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クローバー  作者: キコリ
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ロザリー 4

 二人の間にどんなことがあったのか、なんて、私は知らない。聞けなかった。「心変わり」となじれるような立場ではなかった。親同士が交わした約束も、彼と彼女の騒動の中で初めて発覚したものだったし、私と彼が互いに確認したことのある関係といえば「兄妹」だった。妹は兄に嫉妬なんかしない。彼が疑いもなくそう思い、彼女のことを相談してきたときに、私が自分の気持ちを打ち明けて泣いて縋れば、何か変わったのだろうか。

 そんなことをしても、彼を苦しめるだけだ。クライブはすでに最愛を選んだ。彼にしてみれば「心変わり」なんてお門違いだし、同情と罪悪感に訴えても、異世界からやってきた、一人ぼっちの彼女に勝てるわけがない。


 アオイ、と名乗ったあの女の子は、異世界からの(まろうど)だった。


 まっすぐな黒髪と、黒目。異国人めいた顔立ちはすっきりと整っていて、神秘的、とさえ言える雰囲気を出していた。口を開くとがらりと印象が変わり、とても気さくであることがわかる。

 クライブは屋敷を訪れるとき、必ず彼女を同伴した。年下だと思っていた彼女は、実は二つ上の十七歳だったけれど、私とは近い年なので、話し相手になれば、と思ったのだろう。接するうちに、アオイが悪い人ではないことはわかったし、魅力的だと思うようにすらなった。そう、彼女は魅力的だった。私はたぶん、クライブが相談してくる前から、彼が彼女に惹かれていることに気づいていた。私を見る優しいまなざしと、彼女を見つめる熱を帯びた視線の違いに、ちゃんと気づいていた。


 アオイの方を牽制すればよかったのだろうか。駆け引きなどどう仕掛けたらいいのかすらわからなかった。嫌悪して追い払おうにも、気づけば私は、彼女を好意的に受け入れていた。あれほど嫌な予感がしていたというのに、我ながら間抜けだとつくづく思う。

 彼女は私の気持ちを知っていたようだ。罪悪感からか、クライブと距離を置こうとした。それがきっかけで彼が私に相談を持ちかけたのだから、皮肉なことだ。私は彼の背中を押した。アオイには何も言わなかった。これくらいの意地悪は許されるだろう。最終的にはクライブの情熱に諦めざるを得なくなって、幸せな恋人たちが生まれた。


 当然、クライブの父親であるロッグハーレン侯爵は激怒した。

 私はお父様に、自分のことを慮っているのなら、気にしないでほしいととりなしをお願いした。


「クライブは――、お兄様は、本当のお兄様のように私を大事にしてくださっています。お兄様に、幸せになっていただきたいのです」


 ことさら「兄」を強調し、私は失恋なんてしていない、傷ついていない、と態度で示したが、お父様は苦虫を噛潰したような顔を変えなかった。


「そういうことではない。相手が異世界の客だというのが問題なのだ」

「身分、ですか?」

「……そんなところだ」


 煮え切らない言葉に、私はさらに疑問を重ねたけれど、お父様からそれ以上を聞き出すことはできなかった。


 そしてアオイは教会に渡されることになった。教会は客を保護しており、聞けば、客ばかりの小さな町まであるという。もっと早くにそうするべきだった、というのが大人たちの意見で、なぜこんな事態になるまで先送りされていたのかというと、アオイが侯爵夫人に気に入られていたからだ。

 客を教会に渡すことは義務ではない。ならば、馬車で一月もかかるような教会本部に連れていくより、自分の付き人として家に置きたい、というのが夫人の願いだった。侯爵もそれを快諾したはずだったが、二人が愛し合っていると聞くや否や、態度を翻した。そして侯爵夫人も、夫の言うことに逆らおうとはしなかった。


 クライブはお屋敷に軟禁され、同じ屋根の下には置けない、という理由で、アオイはわが家に連れてこられた。彼女は侯爵に逆らわず、教会に行くことを受け入れたそうだ。私はそれをお父様から聞かされた。信じられなかった。けれども実際に会ってみると、アオイはあきらめたように微笑むばかりだった。 快活な彼女らしくない表情に、私は何があったのか聞いたけれど、彼女は頭をふるばかりだった。


「これでいいの。これが一番いいの」


 そんな様子で言われたって、「いい」とは思えなかった。

 教会本部から受け入れ可能の返事が来るまで、約二週間かかるとお父様は言っていた。それまでに何とかしてクライブに話を聞かなくては。

 そう思った私は侯爵のお屋敷を訪ねたけれど、クライブには会わせてもらえなかった。


「せっかく来てくれたのにごめんなさいね。あの子が教会に入るまでは、誰にも会わせてはいけないという主人の指示なの」

「手紙をお渡しすることも叶いませんか?」

「……お勧めしないわ。クライブに届いた手紙は、すべて主人が開封してしまうもの」


 それではアオイのことなど書けない。他に手段はないのか。あるいは、アオイ本人を問い詰めるしかないのか。うまい方法だとは思えなかった。うなだれながら侯爵夫人にお暇を告げ、馬車を回してもらうと、なぜかヨシュアが仁王立ちで待ち構えていた。


「ロザリーって、兄上が好きなんじゃないの」


 何を唐突に。私は自分の好意を「恋」だと周りに吹聴したことはなかったけれど、ヨシュアは例外だった。クライブが寄宿学校に入った後、遊び相手は専ら彼だったし、年下であるという気安さから、「お兄様のお嫁さんになりたい」と漏らしたことがある。今となってはうかつとしか言いようがない。でも、ヨシュアがそれを誰かに告げた様子はない。忘れているのかもしれない。


「ええ、好きよ。大切なお兄様だもの」

「ふうん」


 いやな「ふうん」だ。まるでお見通しだといわんばかり。


「用がないならもう帰るわね」

「兄上が好きなのに、アオイの心配もするの?」


 ヨシュアは私の言葉を無視した。


「偽善?」


 顎の下に手を当てて、こちらを見上げながらかわいらしく小首をかしげる。まったくかわいくないけれど。何より人をあざ笑うその表情が。

 かっとした私は、彼をにらみつけた。


「ちがうわ」

「ふうん」


 私は今度こそ馬車に乗り込むべく、彼の横を通り過ぎた。すれ違いに二の腕を掴まれ引き戻される。


「明後日、またきてよ」


 怪訝そうに見返すと、ヨシュアはにこりと笑って囁いた。


「“お兄様”を助けたいんだろ?」


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