クライブ 1
らしくない、と言ったヴィンセントは今まで見たことがないほど真剣だった。太い眉を心配そうに寄せ、まっすぐな眼差しを向けてくる。
彼のこんなところが人を惹きつけるのだろう、と納得できた。僕が知らなかっただけだ。知り合ってから六年、仲のよい友人だと思っていた。初めて目の当たりにした姿勢を、僕は抵抗なく受け入れ、彼は訝しむ。
彼の、そんなところが。
僕だって思っている。自分らしくない。こんな風に、衝動のまま行動するなんて。だが、どうにもならないんだ。そんな一言で片づけてしまおうとすることが、一番どうかしているけれど。
本当に、どうかしている。
自嘲に唇を歪めると、ヴィンセントが大きく溜息をついた。
「本気なんだな」
「もちろん」
口元を意識して、笑いの形に整えた。対するヴィンセントの表情は固いまま。これでは学生時代と逆だ。あの頃、無茶をするのはいつもヴィンセントで、僕はそれを少し羨ましく思いながら見ていた。
たぶん「こんなこと」も、ヴィンセントが言い出したのであれば「らしくない」など思われないのだろう。
「助けてくれないか」
懇願というには軽い口調になる。まるで、課題を忘れた時のヴィンセントみたいだ。僕はいつも、苦笑一つと引き換えにノートを貸していた。彼はどうするのだろう。
見ていると、ヴィンセントは先ほどよりも深い溜息を吐き出した。俯き、柔らかそうな金髪に指を埋めるようにして額を掌で覆うと、二、三回首を横に振る。断られた、と指先が冷えた。だが、その口からこぼれた言葉は。
「わかったよ」
だった。
思わず安堵した。その時初めて、自分が緊張していたのだと知った。上体を起こしたヴィンセントが、深く椅子に座り直す。
「おまえはいい政治家になると思っていた。親父さんの後を継いで」
僕は目を伏せた。分かっている。これは父に対する裏切りだ。
「今だって、親父さんに反抗したいわけじゃないんだろう?」
もちろんだ。父のことは尊敬している。ずっと昔から。こんな日が来るなんて、想像したことすらなかった。
ヴィンセントが、受け入れてくれたからだろう。その言葉は、するりと僕の口からこぼれた。
「父上のように守れたら、とずっと思っていた」
己に与えられた力で、どれだけの人の役に立てるか。それを目標に歩む人生だった。だが、一つの出会いが僕を変えた。それは「守りたいもの」が増えたことでもあったのだけれど、それだけではなかった。それだけでは済まなかった。
「彼女と共に生きたいんだ」
告げると、ヴィンセントは今日三度目の溜息をついた。