この世界はホラゲーらしいが、プレイしたことないのでゲーム好きの弟に電話してみます
約4千5百字。仲良し姉弟。
突然だが、私は今、見知らぬ病院の廊下を全力疾走している。
なぜかって?
そんなの決まっている。
背後から、首がありえない方向に曲がった看護師が追いかけてくるからだ。
「ぎゃああああああああ!」
ちなみに、五分ほど前まで私は自宅のソファでくつろいでいた。それがちょっと居眠りしたと思ったら、なぜか薄暗い病院の待合室で目を覚ましていたのである。
しかも、この病院には見覚えがあった。
『夜鐘病棟』。
数年前に大ヒットしたホラーゲームである。
私はゲームをほとんどしないものの、さすがに名前くらいは知っている。なんでも、恐ろしい化け物が徘徊する廃病院を探索し、さまざまな謎を解きながら脱出するゲームらしい。
そして、今まさに私はその世界にいる。
「いやあああ! なんで私がこんな目にいいい!」
廊下を曲がり、適当な診察室に飛び込む。幸いにも鍵がかかったので、私はようやく一息つくことができた。
とはいえ、いつまでもここに隠れているわけにはいかない。
(どうしよう……私、ホラーゲームなんて一度もやったことないのに……)
半泣きになりながらポケットを探っていると、何か硬いものが指先に触れた。
スマホだ。
元の世界で使っていたスマホが、なぜかそのままポケットに入っていたのである。
(助かった! これで攻略方法を調べれば……)
ところが、インターネットにはつながらない。
何度試しても圏外と表示されるばかりだった。
(ええ……せっかくスマホがあるのに……)
絶望しかけた、そのとき。
私はふと、あることを思い出した。
そういえば、私にはゲーム好きの弟がいる。
毎日のようにゲームをしているし、最近はゲーム配信もしているらしい。動画や攻略サイトもよく見ているので、あいつなら、ひょっとしてこのゲームについても知っているかもしれない。
ダメ元で、電話をかけてみることにした。
すると。
『……もしもし』
「つながったああああ!」
『うるさ。何?』
「助けて! お姉ちゃん今、ホラーゲームの世界にいるの!」
『は?』
「お願いだから助けて! 変な看護師に追いかけられてるの!」
『……姉ちゃん、寝ぼけてんの?』
「寝ぼけてない!」
私は必死になって状況を説明した。
すると弟は、しばらく黙ったあと、
『あー、夜鐘病棟ね。知ってる知ってる。有名タイトルじゃん』
「本当!? やったことある!?」
『いや、ないけど』
「ないんかい!」
『まあ調べりゃ分かるっしょ。ちょい待ち』
カタカタとキーボードを叩く音が聞こえてくる。
なるほど。私はインターネットを使えなくても、弟は向こうの世界で使えるのだ。
つまり、弟に攻略サイトを調べてもらえばいい。
(これならいけるかも!)
私はさっそく、今いる場所について説明した。
『……あー、最初の病棟か。じゃあまず、二階に行って』
「二階? でも階段にはさっきの看護師が……」
『そいつ無敵だから倒せないよ。逃げるしかない』
「無敵!?」
『ただ、音に反応するらしいから、適当な物を投げて注意をそらせばいいって』
「なるほど!」
私は診察室にあった金属製のトレーを手に取ると、そっと扉を開けた。
廊下の向こうには、先ほどの看護師がいる。
私はトレーを思い切り反対方向へ投げた。
ガシャーン!
大きな音が響く。
すると看護師は、その音に反応して走り出した。
(今だ!)
私は反対方向に駆け出し、なんとか階段までたどり着いた。
「やった! 階段に着いた!」
『じゃあ二階の資料室に向かって。そこにある鍵が必要らしい』
「了解!」
こうして私は、弟の指示に従って病院内を探索することになった。
もちろん、その道中は散々だった。
突然ロッカーから飛び出してきた化け物に絶叫したり、床に落ちていた死体がいきなり動き出して腰を抜かしたり。弟から「そこの廊下は走っちゃダメ」と言われた直後に走ってしまい、天井から化け物が降ってきたこともあった。
そのたびに私は悲鳴を上げ、弟に助けを求めた。
『あー、そこはしゃがんで進むところ』
「先に言ってよ!」
『いや、さっき言ったじゃん』
「もっと早く!」
『……めんどくさ』
それでも弟は、なんだかんだで付き合ってくれた。
資料室では、四桁の暗証番号が必要な金庫を発見した。
「ねえ、番号が分からないんだけど!」
『今調べる。……あった。十一月二十二日だって』
「一一二二ね!」
言われた番号を入力すると、金庫が開いた。中には古びた鍵が入っている。
「開いた! すごい!」
『そりゃ攻略サイトに書いてあるし』
「これ、なんの鍵?」
『地下の研究室。そこに脱出に必要なカードキーがあるらしい』
「オッケー! じゃあ地下ね!」
私は鍵を握りしめ、意気揚々と廊下へ飛び出した。
そして三秒後。
「ぎゃああああああ!」
『今度は何?』
「なんかすっごい大きいのがいるううう!」
廊下の向こうから、身長三メートルはありそうな巨体が歩いてくる。
白衣を着ていることから、どうやら医者だったものらしい。
『あー、それ院長だわ』
「院長!?」
『このゲームのボス。ちなみにそいつも無敵』
「また無敵!?」
『このゲーム、基本的に敵とは戦わないから』
「そういうの先に教えて!?」
幸い、近くの物置に隠れることで院長をやり過ごせた。
その後も弟の指示に従い、私は病院の地下へと向かった。
そこで見つけたのは、奇妙な研究施設だった。
ガラス張りの部屋には無数の培養槽が並び、中には人間とも動物ともつかない生き物が浮かんでいる。
そして、机の上には大量の研究資料が散乱していた。
「うわぁ……何これ……」
『あー、そこが事件の発端らしいよ』
「事件?」
『なんか、院長が人間を怪物に変える薬を開発してたんだって。それが漏れ出して、病院中の人間が化け物になったらしい』
「うわ、最低じゃん……」
『ちなみに院長本人も実験に失敗して、あの姿になったんだって』
「自業自得すぎる……」
どうやら、このゲームにはそういうストーリーがあるらしい。
もっとも、今の私にとって重要なのは脱出することだ。
私は弟に教えられたとおり、机の引き出しからカードキーを入手した。
「よし! これで外に出られるんだよね!?」
『いや、まだ』
「えっ?」
『そのカードキーで地下の電源室に入れるから、そこで非常用電源を復旧させる。そしたら一階の玄関のシャッターが開くんだって』
「なるほど!」
『ただ、電源を入れると院長が地下まで追いかけてくるらしいから、そこは気をつけて』
「……え?」
『最終的には院長を冷却装置の中に誘導して、一時的に動きを止める必要があるっぽい』
「ちょっと待って。それ、私にできる?」
『まあ頑張ればいけるんじゃね』
「他人事だと思ってえええ!」
とはいえ、ほかに選択肢はない。
私は半泣きになりながら電源室へ向かい、弟に言われたとおりに装置を操作した。
すると、病院中にけたたましい警報が鳴り響いた。
同時に、廊下の向こうから重たい足音が聞こえてくる。
ドスン。ドスン。
「来たあああああ!」
『じゃあ冷却装置の方に逃げて。そいつ足遅いから、距離取ってれば大丈夫』
「十分速いんですけど!?」
私は必死に走った。
ところが、冷却装置のある部屋へ向かう途中、思いがけないことが起きた。
院長が廊下を塞いでしまったのである。
「ちょっと! 通れないんだけど!」
『あれ? 攻略サイトだと普通に行けるはずなんだけど』
「現に行けないの!」
『うーん……』
弟が再びキーボードを叩き始める。
その間にも院長はじりじりと距離を詰めてきた。
(まずいまずいまずい!)
私は周囲を見回した。
逃げ道はない。窓も鉄格子で塞がれている。
ただ、壁には何やら赤い箱が取り付けられていた。
非常ベルだ。
その隣には、こんな注意書きがある。
『火災発生時、各非常口の電子錠は自動的に解錠されます』
(……ん?)
私はその文章をもう一度読み返した。
「ねえ、ちょっと聞いていい?」
『何?』
「この病院って、非常ベルを押したら出口が開くみたいなんだけど」
『え?』
「ほら、火事のときに閉じ込められたら困るじゃん。だから自動で鍵が開く仕組みになってるらしいの」
『……そんなギミックあったっけ』
「知らないけど、ここに書いてあるよ?」
『ちょっと待って。今調べる』
「いや、もう押す!」
私は非常ベルのカバーを開け、ボタンを押した。
ジリリリリリリリリ!
病院中にものすごい音が響き渡る。
すると、廊下の奥からガシャンという音が聞こえた。
見ると、非常口の扉についていたランプが赤から緑に変わっている。
「開いた!」
『マジ?』
「マジ!」
私は迷わず非常口へ駆け出した。
院長は突然鳴り響いたベルに反応し、壁に取り付けられた装置を殴りつけている。
おかげで、こちらには気づいていない。
(よし! いける!)
私は非常口の扉に飛びついた。
重たい鉄扉が開く。
その先にあったのは、病院の裏庭だった。
「外だあああああ!」
私はそのまま夢中で走った。
背後では非常ベルが鳴り続けていたが、そんなことはどうでもいい。
とにかく、あの地獄のような病院から脱出できたのである。
「やった! 脱出したよ!」
『え、マジで? 院長倒さずに?』
「倒してない! 非常ベル押しただけ!」
『……ちょっと待って』
再びキーボードを叩く音。
『あー……マジだ。非常ベルで電子錠が開くって攻略情報、全然載ってないわ』
「えっ、そうなの?」
『うん。みんな普通に院長を冷却装置まで誘導してる』
「それ、何十分もかかるんでしょ?」
『初見なら一時間くらいかかるらしい』
「……」
『……』
「なんか、すごい無駄なことしてない?」
『まあゲームだし』
その一言で片づけられてしまった。
いや、確かにそうなんだけど。
ゲームの攻略って、もっと効率的にやるものじゃないのだろうか。
そんなことを考えていると、不意に目の前が真っ白になった。
「うわっ!」
次の瞬間。
私は自宅のソファに座っていた。
見慣れたリビング。テレビ。テーブルの上に置かれた飲みかけのお茶。
どうやら、元の世界に戻ってこられたらしい。
「……戻った?」
『何?』
「戻った! 家に戻ってきた!」
『あー、よかったじゃん』
「よかったじゃん、じゃないよ! もう本当に死ぬかと思ったんだから!」
『お疲れ』
弟の返事は相変わらず軽い。
でも、なんだかんだで助けてもらったのは事実だ。
「……ありがとね。助かったよ」
『ん』
私はようやく電話を切ろうとした。
……ところが、その直前。
『あ、そうだ。姉ちゃん』
「ん?」
『さっきの配信、めっちゃ盛り上がったわ。サンキュー』
「は?」
配信……?
「……え、なに? あんた、もしかして配信中だったの?」
『そーそー』
「いやいや、そーそーってあんた、そういうことは先に言いなさいよ! 私、めちゃくちゃ変な人みたいになっちゃうじゃん! てかなってるじゃん!」
いきなり弟に電話したかと思えば、ゲーム世界に飛び込んだから助けてほしいとパニクってる姉とか。
どう考えても頭のおかしな不審者でしかない。
『そんなことないよ。姉ちゃんのこと、みんな面白いってさ』
「マジ?」
『マジマジ。スパチャも結構来たし、だから今度それでメシ奢ってあげる』
「あ、そう」
こ、こいつ。人があんな大変な目に遭ってる間に、ちゃっかり自分はそんな副収入を……。
でもまあ、奢ってもらえるのは嬉しいけど。
『でさ、姉ちゃん。またゲームの世界に飛んでよ』
「……は?」
『いや、またやったら盛り上がると思うんだよね。そういや夜鐘病棟って続編もあるらしいし』
「はぁ!? 嫌に決まってんでしょ! あんな世界、頼まれたってもう二度と行かないから!」
『でも、今回だって突然だったんでしょ』
「……」
確かに。
今回、なぜあの世界に飛ばされたのかは分からない。
ということは、また突然飛ばされる可能性も……。
『ちなみに続編は、廃病院じゃなくて地下研究施設が舞台なんだって』
「……」
『前作より敵も増えてるらしい』
「……」
『あ、三作目もあるわ』
「もうやめてえええええ!」
こうして私は、しばらく安心して昼寝することができなくなったのだった。
これを果たしてハイファンタジーに入れていいのか、コメディーでもよかったような……。とりあえず、こんな感じの仲の良い姉弟の掛け合い漫才的なのを描きたかったんです。
最後まで読んでいただきありがとうございます。よろしければ、ぜひ下の☆☆☆☆☆をタップして★★★★★にしていただけると嬉しいです!




