07 先行のモブ子
「戦闘態勢を! フロムヘルの大群だ! 俺は先行してぶつかる!」
垂直上昇し、真っすぐに二時方向へ。すさまじいGだ。クッションにも締め付けられる。この冷感。体が火照っているのか。
『小僧、戦闘目的を明確にせよ。味方を待機させるのか、撤退させるのか、それとも展開する時間を稼ぐのか』
「ペネペでああなら撤退は現実的じゃない……態勢を整えて迎撃するしかないと思う」
生身のコガネも問題だが、レジィといい火煙衆といい重量型の機動アーマーが多い。移動速度は期待できない。反面、火力はある。中長距離なら十分な弾幕を張れるはず。
とにかく接近させないことだ。必要なのはタンク役。つまりはグランヴォルドだ。
『……よし、その旨、送信しておいたぞ。我らは本隊の展開を援けるべく遅滞戦闘を試みる。それに際し注意事項がある。憑依typeについてなのだが―――』
やさしいな、この戦闘AIは。だが無用な心遣いだ。
「わかっている。むしろ、お前はわかるのか?」
『近距離からの生体反応サーチは可能だ。接触すれば確実よ』
「頼もしいぜ。見て見ぬふりなんてしない……やってやるぞ!」
『その意気やよし! 本機はまさにこのためにこそ建造されたのだ!』
ビリビリと震えるのはブースターの出力によるものか。それとも俺の怯えか。唾を呑む。
あれか……水没の残骸を跳ね渡る破壊タイプ十二体と、深みを泳ぐ捕食タイプ三体と……ブーストジャンプをする憑依タイプ。
ああ、くそ、グロテスクだ……冒涜的だろう、あれは。
治安維持軍の正式装備であるところの機動アーマー<ボナパルト>が二機と、同・軽機動アーマー<ロンメル>が二機。それぞれべっとりと穢されている。黒いナメクジないしはイカタコの類にまとわりつかれ、浸食され侵入されて、寄生されてしまって……R18なエログロっぷりで。
それでも、まだ中で少女が生きているかもしれないなんて!
こんな現実クソ喰らえ! 考えたやつの多様性ノットフォーミー!!
「ファーストアタックで削りたいし攪乱したい。やれるか?」
『しからば、望め。無遠慮に。野心的なまでに』
「力が欲しいか、ってやつか」
『力の根源はお前自身ゆえに、これは取引ではなく要請である』
「わけのわからないことを……いいさ。ありったけをぶつけてやるまでだ」
背中から重厚な連続音が六度。ガントレット・ドローンだ。全部を射出した。行け。それぞれブースターを吹かせて急加速、突進していく。狙いは破壊タイプだ。質量差的に一撃必殺など望むべくもないから、速度と機動でかき乱す。
俺は俺で数を減らす……軌道と相対速度を調整して……膝蹴り、おごぉっ!?
じ、時速六十キロまで落としてもこの衝撃……でもざまあ! 破壊タイプの首もどきを一つぶちまけてやったぜ! 再加速。もう一体……ぐほぉっ!! ちょ、ちょっとこの戦い方には無理があるかも……でもやるぅ! とどめだ、おがあっ!
よし、なんとなくだがコツをつかんだぞ。擦るように当てた方が負担が少ない。速度も上げられるし再加速もスムーズになる。ほら、いい感じだ。この調子で―――
「くおっ!?」
―――蹴られた? いや、かすっただけか。いったん高度をとって接触ヶ所を視認。左脚側面に付着する黒いなにかが見る間にのたうち蒸発していく。PRRの効果だ。
蹴ってきたのは、あいつか。憑依された軽機動アーマー。飛行はできないようだが。
「……グランヴォルド、今のやつは?」
『生体反応あり』
「そうか……そうか! どれくらい接触できる? 制限時間を知りたい」
憑依タイプとの白兵戦は常に憑依される危険を伴う。ミイラ取りがミイラになるってやつだ。そういう悲劇もイベントで視聴したよ……泣き叫ぶ声も、その通信に苦しみ、とどめを刺さざるをえなかった主人公の悲痛も……クソ! させねえからな!
『ない! 制限時間なんぞは!』
「は?」
『望むままにやってみせろ、小僧! そう言ったろうに!』
「……そういうことなら!」
急降下。テレフォンパンチならぬテレフォン踏みつけだ。うん、かわされるよな。やはり反応がいい。だから膝をつく。足が瓦礫にはまったふりをする。
おお!? ライダーキックでくるか! 軽機動アーマーとはいえ!
盾で防ぎ、盾を捨て、組みつく。憑依タイプにとっちゃ願ったり叶ったりだろうが……うお、メインカメラにも黒い粘液。き、きめぇ。触手とウジ虫的ななにかの集合体なのか。ぐええええ。
フロムヘルってやつは、まったく、どいつもこいつもよお!
「出力上げろ! 油田だかなんだか知らんが、こいつ焼き殺せ!」
『嫌悪感でか? ん? 気色が悪いからかね?』
「子どもを蹂躙し! 搾取するような! こいつの邪悪が許せねえからだよ!!」
『同感だ!』
光。機体が発光している? PRRが目に見える形でわかるぞ……フロムヘルめ、逃がすわけがないぜ。このまま消し飛んでしまえ。
ほら、ああ、ボロボロの機体フレームの隙間から、見えているよ。こんなになっても生きていてくれた子が見える。ひどい目に、本当にひどい目にあったね。かける言葉も見つからない。でも嬉しい。命のあることを、助ける俺がまずは喜ぶよ。どうか君も。
『後ろだ!』
影。この大きさ。やばい。捕食タイプ。油断した。廃墟の陰から。死ぬ。え、なんだこの遅さ。飛び跳ねた三トン以上の質量。遅い。時間の進みが遅い。ダメだ。潰され―――爆発しただと!?
砲撃だ! 爆光と爆風が立て続けに。うわすげえ、あの巨体を吹き飛ばした!
「デカいのはウチが。そっちはアンタが」
ペネペ! 真紅のゼルヴァインはバックパックを展開しきっている。つまり今のはブレイクフル・ドローンによる一斉砲撃か。なんて精密な。しかし。
「皆の迎撃態勢は? そっちを任せたいが!」
とりあえず救助者を物陰に。ドローンを一個戻して、と。護衛代わりだ。
レーダーに残る反応は、憑依タイプと捕食タイプが三体ずつと、破壊タイプが九体。あ、今ドローンで上手いこと一体仕留めた。破壊タイプ、残存八体。まだ多い。
「ここで殲滅すればいい」
「破壊タイプが多い。撃ち漏らしが怖い」
「もう皆、そのつもり」
「え?」
弾丸の嵐が吹き荒れた。
「オホッホホホォッ! 連射! 華麗なる連射! 見ーてくださいまし! なんかすっげー機関銃の調子がいいですわ! トリガー引きっぱなしですことよ!」
廃ビルの上に火煙衆。重機関銃が四門も並んで火を噴いて。
「まーじでそれな! ガスレギュレーターがご機嫌だ! リコイル、シルクみてぇ!」
もう一門。レジィもガンガンにぶっ放して。
「やりますわねえ、フリーランサー! 優柔不断な学院に見切りをつけて、是非是非、うちにいらっしゃいな!」
「悪くねぇ話だ! でもな、レべリオンの方じゃ三人組裏切る機動アーマー使いが歓迎されんのかい?」
「はんっ! そんなやつウンコ食べろですわ! あ、今の見た!? ご覧になった!? ヘッショですわ!」
「だよな! ナイスキル! おれも、やあってやるぜえ!」
いいな……すごくいい。そうだよ。こういう火煙衆でいいじゃないか。
っていうか、実際強い。
重機関銃五門による弾幕とはいえ、破壊タイプへガッツリとダメージを与えている。最初から感じていたけれど、なんかゲームよりもやわいんだよな、フロムヘルが。倒しきれるんじゃないか、あれなら。接近戦にもつれこまないようガントレット・ドローンは飛ばし続けるし。
捕食タイプのほうは、心配するまでもない。さっきから盛大に砲撃音が鳴り響いている。
やっぱペネペは強いなあ。ゼルヴァイン本体は軽量よりの機体だから、ブレイクフル・ドローンを全展開すると砲撃支援を受ける高機動AP兵器という形になる。捕食タイプを翻弄し、大ダメージを与えまくっているよ。
だから俺は、憑依タイプに集中できる。
三体へ順に接近し、軽く接触もして、ひきつけつつ確かめる。
『生体反応、なし』
「……そう、か」
どう生き、どう戦ったのだろう。名も知らない三人。もしかしなくとも、この身体の、モブ子の仲間なんだろう? 治安維持軍の戦友なんだよな?
今、その化物を引っぺがしてやるからな……!
行くよ。殴ったりはしない。触手はつかむし引きちぎる。抱き締めるよ、機動アーマーを。さあ光れ。頑張った子なんだ。光って光って、すごい子を照らしてやってくれ。
一体……二体……そして最後の三体目を、俺はPRRの光で洗浄したんだ。