ロザリー 6
ヨシュアからの手紙が届いたのは、それから一週間後のことだった。教会からの迎えが来る四日前。計画の決行日とした新月の前日。正直、間に合わないのではないかとはらはらしていた。私は夜になるのを待って、合鍵を手にアオイの部屋の前に立った。
私たちはもともとそれほど仲がいいわけではなかったけれど、厨房での一件から、ますます気まずくなっていた。この一週間、ほとんど会話もしていない。
だからといって、鍵のテストをしないわけにもいかない。私はそっと扉を叩いた。少しの間の後、「はい」と小さな返事があった。
鍵を回す。わずかに抵抗があったけれど、ガチャリと音が鳴った。ノブをひねる。扉が開く。アオイが、相変わらずの不安そうな顔で、こちらをみていた。
「成功ね」
鍵を見せながら、私は部屋に踏み込んだ。
「ロザリー、わたし……」
言いたいことをうまく言葉にできないのか、アオイは黙り込んだ。
「お礼なら、明日クライブが迎えに来てからでいいわ」
「ロザリー……」
ちがう、という小さな呟きがこぼれたけれど、私はそれを拾わなかった。私は知っている。彼女が言いたいことを。彼女が決断できない原因の大部分が、私への罪悪感にあることを。
お父様にも侯爵にも、わかっていた。だから彼女の部屋はここになった。見張るような配置だけど、私の役目はそうじゃない。ここにいるのは彼女の意志だ。私は何もしなくても、存在するだけで彼女の足止めになった。
わかっていても、私はアオイを解放する呪文を知らない。
謝罪はすでに失敗している。受け入れられなかった。そもそも何を謝っているのか。嘘の言葉じゃ外れるはずがない。でも無理だ。だって私は、今でもまだクライブが好きだ。
「あなたは、それでいいの……?」
同じようにこぼれた落ちた呟きだったけれど、今度は聞こえなかったことにはできなかった。体温が上がる。特に顔が熱い。おなかに力が入る。大声を出しそうになって、それを堪えるために理性は全部使い果たした。
ヨシュアに言われた「偽善」という言葉が脳裏を過った。
そんなわけがあるか。
「いいって、何が」
自分の声とは思えないくらい、冷たく突き放した低音。
二人が、クライブが幸せならそれでいい、なんて、そんな気持ち、あるわけない。
怒りを隠しきれない眼差しを向けると、アオイは明らかにたじろいだ。それがさらに私の神経を逆なでした
「私が嫌だといったら、あなたはクライブを拒否するの?」
「…………」
「彼を馬鹿にしているの? クライブには、向き合う価値がないと思っているの?」
「そんなこと……!」
「じゃあ、あなたの決断を、私のせいにしないで!!」
声音を落とした分、鋭さが増した。アオイが息をのむ。おおきな瞳がさらに見開かれて、こぼれ落ちそうだ。
たとえば私が、クライブに好きだと打ち明けていたら、こんなことにはならなかったのかもしれない。彼がどちらを選ぶかなんてわかりきっているけれど、それでもと勇気を出せたら。でも私はあきらめた。どうしようもない臆病者は、早々に「妹」に甘えて逃げ出したのだ。アオイが私に罪悪感なんて抱く必要なんてない。
「私にそんな権利、ない」
「…………あ……」
告げなかった想いだ。言うまいと決めたのだ。だから、ただ知らないふりをしてくれさえいればよかったのに。
「ロザリー……」
アオイの言葉から、窺う調子が消えた。伝わった、と思った。
客であることで否定され、一度はあきらめた。でも、クライブの手紙が彼女を揺さぶった。迷いが逃げ道を探して、そこにちょうどよく、わかりやすく差し出されていたのが、私の恋心だったのだろう。
クライブには知られていない。これは私だけのもので、こんなことに利用されるのは真平だ。それに私は、自分で思うよりもずっと、虚栄心が強かったらしい。
同情すら、いやだなんて。
この期に及んで、まだ明確な言葉にしてしまうことに怯えている。認めたくないと思っている。
目を閉じて、ゆっくりと息を吐きながら、言った。
「私を、これ以上みじめにしないで」
「……ごめんなさい」
泣き出しそうな声が答えた。
私は目を開けて、謝罪を受け入れた。