前編
「ニコル! 次はお前の番だ!」
待合室で居眠りしていると、いきなり名前を呼ばれた。
俺は頭を掻きながらむくりと起き上がる。
試合を待つ他の剣闘士がこっちを睨みつけていた。
彼らはわざと聞こえる声量で悪口を言う。
「クソガキが」
「今度こそ死んでこいよ」
「お前の死体に小便ひっかけてやる」
いやはや、我ながらとても嫌われている。
正々堂々と戦わず、ひらひらと攻撃を躱したり、逃げ回って時間を稼いで生き延びるやり口が不評なのだ。
それでも攻撃して相手を倒しているのだが、全体的な立ち回りが悪すぎて印象が薄いらしい。
ちなみに客からの評判は半々で、堅実に儲けたい連中は俺にしっかりと賭けてくれる。
生存率という一点において、俺ほど飛び抜けた剣闘士は珍しいのだ。
俺はダラダラと歩いて待合室を出ると、そのまま選手用の武器庫へと向かう。
そこでは担当の兵士が待っていた。
俺は気さくに声をかける。
「どうも、レゴリックさん」
「相変わらず間抜けな顔だな。寝起きか」
「ええ、まあ」
「大した余裕だな。慢心は死を招くぞ」
「へいへい、ご忠告に感謝しますよ」
レゴリックさんは不満そうに鼻を鳴らすも、それ以上は何も言ってこない。
それなりに長い付き合いなので、俺の性格を理解しているのだ。
彼は乱雑に並べられた武具を指差して俺に尋ねる。
「武器はどうする」
「あー……これでいいや」
俺は手頃な場所にあった剣と盾を選んだ。
剣は刃がうっすらと錆びており、盾はあちこちが割れている。
防具が重たいので着けない。
身軽な俺を見たレゴリックさんがさすがに忠告してきた。
「いつも思うが、もっと吟味しなくていいのか。どれも品質は劣悪だが、それでも使い勝手の差はあるだろう」
「細かいことを考えるのが苦手なんでね。生き残れば何でもいいのさ」
俺は剣をくるくると回して笑う。
そのまま部屋を出ていこうとしたところ、レゴリックさんに呼び止められた。
「……おい、待て」
「何だよ」
「ここで生き残れば、お前は百連勝だ」
「それで?」
「勝ったら酒を奢ってやる」
レゴリックさんの発言に俺は笑う。
そして彼の肩をぽんぽんと叩いてみせた。
「へえ、気前が良いね。どういう風の吹き回しだい」
「闘技場を盛り上げるのは剣闘士だ。労うのは当然のことだろう」
「心配しなくても俺は死なないよ。でもありがとうね」
「し、心配などしておらんっ!」
「あはは、分かってるって」
顔を赤くして振り払うレゴリックさんに手を振りつつ、俺は武器庫を後にした。




