曲がる廊下は進む
待つためだけに作られた建物は、いつも揺れていた。
床が波のように上下して、柱だけが遅れてうなずく。
窓の外は同じ灰色のままなのに、室内の影は走り続ける。
人はベンチに座り、立ち、また座り、待つ姿勢だけを交換していた。
アサギは歩いていた。
到達は要らない。
耳に入った反響の回数だけで曲がる。
それが彼の判断基準だった。
偶数なら右、奇数なら左。
目的はそこにあった。
歩くことが続くための目的だ。
入口の扉は開いたり閉じたりしていたが、誰が入ったかは曖昧だった。
アサギは扉の脇を通り、壁を指で軽く叩く。
反響は三つ。
左へ曲がる。
廊下の先に、待つための掲示板があった。
何も書かれていない。
紙だけが貼り替えられ、貼り替えられた痕が残らない。
背後から、帽子の女が追い越していく。
女は壁を叩かない。自分の靴音を数え、偶数だと言い切って右へ消えた。
数え方が違うのではなく、数える対象が違った。
アサギは三つで左だ。
女の消えた方向を見ない。
小さな子どもが、指で空を叩いていた。
反響は出ないのに、子どもは「いっぱい」と言う。
男が子どもの手を取って、柱を叩かせる。
反響は二つ。
男は「ほら、三つだ」と言う。
子どもは納得した顔で右へ走り去る。
二つは右だ。
男は自分の言葉を回収するように頷き、左へ歩き出す。
アサギとすれ違うとき、男はアサギの耳元で「待つのは疲れる」とだけ言った。
アサギは壁を叩き続けた。
四つ。右。
五つ。左。
建物の揺れは規則的ではないが、反響は数えられる。
彼はそれだけで足を運ぶ。
曲がるたびに、同じベンチが別の角度で現れる。
座っている人の背中だけが入れ替わっている。
顔は見えない。
誰かがチョークで床に線を引いていた。
線は真っ直ぐ伸び、途中で途切れ、また続く。
線の脇で老人が待っている。
老人はアサギの指の動きを見て、真似をする。
柱を叩く。反響は一つ。
老人は右へ曲がろうとし、線の途切れ目で立ち止まり、線の続きが見えるふりをして左へ戻った。
判断がズレていたのではない。
線が彼の結果を邪魔しただけだ。
アサギは階段のような段差を上がり、また下りた。
上と下の区別が一瞬ほど曖昧になる揺れが来ても、彼は反響を数える。
六つ。右。
角を曲がる。
そこに、テーブルがひとつあり、羊の置物が置かれていた。
テーブルの脇で制服の男が立っていた。
男は制服を着ているだけで、役割はないようだった。
「反響は信用できない」
と男は言った。
「この建物は待つためだけにある。曲がっても同じだ」
アサギは答えない。
壁を叩く。
反響は二つ。右へ曲がる。
曲がった。曲がったはずだった。
廊下は曲がらなかった。
右へ身体を捻った感触はあるのに、視界の前方は変わらない。
ベンチの位置も掲示板も、壁の擦れも、そのまま前へ続いている。
アサギは止まらない。
判断は確かなままだ。
二つは右だ。
主体も目的も壊れていない。
ただ、結果だけが成立しない。
曲がったという行為が、世界に接続されない。
背後で、さっきの制服の男が笑った。
笑い声だけが前方からも聞こえた。
帽子の女が目の前を横切り、「やっぱり右ね」と言って左へ消えた。
消えたはずの左は、視界のどこにも現れない。
子どもが走り抜け、「いっぱいだから右」と叫ぶ。
老人が線を指でなぞり、線の途切れ目を踏み越えて進む。
踏み越えたのに、線の向こう側が手前に残る。
アサギはもう一度、壁を叩く。
反響は二つ。右へ曲がる。廊下は曲がらない。
彼はそれでも同じ手順を繰り返す。
繰り返すうちに、周りの人も壁を叩き始めた。
二つで右、三つで左と言いながら、誰も曲がらないことに驚かない。
曲がらないことが、待つための建物の日常に混ざっていく。
揺れは続き、影は走り続ける。
掲示板の紙は貼り替えられ、何も書かれない。
テーブルの位置だけが変わり、羊の置物だけが同じ角に残る。
アサギは反響を数え、右へ曲がり、曲がらない廊下を進む。
右のはずの角に、いつもと同じベンチがあり、そこに座っている背中が、誰のものでもないまま待っている。




