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03 AP兵器

 それは、格納庫とおぼしき空間の中央に屹立していた。


 重装型機動アーマーよりもさらに重厚で、黒色を主とし金色に縁どられたマッチョなフォルムは威厳に満ち満ちている。分厚い装甲の陰、随所に大口径スラスターがあって、とてつもない戦闘力を予感させてやまない。


「おおおお宝ぁ……!」

「え、AP兵器……!」

 

 対フロムヘルの特効兵器、それがAP兵器だ。


 アストラル機構とプライマル特性を備えることでフロムヘルを殺しきれる兵器であり、一般的な機動アーマーとは隔絶した性能を持つものの、どれも一点物のため製造数が極めて少ない。しかも謎の使用適性があって機体側が使い手を選ぶ。ゲームでは主要キャラの一部に専用AP兵器が設定されていた。


 しかし、こんなAP兵器は設定資料集でも見たことがない。整備端末によると型式番号は「AP-MA-tipe/Fa」で固有ネームは「グランヴォルド」とある。


「どーしよう! どーする!? このお宝ならあいつやっつけられるよね!」

「……起動できるなら、おそらく……」

「よーし、テキパキっとやっちゃおう!」


 コガネが端末を操作し、各種ケーブルを引き抜いていく。固定具も次々と外され、あとはもう重さ一トン超の機体を着込むばかりとなったが。


「あれ? あれー?? 開かない……これハッチ開かないんだけどー?」


 やはり。おおむねAP兵器とその使用者は雰囲気が似通う。


 颯爽たる転校生である主人公は流麗な騎士風の、優雅で優秀な生徒会長は洗練された未来風の、威風辺りを払う番長は武骨にして古強者風の、それぞれ相応しいAP兵器を着用していた。


 コガネだったら……もっとゆるいというか、デコりまくった軽自動車風とかかなあ。


「あ、そっか。APだもんね。んじゃあたし銃とか盾とかチェックしとくから、あとよろしくー」

「……え?」

「だってこれ兵隊さんのでしょ? あ、名前何だっけ? あたしコガネ!」

「ええっと、あの……モブ子?」

「モブコね! よろしく! 助けてくれてありがと!」


 まだ助かっていない―――そう訂正するのも馬鹿らしくなるような笑顔だったから、俺も少し笑ってしまった。


 そうさ。きっと起動できる。それで死なずに済む子がいる以上、むしろ起動しないとおかしいまである。道理は我にあり。だいたいさ、交通事故だの、ゲーム世界だの、TSだの憑依だの激突事故だのと、色々なものがまかり間違った末の今なんだから。


 モブ兵士がチート兵器の起動に成功しちゃってもいいはずだ。


 装甲に触れるとピリリと痺れた。なんだ、反応があるじゃないか。どうした。受け容れろ。お前で戦わせろよ。支払いが必要なら何でも持っていっていいから。望むところだからさ。


『……ほう、いい目をしておる』


 しゃべった! コガネ今の……聞こえていないか。そうだそういうものだった。


『背に子らの平穏を守り、眼前の嵐へと立ち向かう気概……男であるな』


 正規の機動アーマーには戦闘支援AIが標準搭載されている。AP兵器におけるそれは独自色が強く、あたかも機体の人格ででもあるかのように振る舞う。その声は使用者にしか聞こえない。


 主人公キリエのやつはイケメン王子っぽかったが……こいつはなんかオッサンぽい?


『来い、小僧。共に戦ってやる』


 黒い頭部が、胸部から腹部にかけてが、ぼんやりと輪郭をあいまいにし、霧のように消えた。実体と非実体との間を変移するASSアストラルシフトシステムの効果だ。夜に燃える炎のようなダークレッドのクッション材が、人型の隙間を示し、装着を促している。


 唾を呑んだ。足をかけ、背を預け、そこに収まった。


 視界がぼやけたかと思えば、急にしめつけられた。首回り以外は装甲とクッション材で固定されたようだ。今や目の前にはイベントシーンで見た通りのサイバーなユーザーインターフェースが展開している。どのメーターが何を表しているかはだいたいわかる。検証サイトに感謝。最重要メーターもわかっている。


 AP兵器の命であるAP値は……んん? 何だこれ、文字化けか?


『ぬっはっは! 気づいたか! つまるところ本機は油田を内蔵し稼働しておるようなもの。邪悪のやつばら何するものぞ。思う様やってみせい!』


 要するに、燃費を気にしなくてもいいってことだろうか。


 いいね。実際問題、気にできる気もしない。操縦技術を必要としない逆フィードバック方式とはいえ……なんとも、こう……歩くにしろ手指の開閉にしろ微妙にズレる。全高二メートルを超える鋼鉄の身体だものな。


「おほー! カッコいー! 強そー!」


 コガネが手を叩いている。いい子だ。この子をシナリオ外で死亡させていたシナリオライターをはっ倒してやりたい。名前なんだったっけか。


「でー、銃なんだけどー! 実弾が見つかんない! ペイント弾しかないんだけど!」

「……だ、そうだが」

『適合者がおらなんだからなあ』


 それがために死蔵され、この地区は陥落したのかもしれない。とりあえず盾を取る。


「白兵戦用の武器とか、特殊ドローンとかは?」

『男なら、拳骨だ』

「……それもそうか」


 地響き。フロムヘルだ。レーダーが位置を捉えている。あいつめ、とうとうこのフロアまで来やがった。呆れた執念深さだ。這い進んできやがるか。


「コガネさん、どこかに隠れておいてください。俺は迎撃に向かいます」


 わかった、と元気よく逃げていく姿を見納めて、廊下へ。盾の持ち方はこんな感じかな。全ては出たとこ勝負だ。とにかく殴りまくってやる。


 フロムヘルめ。


 一本道の廊下の向こうから、黒い巨体が寄せてくる。女子どもを喰い物にするという邪悪を、かくも貪欲にさらけ出して恥じもせず、興奮を吠えまでするのなら―――待つものか。


 盾を構え、ブースターを吹かす。突進。シールドバッシュというやつだ。


 目眩がするような衝撃。慣れたものさ。しかし押し留められない。重量の差は三倍くらいか。さらに推力を上げる。上がる。なんだよ、上がりに上がるじゃないか。おい、出し惜しみしてんじゃねえぞ、グランなんちゃら! 本気でぶつかれよ!


『ふん、相討ちで満足か? 後先を考えずでは、フロムヘルと何も違わんぞ?』

「っ! こいつを倒して、コガネを安全なところへ護送する!」

『そうだ! そのためにこそ戦えい!』


 黒いぬめりを利用し、盾を滑らせ、側面に回った。横合いから押す。押してそのまま壁へぶつからせた。横転しただらしのない腹へ、鉄拳。もう一発。盾を捨て、両手で交互に。


 鳴き声。苦悶のにじむそれ。ざまあない。


 身をひねらせ大顎が来た。つかみ止めた。遅いなあ遅すぎる。その歯で何人喰ったんだ、お前。この身体の……モブコの仲間も餌食になった……記憶がちらつくんだよ。灰色の海へ落ちていった子のことが。


 どうして、俺は、もっと早くに「こう」じゃなかったんだ!


「……ああ……!」


 下顎を蹴り飛ばした。半ばちぎれて、汚らしい涎と体液とがほどばしった。悲鳴。ふざけるな。被害者面などさせてたまるか。


「ああ……あああああ!!」


 殴る。足りない。両の拳じゃまるで足りない。もっとだ。拳が増えた? いいぞ、もっともっと、機関銃を乱射するよりも多く速く、殴る。殴る殴る殴る……殴り潰す!


 アラームが鳴り、空気が吹き付けた。酸素濃度を上げる? ああ、俺、酸欠なのか。


 フロムヘルはもういない。醜く潰れ、黒い液体へと溶け果てた。AP兵器にはプライマルリジェクションリアクション(PRR)という特質があり、それは化物が化物でいられる境界のようなものを壊すという。白兵戦では特にその作用が強いのだとか。


 拳が、周囲に浮いていた。幻覚でも残像でもない。ロケットパンチ的な何かが六個も滞空しているのだ。意識すると手指がにぎにぎと動く。


『初起動でガントレット・ドローンを使いこなすとは! はっは! 大した小僧だ!』


 この機体の特殊ドローンは、それか。なるほど拳骨だ。


 次々にバックパックへと戻っていくそれらを確認しつつ、大きくゆっくりと、息を吐いた。

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