05 フリーランサーズ
水没都市を見下ろしつつ、空を飛ぶ。
グランヴォルドの推進力は大したもので、重装甲でありながら推力重量比が二以上あって滞空も飛行も自在であり、最高速度は時速四百キロメートル、巡航速度でも時速二百キロメートルを出すことが可能だ。
だからまあ、コガネには壊れたジャンクアーマーごと運ぶことを提案したのだが―――
「あ、鳥! あはは! 目ぇ合ったし! こっちのが速いし!」
―――生身で抱っこされているコガネはたいそう満足げだ。時速五十キロメートルの風圧をものともしない。
『小僧、眠くはないか?』
そしてグランヴォルドが妙にしつこい。
『少しでも眠気を感じたら言うのだぞ。着陸地点は常に検討しておる』
助手席に交通警察でも乗せている気分だ。空を飛ぶのは初めてだがどうにも楽しめない。
『おい、聞こえとるのか』
「……いっそオートパイロットとかできないのか?」
『できる。が、それは単純な動作に限られる。複雑な戦闘機動は不可能だ』
「どの道、この状態じゃ戦闘なんて」
『お主が意識を失えば墜落するぞ』
「オートパイロットは」
『エネルギー源を失えば稼働できん』
ギョッとした。今グランヴォルドはなんて言った? エネルギー源?
「……どういうことだ」
『先の戦闘の後、お主は気を失った。それと同時に本機へのAP供給が途絶した。予備エネルギーでできたことといえば格納庫へ戻ることだけだった』
バカな。確かに俺は格納庫で目を覚ましたが。
緊張が解けて、ちょっと寝てしまったくらいの感覚だった。コガネはえらく心配してくれたけれど。
『およそ三十秒が、エネルギー供給なしに本機の稼働できる時間だ。着陸して身を隠すためにはまるで足らん。ゆえに予兆を知らせろと言っておる』
いやいや、やっぱりおかしいだろう。AP兵器にそんな脆弱性があるだなんて聞いたことがない。
だってゲームでは装着者が気を失うこともあったぞ。第三章のあの悲劇のシーンだってそうじゃないか。友人二人を失った主人公キリエはAP兵器ごと駐屯地へ運ばれる。彼女が目を覚ますまで、AP兵器は戦闘態勢を維持していたぞ。
「無限のエネルギーがあるようなことを言っていなかったか?」
『あくまでも供給源に依存する特性だ』
「訳のわからないことを……」
警告音。警戒レーダーがフロムヘルの一群を感知した。その数、五体。種類はわからない。続けて機動アーマーの反応も二つ捉えた。どうやら追われているようだ。
『ほう、問答無用の直行か。小娘の安全はどうするのだ?』
「ガントレットで保持してみせろ」
『承った!』
バックパック上部のドローンラックから四機のガントレット・ドローンが発進、コガネの両肩と両腿をガッチリとつかんだ。
「え! どゆこと!? わ! 浮くし! あたしが飛んでる!?」
「戦闘に入りますので、安全なところへ」
「あ、そゆこと! がんばってえ!」
加速してレーダーの示す位置へ。シグナルが鳴る。ああ、なるほど。向こうのレーダーにもこっちが映ったのか。通信要求も来た。うなずく。
「高速で接近する不明機へ。こちらランサーⅡ。所属を明らかにされたし」
えーと、こういう時の応答は……どうにもゲームの記憶と身体の記憶が入り混じる……アルファズル軍学校の一般コードはなんだ? ダッドね。了解。
「ランサーⅡへ、こちらはダッドⅠ。IFFモードⅤで応答中。救援に来た」
「ぐ、軍学校のAP兵器!? ダッドⅠへ、了解! 来援に感謝します!」
お、こっちへ合流するような進路になった。
『IFF確認。フリーダムライト学院に所属する傭兵の二機編隊だ』
「フリーランサーね……聞き忘れていたが、グランヴォルドの所属はどうなっているんだ?」
『アルファズル軍学校・機動戦闘軍団・第五十七戦術機動団・第六十四作戦群・第六十五決戦飛行隊所属、一番機、AP・MA・type・Fa、グランヴォルドである』
「いかついなあ」
見えた。機動アーマーが二騎、瓦礫を足場にブーストジャンプを繰り返し近づいてくる。どちらもジャンク品だが片方は重量級だな。装甲が厚く、大型の重機関銃を携えている。
フロムヘルの方は、クソ、見るからに暴力的じゃないか。
黒々とした、全高三メートルほどの巨漢レスラー……目も鼻も口も耳もないのっぺりとした頭部だから、両肩の筋肉塊と並んで三つの頭が並んでいるかのようだ。肘から先は人喰いワニをでも縫い付けたかのような大きさと質感で、牙よろしく凶悪なかぎ爪があって、四つん這いになるたびコンクリートをたやすく引き裂いている。
破壊タイプだ。あいつらは最も積極的に襲撃してくる。拷問を楽しみさえ、しやがる。
「体当たりだ。いけるよな?」
『おお、吹き飛ばしてくれよう』
機動アーマー二機とすれ違った。眼前に五体のフロムヘル。衝突コースは示されている。歯を食いしばる。
一撃だ。減速なしのシールドバッシュで、一体を漫画みたいに吹っ飛ばしたぞ。
そのまま上昇、天地逆さまに垂直ターンをかまして、急降下。もう一体を踏みつけた。ひび割れたくぼみの底にフロムヘル。ざまあないな、暴力魔。襲われる気分はどうだ? 鉄拳もくれてやる。くたばれ。
おっと。飛びかかってきたもう一体へ回し蹴り。ブースターを吹かせた一発だ。さらに飛び膝蹴り。推進力と重装甲の有効活用だ。逃さず殴り倒す。腕を踏み潰し、腹へ膝を落とし、何一つない顔へパウンド。もがくじゃないか。だが無駄だ。暴力を振るうからには振るわれる。潰れろ。
残る二体は……おお、銃撃で足止めされている。まさしく重機関銃の連射力だな。狙いも的確で効果的だ。
ブーストダッシュで再びのシールドバッシュ。二体をもつれさせ、飛び上がり、追撃も上からのシールドバッシュ。足場が崩れて落ちた。灰色の水に膝まで浸かる。おう、爪が危なっかしいな。つかんで止めろ、ガントレット・ドローン。あとはマウントパンチだ。二体まとめて殴りに殴る。一方的に叩きのめす。
やがて、二体分の黒い汚穢が、未練たらしく辺りへ広がっていった。
『小僧、意識を手放すなよ? まだ小娘の安全は確保されておらん』
「わかっていて油断するものか」
息を整えよう。興奮しすぎなんだ、俺は。どうにも許せない気持ちが昂ぶって。
機動アーマーが歩いてくる。フリーダムライト学院か。校章が灯台モチーフのくせに混乱の校風なんだよな。連合派にも鍛造派にも組みせず、さりとて中道をとるわけでもなく、内部で三様に分裂状態になっていたっけ。
「ダッドⅠへ。貴方の来援に改めて感謝を。危険地帯でのハッチ開放は避けたいので、映像通信をつないでもいいでしょうか」
丁寧な人だ。二機とも銃口をあからさまに下へ向けているし。了解と伝える。
モニター端に二つのウィンドウが表示された。ランサーⅡとタグがついたそれには中性的な少女が映っている。薄色のショートヘアがまた少女漫画の王子様のようで……ううむ……どっかで見た気もするけれど、また設定上のキャラだったりするのだろうか。
ランサーⅠの方は、うわ、この子か! え、ここで!?
「あん? その襟元んとこの校章、アイギスのじゃね? どういうことだよ、おい」
赤髪ショートで不機嫌丸出しの幼顔。間違いない。<鉄槌のレジィ>だ。そりゃあ重量級がいるし射撃が上手いわけだよ。鍛造派の急先鋒・火煙衆の幹部、すなわち「悪の三人組」トリオのトリガーハッピー。
それが傭兵をやっている? 原作どこいった??