろうか。手を伸ばせば届く程度の距離なのに。それとも無視しているのか。
「……帰るか」
「独り言の酷い其処のあなた。あまり独り言が多いようですと心の病院がお勧めされることはご存知ですよね?」
途端、弾かれたように振り返る目の前の彼。手がきっちり腰元に下げられた剣にかかるあたりこのファンタジーな世界にきちんと適応しているらしい。
けれど文の長さで気付いた(ように見える)ようでは随分甘やかされて育ったのかな、なんて考えも浮かんでしまう。
やっと此方に気付いた彼に一言。
「どうも」
気安さをアピールすべくひらりと片手を上げてみる。お手上げという意味は欠片も込めないままに。
彼は無遠慮に私の髪と目を何度も見直していた。彼と同じ黒色の。
「心の病院って言うのは……精神病院のこと?」
「そうですね」
「同郷の、人?」
「少なくともあなたが×××××と呼ぶ神様の言っていた人、と言うのは私です」
先程聞いたばかりだったのにもう既に記憶から消えかけていた美少女神様の名前を必死に思い出して、なんでもないように言う。
目の前の彼の顔が面白い位に緩んだ。少し貧弱そうな優しい顔立ちのイケメンである。それの笑顔である。枯れてない乙女ならイチコロかもしれない。
……罪悪感はないけれど申し訳なさがほんの少し頭の中でちらついた気がした。嘘は言っていないことに対して。
ただちょっと、彼の言葉を否定せず、本当のことを言っていないだけで。
罪悪感も湧かなかったことにごめんなさいと心の中で並べてみた。
「改めて、はじめまして。おれは……シンって言います。君は?」
「ユゥイです」
これからよろしく、だとか何処に住んでたのだとかどうして此処に来たの、だとか嬉しそうに笑っている彼が手を差し出す。
私はその手を、切り落とした。
「よろしくする予定はありません。私の名前は忘れて下さっても結構です。あなたの名前を確認させて頂きましたので、サクッとお仕事始めさせて頂きます」
わけがわからないと言うような顔になって手の欠けた腕を見下ろす彼。力が入らないようでしゃがみ込む。
まだ自分になにが起きたのか理解出来ていないようで。それとも理解したくないのか。はたまた自分が傷つけられるなんて思っても見なかった傲慢な人なのか。
どちらでも、構わない。
もう興味も、ないから。
「あなたの故郷では大きな草刈り鎌で命を刈り取っていく死神さんがいらっしゃるそうですね。……それは、私のような方でしょうか?」
驚きに目を見開いた彼はしゃがみこんだ姿のまま、私を見上げる。
きっと、彼がこうなる原因はこの世界の神様で、この世界でこうやって理不尽に殺されるのはきっと彼が良かれと思ってやったことの結果だろうから。それなら、私が間違いを指摘してやることもない。どうせ後で原因の神様が説明してくれるだろう。
だから私は
「とりあえず、さようならです」
特に何かを説明するでもなく、首を刎ねた。
▽▲▽
「……以上が今回の報告です。蛇足ですがその後其処の元神様は被害者の方にきちんと説明、及び本部に移送されたそうです。かの世界は今は本部から派遣された役員の方が観測されているとのことです」
「ご苦労さん。……うん、良いと思うぜ」
気怠そうに煙管を吹かしながら報告を聞いていた上司は少し訝しげに私を見た。
「ところで何でお前あの世界の神に罪人座り何てさせてんの?ていうかお前あれ好きだよな、対象者には基本必ずさせてる」
「正座のことですか?極東の国においては由緒正しい座り方ですよ?ジャポニズムですよ?」
「……すまん、俺にはお前がなにを言ってるのか半分もわからん」
なら聞くなよと言う言葉が喉元まで出かかって留まる。それをいって機嫌を損ねられたら、面倒臭い。
「……そろそろ帰っていいですか」
「……そういうのは思っても口に出すなよ、もう少し、上司の機嫌を伺うとかしたらどうだ?」
それもそうか。
「……とりあえず、下がって良い。近いうちに次の仕事を回す」
「失礼します」
書類やらガラクタやらで埋まった床を下がる。踏んだり崩したりしたら怒られるから気を付けて。
「あ、そうだ主任、もうちょっと報酬あげてくれませんか。このままじゃいつまでたっても借金が返せません」
扉を潜りながら振り返る。
「なら仕事増やしてやろうか?異世界転生やらトリップやら増えてるから仕事ならいくらでもあるぜ?」
「それは、遠慮します。仕事が増えたら過労で倒れます」
ニヤニヤした彼の顔がこれ以上なく憎らしい。片手に持った煙管から紫煙がゆらゆらと立ち上っている。
「どうだか。……借金返済頑張れよ、あと四億くらいだったか?」
「……そのくらいだったと思いますよ。では、失礼しました」
部屋を出て少し強めに扉を閉じる。
最後の笑いを含んだ彼の声に対して苛立ちが少し、積もって、消えた。
理不尽に課された借金を私が返さなきゃいけないことが理不尽でないことは、知っている。
だからこそ、今度名前も教えて貰ってない上司の彼とは膝を突き合わせてお話しさせて貰わなくてはならないかもしれない。もちろん正座で。
報酬アップは切実なお話しなのだから。
そうでもしないと私が私であるうちに借金の返済が終わらない。
借金返済まで、残り四億と少し。
続く、かも
150109現在
誤字訂正致しました。