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資料6(ジェミ草稿)

宇宙探査局 第2探査課の「迷子」


1. 怒号のドック

「……いいか、イワン。これは最新鋭の**航宙図チャートAI『アリアドネ』**だ。銀河系の0.001ミリ単位の歪みすら計算し、目的地まで最短・最安全なルートを提示する。逆らう方が難しい。もはや芸術的な正確さだ」

宇宙探査局・第2探査課。課長の怒声が、整備ドックの金属壁に反響する。

「なのに貴様は……定期巡回ミッションで、なぜ未踏宙域のガス星雲の裏側にいた!? しかも『ちょっとコンビニに寄る感覚で右折した』とはどういうことだ! 宇宙に右も左もあるか!!」

「すみません……自分では、真っ直ぐ最短距離を飛んでいるつもりだったんです。でも、なんかこう……近道がありそうな気がして……」

イワンは190cm近いガタイを縮こまらせ、消え入りそうな声で謝り続ける。

「言い訳するな! 貴様が『近道』だと思って突っ込んだのは、過去300年誰も通れなかった超重力ネストだぞ! 航宙士のライセンスを返上して、地上でリヤカーでも引いていろ!」

課長が胃を押さえながら去っていく。イワンは、まるで世界が終わったような顔で床を見つめていた。


2. 整備士の溜息

「まあまあ、元気出しなよ。生きて帰れたんだからさ」

声をかけたのは、作業服を油にまみれさせたチーフエンジニアのカーチャだ。彼女はイワンの愛機のスラスターを点検しながら、スパナを回す。

「でもカーチャ、俺は……普通に仕事がしたいだけなんだ。マニュアル通りに飛んで、時間通りに帰る。そんな当たり前のことが、どうしてできないんだろう」

「あんたの『普通』は宇宙の物理法則と喧嘩してるからね。でもさ、結果オーライじゃない。あんたが見つけたあのルート、おかげで隣の植民星まで一週間で着けるようになった。物流部門は大喜びだよ」

「そんなの、たまたま運が良かっただけだよ……。俺はただ、課長に認められるような、まともなパイロットになりたいんだ」

イワンが肩を落としてドックを去る。彼が見えなくなったのを確認すると、カーチャの表情から同情が消え、職人の鋭い目になった。

彼女は機体の尾部、センサーの死角に隠された**「極秘のブラックボックス」**を鮮やかな手つきで回収する。

「……また解析不能なデータ。難儀な男だねえ、ホント」


3. エリートの嫉妬

「やあカーチャ。例の『奇跡の迷子』がまた伝説を更新したって?」

現れたのは、第1探査課のエース、エリックだ。完璧にプレスされた制服、自信に満ちた立ち振る舞い。

「ああ、エリック。見てなよ、これ。彼が『ちょっとハンドルを切った』場所の記録」

カーチャがモニターに映し出した航路データを見て、エリックの顔から余裕が消えた。

「……冗談だろ。この磁気嵐の隙間を、ノーダメージで? 演算処理を1秒でもミスれば塵になるぞ。これを『無自覚』でやったっていうのか?」

「そう。本人は『なんか、こっちの方が空いてる気がした』ってさ」

エリックは手すりを強く握りしめる。

「笑えないな。俺たちが最新のシミュレーターで何百時間も訓練して、ようやく届くかどうかの未踏領域に、あいつは『道に迷って』土足で踏み込んでいく。前回のレア鉱脈だってそうだ。俺たちが3年かけてスキャンした宙域の、わずか数キロ横に眠ってたお宝を、あいつは物資輸送のついでに掘り当てやがった」

「エリートのプライドがボロボロだね」

「ジェラシーくらいさせてくれよ。航路分析課の連中なんて、あいつの飛行ログを解析しようとして知恵熱を出してる。AI開発課もだ。あいつの『迷子』をシミュレートしようとしたAIが、矛盾に耐えきれずフリーズしたらしいぜ」

二人は、イワンが消えていった通路を見つめ、同時に溜息をついた。

「「ほんと、なんなのあいつ……」」


4. 胃薬と真実

その頃、課長室では、課長が本日三錠目の胃薬を飲み下していた。

「……『方向音痴』。そんなバカな理由が、宇宙探査の歴史を塗り替えていいはずがない」

手元の資料には、イワンの過去の戦績が並んでいる。

・目的地の真逆で、行方不明の民間船を発見。

・通信圏外で、宇宙ゴミの中に眠るロスト・テクノロジーを発見。

・そして今回の、物理法則無視の最短ルート。

一度なら偶然。二度なら幸運。だが、これが毎回となれば、それはもはや「呪い」か「神の指先」だ。

試しに「新しい鉱脈を探してこい」と特命を与えれば、彼は教科書通りに迷わず飛び、そして見事に何も見つけずに帰ってくる。

「本人の意志」が介在した途端、その奇跡は霧散するのだ。

「上には『教育中』と報告してあるが……いつまで隠し通せるか。他国や企業のスパイが、この『生けるダウジング・ロッド』に気づき始めてる。守らなきゃならんが、使い道がわからん……」

課長は、モニターに映る「迷子のお知らせ(イワンの現在地)」を見ながら、深く椅子に沈み込んだ。


5. カモメ亭の夜

駅前の居酒屋「カモメ亭」。

イワンは、安酒のグラスを見つめてクヨクヨしていた。

「なあ、エリック。お前みたいに、計器を完璧に使いこなして、真っ直ぐ目的地に着けるようになりたいよ……。俺は、組織のゴミだ」

「……嫌味か? お前、それ本気で言ってるのか?」

エリックが引きつった笑顔で返す。

「本気だよ! 役に立ちたいんだ、俺も。カーチャみたいに、確実な仕事をしてさ。俺なんて、今日も怒られて、明日もきっとどこかで迷う……。俺の人生、どこに向かってるんだろうな」

「いや、あんたの向かってる先には、だいたいお宝があるんだけどね」

カーチャが冷めたハイボールをすすりながらツッコむ。

「報われないなあ、俺……」

「「…………」」

イワンがジョッキを干し、情けなく肩を落とす。

その背中を見ながら、エリートパイロットと、敏腕エンジニア、そして物陰でこっそり見守っていた課長(変装中)の心は一つになった。

((((ホント、なんなのコイツ!?))))

星の数ほどある宇宙の謎よりも、目の前の男の頭構造の方が、よっぽど不可解であった。




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