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資料4(チャト草稿)

方向音痴


宇宙探査局、探査部、第2探査課。

「このおおばかもんがーーーーー!」

局舎の壁が震えるほどの怒鳴り声が廊下まで響き渡った。

怒鳴られているのは、宇宙探査船パイロットのイワン。

怒鳴っているのは第2探査課の課長だ。

「いったい、何をどうやったら迷えるんだ、教えてほしいぐらいだ!」

課長は机を叩いた。

「探査船だぞ?! 航宙図チャートAIは最新モデルだ!

 逆に迷うほうが難しいだろうが!」

「……すみません」

イワンはひたすら頭を下げている。

「なんで迷う?!

 定期巡回だぞ? 初めて行くルートじゃない!」

「はい……」

「昨日今日パイロットになったわけじゃないだろ!」

「はい……」

課長は額を押さえた。

怒りと呆れが半々、いや三対七くらいで混ざった顔だ。

「……しかも」

机のモニターに航路図を表示する。

「なんで迷った結果、最短ルート見つけて帰ってくるんだお前は」

「……」

イワンは答えられない。

答えられるなら苦労しない。

「……もういい。とりあえず反省文だ」

「はい……」

「あと航路分析課にも報告書出せ」

「はい……」

「帰れ!」

「はい……」

しょんぼりしたまま、イワンは課長室を出た。

ドアが閉まった瞬間、課長は椅子に崩れ落ちた。

「……ほんと、なんなんだアイツ」


---

ドック

探査船の並ぶ整備ドックは、金属とオゾンの匂いがする。

イワンの船の周りでは、整備クルーが点検作業をしていた。

その中心で作業しているのがエンジニアのカーチャだ。

「お、来たか迷子パイロット」

「……」

イワンは肩を落としたまま近づく。

カーチャは溶接ゴーグルを外した。

「まあ気にすんなよ」

船体のパネルを閉めながら言う。

「無事帰ってこれてよかったじゃん」

「……でも」

「変な宙域に迷い込んだのは災難だったけどさ」

レンチを回しながら続ける。

「結果的に最短ルート発見だろ?」

「……」

「ブラックホール帯を回避できる航路だぜ。物流部が泣いて喜ぶよ」

イワンは首を振った。

「でもミッションとしては失敗だよ」

「定期巡回だって、大事な仕事だからさ」

「結果的に発見だったけど……」

少し声が弱くなる。

「重力波に巻き込まれる可能性だってあった」

「怒られるのも当然なんだ」

カーチャはしばらく黙っていた。

それから肩をぽんと叩いた。

「まあまあ」

「とりあえず飲みに行こうぜ」

「……」

「いつものカモメ亭で先にやっててよ」

工具箱を閉める。

「後片付けしてから行く」

「……うん」

イワンは力なく手を振り、ドックを出ていった。


---

ドック(その後)

イワンの姿が見えなくなる。

カーチャは、ふう、と息を吐いた。

そして船の後部パネルを開ける。

内部から小さな装置を取り出した。

追跡記録装置。

航路ログを自動収集する極秘機材だ。

カーチャはそれを見つめて苦笑した。

「難儀な男だねえ」

そのとき背後から声がした。

「やあカーチャ」

振り向くと、エリックが立っていた。

第1探査課のエリートパイロットだ。

「イワンがまたやらかしたって?」

カーチャは肩をすくめる。

「ああ」

「今度は最短ルートの発見だよ」

エリックは笑った。

「なんで定期巡回でそんなとこ辿り着けるんだろうな」

二人で船を見上げる。

カーチャが言った。

「前回はなんだっけ」

「物資輸送ミッションで」

エリックが答える。

「高純度レア鉱脈の発見」

「しかも小惑星造船ドック予定地の近くだろ?」

「そう」

エリックは苦笑した。

「必要資源全部揃っててさ」

「施工部と資材課が小躍りしてた」

「でもイワンは怒られたんだろ」

「当然だよ」

「本来の輸送ミッションは遅延」

エリックは親指で自分を指した。

「俺がフォローに行った」

カーチャが笑う。

「しゃーないけどさ」

エリックは少し空を見上げた。

「その前は」

「行方不明になってた民間船の発見」

「乗客全員生還」

カーチャが思い出す。

「あーそれか」

「他にもあったろ」

「非常脱出シャトル消失事件」

エリックが言う。

「宇宙ゴミ集積域見つけてさ」

「シャトルが全部無傷で漂ってた」

カーチャは口笛を吹いた。

「大手柄じゃん」

「だろ?」

エリックは苦笑する。

「……なのに」

二人で言った。

「なんで迷子なんだ」

カーチャは装置を軽く振った。

「おやおや」

「第1のパイロットさんがジェラシー?」

エリックは両手を広げた。

「ジェラっても無理ないだろ」

「なんなんだよアイツ」

少し声を落とす。

「今回の最短ルート」

「ネストと磁気嵐の宙域だぞ」

「誰も通れると思ってなかった」

「なのにあいつ」

手でくねくねした線を描く。

「器用に抜けて」

「3ヶ月を1週間」

「どうなってんだよ」

カーチャは笑う。

「まあ、イワンにはイワンの言い分があるのさ」

「普通にミッションをこなしたい」

エリックは頷く。

「わかる」

「……けど悔しい」

カーチャは追跡装置を見る。

「でもさ」

「わかってて言えないあたしもジレンマなんだぜ」

装置をポケットにしまう。

「イワンに黙ってこんなのつけてさ」

「上層部の命令とはいえ後ろめたいよ」

「まあ安全確保でもあるんだけど」

エリックは苦笑した。

「航路分析課が発狂しそうになってる」

「造船部AI開発課もだよ」

カーチャが言う。

「イワンの迷子が演算できないらしい」

エリックは首を振る。

「宇宙で方向音痴とか」

「冗談かと思うよな」

カーチャも笑う。

「しかも迷った先で」

「高確率でお宝」

二人で顔を見合わせた。

そして同時に言った。

「ほんとなんなの、あいつ」


---

課長室

第2探査課、課長。

胸元をさすりながら胃薬を飲んだ。

「ほんと何なのアイツ」

モニターには航路ログ。

ありえない蛇行航路。

だが結果は――

新航路発見

鉱脈発見

民間船救助


「1回なら偶然」

「2回でも幸運」

「3回、4回……」

「……もう説明つかん」

探査ミッションを与える。

→失敗。

ダミー任務。

→成果ゼロ。

航路分析課はお手上げ。

AI開発課も沈黙。

医療センターのメンタルヘルス科が言った。

「方向音痴じゃないですかねえ」

現状それが最有力仮説。

課長は机に突っ伏した。

「フツーに仕事してほしい」

心からの願いだった。


---

カモメ亭

宇宙港の古い酒場。

イワンはカウンターでうなだれていた。

「なんなの、俺って」

そこへカーチャとエリックが入ってくる。

「まあまあ」

「くよくよすんな」

ビールが置かれる。

イワンは言った。

「エリックはすごいよな」

「ミッション成功率ほぼ100」

「カーチャも役に立ってる」

少し沈黙。

「それに比べて俺って……」

カーチャとエリックは顔を見合わせた。

そして同時に思った。

(ほんとなんなのコイツ!?)

その頃。

第2探査課の課長も同じことを思っていた。

宇宙探査局の多くの人間が思っていた。

そしてイワン本人だけが知らない。

彼がまた近いうちに

とんでもない発見をしてしまう

ことを。

イワンはグラスを見つめたまま呟いた。

「普通に仕事したいだけなんだけどなあ」

宇宙は静かだった。

そして、どこかでまた

彼を迷わせる準備をしていた。


---

(終)


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