8:猫→兎→覚醒?
「ユタ。おいユタッ」
「ンア。クアアァァァァ」
「呑気に欠伸をしている場合じゃないんだってっ。な、昨日の女の子、見なかったか?」
「クゥ?」
寝ぼけ眼のユタは、レイアが眠っていた場所――そこにいる猫を見つめた。
「違うって。猫じゃなくってレイアだ、レイア。まさかひとりで魔法都市を目指して出発したんじゃ」
でも昨夜の話だと、数日はここで休むような感じだったし。
何も言わず出ていくなんて、そんなことはないと思うけども。
「もしかして外かな?」
「シ、ドー。人間の、雌、ならここ「にゃぁーっ」ムグ」
「ユラ、なんだって? うわっ。おいおい猫、ユラの鼻先にぶら下がるんじゃないっ。うっかり牙が刺さったら大変だろうっ」
ユラの鼻先にしがみついた猫を抱き上げ、そのまま床へと下ろす。
こいつ、やっぱり昨日の猫だよな。
この猫、どことなくレイアっぽいな。銀色の毛並みに青い瞳。
うん。色だけはレイアそっくりだ。
「俺、ちょっとその辺を探してくるよ。ついでに――」
【対象・ユタドラゴン(成体雌)/ 状態:重度の貧血。新鮮な血肉の摂取が好ましい】
解析眼がそう表示する。
「出来るかどうかわからないけど、狩りをしてくるよ」
「クアッ。ンククククク」
「ん? お前も行くのか?」
「クアァーッ」
任せろ――と言っているのか、ユタが胸を仰け反らせる。そして後ろ向き倒れて、足をバタつかせる。
ここまでワンセットか。バカかわいいなぁ。
「連れて行って、あげて。きっと、役に立つ、わ」
「ユラ……まぁお前がそう言うなら」
「にゃーん」
猫がこちらへとやってくる。
「お前はダメだ。ユラ、悪いけどこの猫のこと頼むよ」
「……わかった、わ」
「にゃっ。みにゃ~んっ」
猫をユラに預けると、彼女はその手を猫に乗せてしっかりとホールドしてくれた。
よし、これで安心して行ける。
「おっと、忘れろところだった。ニーナ、おはよう。ちょっと出かけてくるよ」
石像――昨日見た時はなんとなく石像に見えるかもって形だったが、不思議と今は、ニーナとわかる形に変わっている。
声をかけると、ニーナの像がほんのり光った。
「よし、行くぞユタ」
「クーッ」
「いないなぁ」
「クア?」
教会の周りを探してみたけど、レイアの姿はどこにもない。
もちろん、モンスターの姿もだ。
「魔導装置が起動しているし、町の中にモンスターはいないはず。狩るなら外に行かなきゃならないのかな?」
「クックック」
もしかしてレイアは、狩りに行ったのかもしれない。食料は誰だって必要だもんな。
「よし。町の外れの方まで行ってみよう。レイアもいるかもしれないし」
「クアーッ」
町の端までやって来ると、一部の地面が薄っすらと光っているのが見えた。その光はぐるーっと、この町を囲むように伸びている。よく見ると、なんか幾何学模様が描かれた光の帯のようだ。
「もしかしてこの光が、モンスターを寄せ付けない頭キーンの効果範囲なんだろうか? ユタ、お前は平気そうだよな?」
「ク。クアァー」
人間を餌だと認識するモンスターにしか効果がないようだし、ユタやユラには無害なのか。
「クッ」
「どうした、ユ……兎!?」
光の帯の向こうに、兎が立っていた。
いや、あれ兎か? 後ろ足で立ってるし、俺の腰ぐらいの高さまである。
あと……古びた鎌を構えてんだけど!?
その兎が――跳ねた!
だ、だだ、大丈夫。こっちには魔導装置の結界――じゃない、これシールド的なものじゃなくって、モンスターが嫌いな音を出しているだけの装置だった!?
だから……だからっ。
「うわぁぁっ。入ってきた!?」
「ギュピッ」
「……って、倒れた? あ、そうか。音の範囲に入れば、頭がキーンってするんだよな。助かったぜ」
とはいえ、死んだわけじゃない。
今のうちに石を素材に槍でもクラフトするか。
そう思って落ちている石を拾うよりも先に、ユタが――吠えた。
「クアックアァーッ」
「ユタ?」
長い尻尾をピーンっと伸ばし、足の鋭い爪をカッカと鳴らすと、ユタが飛び出した。
「ちょ、ユタ!?」
「クシャアァァァーッ」
は、速いっ。なんて速さだ。
止めようとしたが、まったく手が届かない。
飛び出して行ったユタ。そしてふら付きながらも起き上がる兎。
その首に、ユタの鋭い爪が――食い込んだ。
「ギュッ」
止める必要なんてなかった。
ユタは、圧倒的に強い。
短い断末魔だけを残し、兎は力なく項垂れ――そして。
「ククククククッ、クアァーッ」
誇らしげに吠えるユタに覆いかぶさるようにして、絶命した兎が倒れた。
「クッ。クゥゥ、クウゥゥゥ」
助けを求めるように、情けない声を上げて俺を見る。
「最後のオチまで完璧だな、ユタ」
「クウゥゥゥゥゥ」
「はいはい。今助けてやるよ。まったく」
ほんt、バカかわいい奴。
ユタに覆いかぶさった兎を持ち上げると、爪を指したままのユタも一緒に持ちあがる。
その爪を抜いてやると、兎の首から血が噴き出した。
「うっ……ちょっとグロ……いや、これも生きていくためには慣れなきゃな。血抜きと思えばいいんだ」
「ククックククックク」
ユタが俺の周りをぐるぐる回りだす。
「なんだ、仕留められて嬉しいのか?」
「クアァーッ」
あれ? 違うのかな。首をぶんぶん振ってるな。
うぅん。なんとなく伝わる時もあるんだけど、そうじゃない時もある。ユラみたいにこいつも言葉を話せればなぁ。
「ユタ。言葉の練習でもするか?」
「クッ。クアァー」
「とりあえずこいつを……そういえば、あの天使は万能クラフトで料理も出来るって言ってたよな。じゃあ……その素材になる肉も――」
インベントリに入れられないかと思って、クラフト画面を開く。
死体……い、いや、素材だ。うん、素材!
ぐっと画面に押し当てると、しゅるんっと兎の死体が中に入った。
「おぉ、やった! これで持ち運ばなくて済む」
「クォォ」
「よし、その辺を歩き回りながら言葉の練習をするか。レイアのことも探さなきゃいけないし」
もう教会に戻って来てるかもしれない。それでもこの辺りだけでも探してみよう。
「よーし。じゃあまずは……そうだ。志導。し・どー。俺の名前、シドー、だ」
「ク……クアァー」
「うぅん。やっぱり上手くいかないか。ユラはどうやって喋れるようになったのか」
「クゥ、ド……」
「おっ。ユタ、今『ド』って言えたのか!?」
「ドッ。ドドォーッ」
おおぉぉ、お、おおおおおおおぉぉぉぉ!?
ポォンっと音がして、突然目の前にメッセージが浮かんだ。
【神様ギフト、スキル『ミッション・トレーナー』が覚醒しました】
――と。
遂に男は覚醒した!
鞭をしならせ、猛獣を従える!
ドラゴンが火の輪を潜り、猫は玉乗り。空中ブランコは幼女神!!
これぞ異世界サーカス!!
次回
【ミッション・トレーナー→イド→出来る事。】は明日20:10更新!




