廻る世界に呼ばれて
ふと思いついたので書いてみました。
俺の心の中にはいつも、孤独感と寂寥感があった。
どこに行っても自分の居場所ではない気がしてならない。
どれだけ仲間が増えても寂しさが薄れることがない。
そう、彼女に出会うまでは___
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「うおっ⁉ どこだここ⁉」
俺は篠原勇哉。普通の高校生……のはずだ。
家に帰る途中だったはずだが……目の前に変なものがあると思ったら、いきなり周りの景色が変わった。
今、俺が立っているのはアスファルトの上ではなく石畳の上。しかも変な模様が描かれている。
そんで目の前には白いローブ? を着た金髪美少女。とりあえず話しかけてみる。
「えっと……ここどこ?」
「フォルティード国、ベイルート城の地下にある召喚の間でございます。勇者様」
ああ、言葉通じるんだ。よかった___じゃない⁉ 今変なこと言われたぞ‼
「ねぇ君、」
「レティスティアです。どうぞ、レティとお呼びください勇者様」
「ああ、俺は篠原勇哉。よろしく___じゃなくて‼ 今俺のことなんて呼んだ⁉」
「勇者様です」
「それだ‼ なんで俺を勇者って呼ぶんだ⁉」
「なぜって……貴方が勇者様だからです」
「わけわかんねーよ‼」
「ああ、申し訳ございません。説明がまだでしたね」
この美少女___レティが言うには、ここはどうやら地球ではないらしい。いわゆる異世界ってやつだ。
この世界___ネフィスは科学ではなく魔法があるらしい。魔獣とかもいるそうだ。
で、その魔獣が最近、巨大化、狂暴化しているらしい。その原因は魔王が復活したからだそうだ。なんてファンタジーな世界なんだ。
「で、その魔王を倒してほしいと」
「はい。魔王はこの世界のいかなる存在も倒すことが出来なかったようです。主神であるオルフェス様ならばどうにか出来るかもしれませんが……動いてはくれません」
「……本当に俺がどうにか出来んのか?」
「唯一の例外が異世界から召喚した勇者だと伝え聞いております」
まあ、復活したっていうなら倒されてたんだよな。
「勇者のみが扱える聖剣によって魔王を倒せるそうです」
「よくそんなこと分かるな」
「この戦いは1000年おきに繰り返されているそうなので」
「ああ、そう」
1000年おきってすごいな。その度に勇者を召喚してんのかよ。ていうか、よく記録が残ってるな。
「ところで、その魔王を倒したら俺は元の世界に帰れるのか?」
「それは……わかりません。記録がないもので……」
帰れるかわからないか……だけど不思議とそこまで帰りたいとは思わない。元の世界にいた頃は、ここは自分のいるべきところではない気がしていたからだ。
「無理を言っているのはわかっております。ですがお願いします。この世界を救ってください‼」
「……わかったよ。俺に出来ることはやるよ」
「あ、ありがとうございます‼」
「で、聖剣ってやつはどこだ?」
まさか、どっかのダンジョンの奥深くとか神の試練を受けなきゃいけないとかか?
「この召喚の間の奥にございます。後ろをご覧ください」
「近っ‼ うわ、本当にある。めっちゃ近っ‼」
後ろを向いたら剣が台座に刺さっているのが見えた。いくらなんでも近すぎじゃないか? RPGとかじゃ最後の方で手に入るだろ。
「あ、あれが聖剣か……」
「はい。さ、どうぞ勇者様。お取りください」
見たところ鍔に宝石の付いた普通の長剣。なぜだか……懐かしい気持ちが湧いてきた。
その聖剣を引っこ抜いてみる。
『___それには、精霊王の加護が必要よ___』
突然、脳裏に声が響く。知らないはずなのにどこか懐かしい……そんな声だ。
「なあレティ、いま何か言ったか?」
「はい? いえ、何も言っておりませんが?」
「そうか……」
なんだったんだろうか……?
「ま、とりあえずは精霊王とやらに会いに行くか」
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そして、いろいろなことが起こった。
仲間と出会い、別れた。
狂暴化した魔獣を倒した。
国や個人を助けた。
精霊王の加護も得た。
そして今は魔王城のある島に到着した。今日は野宿で、明日は遂に魔王との決戦だ。
夜。たき火を前にして、聖剣を抜いて見つめる。精霊王から加護を貰ったせいか、うっすらと光っている。
「……眠れないのか?」
レティが起きている気配がしたので尋ねる。レティは俺を召喚した巫女として俺のサポートをするためについてきた。
「はい……ユーヤ様は何を? 精霊王様の仰られたことをお考えに?」
「まあ、な」
『汝にとって、最も悲しき結末を迎える覚悟があるか? あるのであれば、加護を授けよう』
そんなことを言われた。この時は、世界を救うためならと思っていたが___
「いったい、どんな結末だって言うんだろうな……」
「…………」
返事はない。二人でジッと聖剣を見つめる。
「……ユーヤ様」
しばらくすると、レティが話しかけてきた。どことなく、神妙な面持ちで。
「今のうちに、お伝えしておきたいことがあります」
「……なんだ?」
なんとなく、居住まいを正す。
「わたくしは……」
「…………」
「……ユーヤ様のことを、お慕いしております。貴方が悲しむというのであれば、わたくしもその悲しみを背負いたく思います」
おそらく、レティの一世一代の告白。生半可な覚悟ではないだろう。
「お、俺は___」
『___愛してる。わたしは貴方のことを、誰よりも、どんな存在よりも愛してるわ___』
不意に、そんな声が脳裏に響く。聖剣を抜くときにも聴いた、どこか懐かしい声が。
「……レティ」
「はい」
「ごめん」
それだけしか言えなかった。レティも、何も言わずに黙っている。
「……俺さ、実は魔王を倒す以外にも旅の目的があったんだよ」
「……それは、なんでしょうか」
「この剣抜くときに声が聞こえたんだよ。それからも、たまに聞こえる」
「声……ですか?」
「ああ。その声の主を捜してたんだ」
その声を聞いているときはとても落ち着ける。どこか惹かれるところがあるのだ。
「……一生、見つからないかもしれませんよ」
「それでもいいさ。あの声の主じゃなきゃいけないんだよ」
「そう、ですか……」
もしかしたら、もうこの世にいるわけではないかもしれない。一生を棒に振るかもしれない。それでも、求めずにはいられない。
「……明日は早いんだ。もう寝よう」
返事を聞かずに横になる。疲れていたのか、すぐに睡魔が襲ってきた。
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「……誰もいないな」
魔王城のある町。つまり城下町にいるが、人影がない。気配はするから、家にいるのはわかる。
「魔王城の城下町だから敵がわんさかいるかと思ったけど……」
「誰も出てきませんね」
そのまま、なんの障害もなく魔王城に到着する。
「どこから入ればよろしいのでしょう?」
門は固く閉じられていて入れそうにない。
「まあ、いざとなったら門をぶっ壊せばいいだろ」
「その必要はございません」
男の声が聞こえると同時に門が開いた。そこには、執事の格好をした男がいた。
「……誰だアンタ」
「わたくし、魔王様の執事をしております魔導人形のアルフレッドと申します」
深々と礼をするアルフレッド。どこかで見た顔だな。
「おい、アルフレッドつったか? お前、どっかであったか?」
「……さて、どうでしょうか。それよりも、魔王様がお待ちです。こちらへどうぞ」
扉を開き、先に行くアルフレッド。
「俺らも行くか」
「お待ちください‼ もしかしたら魔王の罠かもしれませんよ‼」
「だとしても、行くしかないだろうが。なんなら、レティは待ってるか?」
「そんなことするわけないではありませんか‼ 一緒に行きます‼」
「なら行くぞ」
アルフレッドにしばらくついて行くと謁見室の前に着いた。
「ん……?」
なんで俺、ここが謁見室だってわかったんだ? まるで、何度も来ているかのように自然にわかったぞ。
「ユーヤ様? いかがされました?」
「……なんでもない。行くぞ」
「それではどうぞ」
アルフレッドがガチャリと扉を開ける。
中は割と広い作りになっていて、奥では玉座に座っているやつがいる。
一言で表すならデカい鎧。2mを超す黒い全身鎧に覆われて素肌は見えない。こいつが魔王だろう。なぜだか、確信が持てる。
『……よく来たな、勇者。何のために来たかは……聞かずとも良いな?』
奥から響くような野太い声。ガチャガチャと音をたてながら魔王が立ち上がる。
「当たり前だ。世界のためにお前を倒しに来たんだ」
『そうか……一つ聞かせろ。なぜお前は見ず知らずの者のために戦える? お前は異世界から来たのだろう? この世界とは関係がないだろうに』
「そんなことは関係ない。理屈や理論の問題じゃないんだ。助けたいから助ける。それだけだ」
お人好しだってことはわかっている。けど、これは俺自身が決めたことだ。だから最後まで信念を貫くつもりだ。
『……貴方は、いつもそう答えるのね』
「……?」
なんだ今の魔王に似つかない言葉は。
「おい魔王___」
「ユーヤ様‼」
問い詰めようとしたとき、レティの叫びが響いた。
俺と魔王の足元には魔法陣がきらめいている。そして、周りの景色がどんどん変わっていき、最終的には殺風景な風景になった。周りにはレティも、アルフレッドもいない。俺と魔王だけだ。
「……何をした」
『最終決戦に相応しい舞台に転移しただけだ。ここなら、誰の邪魔も入らない……はずだ』
「そうかよ。で、どこだここ?」
『……ここは城の地下深く。瘴気が最も集まるところ』
「瘴気? なんだそりゃ」
『瘴気とは、人間達の争いや殺し合いによって生じる怒りや悲しみ、憎しみなどといった負の感情が大地に染み込んでいったものだ。長い時間をかければ、いずれ浄化される』
どうりで、なんか嫌な感じがするわけだ。肌がピリピリするっつーか。
それ以外にも、なぜか既視感があるが___
「まあいい。魔王、お前を倒す」
聖剣を抜き、切っ先を魔王に向ける。
『……そう易々とやられると思うな』
魔王が虚空に手を伸ばすと、どこからともなく黒い大剣を取り出した。魔王の身の丈程もあるそれはとても重厚で、人間で振り回せるやつはいないだろう。さすがは魔王ってことか。膂力もハンパないらしい。
『さあこい、勇者』
その言葉を聞き終える前に俺は動き出した。
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『……どうした、その程度か』
魔王の前で、俺は力なく横たわっていた。
今まで培ってきた剣技も、魔法も、全てが通用しない。格が違いすぎる……
『これで終わりか、勇者』
魔王の足音が近づいてくる。
「……うるせぇ」
『それでは、世界を救うことなどできぬぞ』
「うるせぇ!!」
グッと身体に力を込め、聖剣を前に突き出す。それは、技も何もない、ただの突き。少しでも体を動かせば簡単に避けられてしまう。
それなのに___魔王を貫いた。
「えっ……?」
思わず、呆然としてしまう。なんで避けなかったんだ?
サァッと鎧が消えていく。聖剣で封じることが出来たということは、この鎧は魔法で出来ていたらしい。
中から現れたのは10歳ぐらいの少女。まだ幼さを残しつつも大人びた顔立ち。軽くウェーブのかかった銀髪は肩で切りそろえられている。そして紅い瞳は宝石のように美しい。リボンやフリルがふんだんにあしらわれた豪奢なドレスがとてもよく似合っている。
鎧と少女にはかなりの身長差があるため、聖剣は彼女を貫いてはいなかった。
「お、女の子……?」
いや、それよりも……俺はこの子を知っている!?
絶対に初対面のはずなのに、彼女を知っている。心の奥底から、彼女の名前が浮かんでくる。
「シオン……」
そうつぶやくと、魔王___シオンは微笑を浮かべ、あろうことか俺に口づけしてきた。
「___っ!?」
その瞬間、俺は全てを思い出した。
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かつて俺は、この世界___ネフィスに迷い込んだ異邦人だった。シオン曰く、人間に主神と崇められているオルフェスが人間を作る際に出来てしまった次元の歪みに捕われてネフィスに来てしまったらしい。シオンの力で地球に帰ることもできるらしいが、俺は残ることを選んだ。
なぜなら___シオンを愛してしまったからだ。
彼女は最初、俺に大した関心はなかった。100年と生きていられない人間の俺と違い、世界と密接に繋がった存在であるシオンは世界が在る限り生き続ける。だから俺にはあまり関心がない。精々、『面白いオモチャを拾ったから少しの間の退屈しのぎになるだろう』としか考えてなかっただろう。
それでも、段々と心を開いてくれて俺を愛してくれるようになった。ずっと一緒に居ることは不可能でも、一分一秒を大切にし、とても幸せな日々を過ごしていた。
けれど、そんな日々は長くは続かなかった。俺の寿命より先に別れることになるとは考えもしなかった。
突如、魔獣達が巨大化、狂暴化しだしたのだ。
原因は人間の生み出した瘴気だ。本来ならば大地によって少しずつ浄化されていくが、如何せん量が多すぎた。大きな戦争が何度も起きたため、それによって生まれた瘴気は許容量を超え、大気に溢れ出した。その瘴気に毒された魔獣達が狂暴化したのだ。
魔獣は本来、魔力を運んで世界に行き渡らせたり、適度に消費したりしてバランスをとる存在。それが暴走することで世界のバランスが崩れ、崩壊してしまう可能性がでてきた。
それを憂いたシオンはある決断をする。すなわち、瘴気をその身に取り込み、浄化することにしたのだ。これは世界と繋がっているシオンにしかできないことだ。
しかし問題が出てきた。瘴気を取り込んだシオンは見た目と同じ子供くらいまで弱体化してしまうのだ。もしこの状態で何者かに襲われて死んでしまったら世界が崩壊してしまう。それでは本末転倒だ。
そこで誰にも干渉されないように自身を封印することにした。瘴気を取り込んだ彼女ではできないので、俺がすることになった。誰も干渉できないほど強力な封印を施すために精霊王から加護を貰い、彼女を封印した。
『貴方が封印してくれてよかったわ。___愛してる。わたしは貴方のことを、誰よりも、どんな存在よりも愛してるわ』
シオンは最後まで俺に微笑み続けてくれた。俺はちゃんと笑えてたかどうか……わからない。
そして俺は一人になった。
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「そうだ……俺は……」
今、全てを思い出した。
あの後、俺はもう一度シオンに会うための行動をした。
生きている内には会うことはできない。ならば俺は転生し、シオンが目覚めたときに会えるようにするべきだ。
俺の魂自体は地球と結びついているから転生したら地球に生まれる。そこで俺は記憶を持ち続けられるようにし、俺の魂を持つものを召喚できる魔法陣を作り、知り合いに受け継いでもらえるように頼んだ。『魔族の王が現れたら使ってくれ』という伝言とともに。
だが、二つの誤算が生まれた。
俺の記憶は魂に刻まれていたが表面に出てくることが出来なかったために転生しても記憶を持ち続けたまま、というわけではなかった。
もう一つは、俺達の話は『勇者が魔王を打倒した。そのおかげで魔獣の暴走がなくなった』と歴史が間違って伝わってしまったことだ。
そのせいで俺はシオンと戦わなくてはならなくなった。本当は、こんなことはしなくていいはずなのに。
「思い出せた?」
シオンが覗き込んでくる。ずっと探していた声で。
「……ああ。全部思い出した」
シオンは体内の瘴気を全て浄化し終わったら目覚める。しかし、その時には瘴気が溢れ出ているのでまた俺に封印される。いったい、何度同じことを繰り返したのだろうか。
「……シオン、ごめ___」
「謝らないで。いつも言ってるでしょう、仕方のないことだと」
「そうだけどさ、でも___」
「いいから今は黙って抱きしめて。一緒に居られる時間は少ないのだから」
そう言って腕を伸ばしてくるシオン。俺は彼女を強く抱きしめた。
「……今の名前は何かしら?」
「勇哉だよ」
「そう。ならユウヤ、愛してるわ」
「……俺もだよ」
俺達はしばらくの間、抱き締め合っていた。
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「……そろそろ、時間ね」
ゆっくりと、シオンが離れていった。
「もう、なのか」
「ええ。これ以上は、浄化しきれなくなる」
「そうか……」
「最後に、キスしてくれる?」
返事はせず、行動を示した。シオンに口づけし、少しして離れた。
「……ありがとう」
そう言ってシオンは瘴気を取り込み始める。終わるのを見計らって、俺は聖剣を構えて封印を始める。
シオンの足元に魔法陣が現れ、光の柱が出来る。
『___ユウヤ、愛してる。わたしは貴方のことを、誰よりも、どんな存在よりも愛してるわ___』
段々と、シオンの姿が薄れていく。けれど、俺は見ていることしかできない。
『___また、1000年後に会いましょう___』
そして、シオンの姿は完全に消えた。周りの瘴気が消えたせいか、嫌な感覚も消えた。ただ、殺風景な景色が広がっている。
帰るための魔法陣はシオンが残してくれたからいつでも帰れる。が、しばらくの間、ここに居ることにした。
「……ここなら、誰もいないからな」
俺は湧き上がる感情に任せて子供のように泣き崩れた。
いつか……いつか絶対……こんな結末を変えてやる……
だから……待っていてくれ、シオン……
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この物語はシリーズの第1作目です。2作目として『廻る世界の中心で』(仮題)を予定しております。
書き上がったら読んでいただけると幸いです。