無題詩37
「全てが静止するほど世界は貪欲ではない」
誰かがそんなことを言っていた。
そのとおりだ、と僕はそう思う。
決して、肩甲骨から白い翼は生えて飛翔しないし、
オリジナルがどこにもいないのに模倣犯だけが跋扈する。
口移しのように消毒済みの薔薇は震え、呼吸する。
動いて、動いて、動き続ける。
回転する世界、運動し続ける世界。
いや、違う。
世界は回転し、世界は運動し続ける、
こういったほうが正しいか――?
そんな三文世界の中で僕たちは、
洒落たマイクを渡されてもコメントなんかできやしない。
毎日アンダーグラウンドのボロ小屋で
腐った肉を食うだけさ。
使い捨てカイロのような生活で、
腐った肉を食うだけさ。
それは胃液で溶かされ僕たちの脂肪になっていく。
身体はブクブク肥ってまるで不細工な操り人形。
タイムマシンはどこにもなくて、
ただ安楽死だけを願っている。
――きれいな、きれいな、眠りを、望む。
架空の神に祈っても、
返ってくるのはチェーンメール。
捧げた贄の処女は異形の祝福になり果てた。
「生身の肉体じゃ歩けやしない」、
そんな未来の世界じゃないけれど、
「生身の精神じゃ歩けやしない」、
気付けば――そういう世界になっていた――
賢しらな学者は「安全」とのたまうけれど、
いつでもトカレフとギロチンが旋律と戦慄を奏でている。
気を抜けばひどい赤錆の臭い。
電線と伝染、核酸と拡散。
下らない同音意義の玉虫色の答弁さ。
ノスタルジックな町並みは、
いつしか広々とした処刑場になっていた。
死神の鎌の波濤は広がり、
その余波はあたかもカルアミルクの膜みたいで、
血と蜜を啜る人々に何の意義か投げキッスをする。
腫れぼったい瞼を擦りながら、
僕はこのメガロポリスを歩くけど、
一歩進むごとに白刃で首を撫でられる錯覚に陥る。
「それは何の寓意だい?」と友人は訊くけれど、
僕には答える真実も義理も持たない。
足が重たいと感ずれば、
気がつけば靴紐も千切れてた。
これでろくに歩けやしないじゃないか……。
と、思い足を止めた。
ひとつ溜息を吐いて地にくずおれる。
また不幸が舞い降りた、と、ひとりごちる。
けれど、僕は――
けど、僕は――
これを、
一瞬、幸せと思った。
これが幸せなんだと実感した。
幸せ、歩きを止めることが幸せ……。
そうだ、世界が停止しなくても、
僕が止まればいいじゃないか。
讒言か戯言かを吐いて、僕は天を見上げた。
そのとき闇は美しく雪崩れて、
世界を塗り替えていった。
黒に、ただまっ黒に。
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そこには文字も詩も何もなかった。