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13 お魚屋さん

 いつもの学院生食堂で。缶詰めビスケットを間に置いて。


 透き通るような髪色の美少女がニコニコである。でもなぜだろう。どうにも気分がよくない。


「はじめまして。私はハマチ。『お魚屋さん』の代表取締役会長をつとめております」


 え、名刺? そういう文化あったっけ、学園都市に。


 とりあえず受け取ればいいか……どれどれ……輸送用ヘリコプター・陸上輸送車両各種・建設機械・各種建材・発電装置・上下水道設備・通信施設・道路鉄道等インフラ資源の供給並びに施工業務一切取扱い「お魚屋さん」代表取締役会長、ハマチ……いや長えよ。っていうか鮮魚は扱っていないのか、この名前で。


 なんにせよ、個人名も店名も聞いたことがないな。ゲームにこんなキャラはいなかったと断言できる。隣に座っているすまし顔の金髪碧眼キャラもだ。輸送ヘリを運転していたけれど。


「……あなたのこと、色々と調べさせていただきました」


 さらりと嫌なことを言うなあ。ジーっと見てくるし。


 この人も学連特捜部なんだろうか。シドウ以外には誰一人名前が出てこないから、ファンの間では形骸化した組織というのが定説なんだが。


「アイギス士官学校所属、治安維持軍第三機動師団第六十七連隊第二大隊C中隊、機械化歩兵小隊、狙撃手一等兵……今は脱走兵であり、ドリフ商学院仮生徒のモブコさん」


 うなずいておく。いよいよ特捜っぽいな。詳しい軍籍なんてよくぞ調べたもんだ。


「……あなたはアルファズル軍学校のAP兵器をご使用になります。特異な事象です、これは」

「特異、ですか」

「はい。AP波形は入学時の最重要項目ですから。適合機体がおありの方を一般兵卒として扱うなどありえません」


 なんか妙なことを言っていないか、この人。


「アイギス士官学校の所属だったからでは?」

「学連には全AP兵器の情報が保管されており、それは各校執行部に公開されております。実物が目の前になくとも適合検索はできますよ」


 へー、初めて知った。いよいよ学連特捜部の人間っぽいなあ。


 どうしたものか。


 逃げる必要はない。だって特捜に逮捕権や懲罰権はない。学連はすでに統治実権を失っているのだから。それがために「連合」が新たに発足し、反発する形で「鍛造」も生まれたわけで。


「俺、グランヴォルドを手放す気はありませんよ。無論、フロムヘルと戦うためです」

「当然のことかと。憑依タイプに対する特効戦力とも伺っておりますよ」


 本当によく調べている。隠していないとはいえ。


 そういえば、あの桃色髪の子はどうなったろう。意識は戻ったろうか。忌まわしい記憶に苛まれるようなことになっていないといいのだけれど。


「<宝勘>の救命から、あなたの特異なご活躍ははじまった……それで間違いありませんか?」

「ええ、まあ」

「……すばらしいですね」


 こ、怖いんだよなあ、微笑み方が。ただの商人とは思えない。こうも尋問する狙いはなんだ?


「先だっては戦いをご一緒させていただきましたが……あのミサイル基地からフロムヘルの氾濫が起こると、わかっておいででしたか?」

「まさか。知っていたら潜るわけがない、です」

「ではなぜ、黒い流れをせき止めようとなさったのですか? あんなにも無茶をされてまで」


 やはりAP兵器を管理下に置きたいのだろうか。かなりボロボロになったしなあ……正直、わかる話ではある。


 外伝において「魔の山」に対処したAP兵器はヴァルキリアス一機のみで、その結果は散々なものだった。でも今回は違う。通常戦力の差もあったが、やはりグランヴォルドとゼルヴァインが参戦した影響が大きいだろう。戦傷者すら出さずに勝ちきれるとは。


 AP兵器は対フロムヘルの決戦力として集中運用すべきなんだ。


 間違っても人間へ向けて使われるべきじゃない。学園戦争なんてクソ喰らえ。


「確かに無茶でした。反省はしていますが、後悔はしていません。フリーダムライト学院への被害を考えると……あそこは必死になるべきところでした」


 人死にを防ぐためだけじゃない。戦争を回避するためにもだ。


 連合と鍛造が本格的な武力衝突に至らないためには、フリーダムライト学院やイスラ工学院といった「どちらの陣営にもつかず揺れ動く学校」があることも大事なんだと思う。たぶん。


「……なるほど。あなたの英雄的な決断と奮闘に心からの感謝を」


 お、おお? 握手しようってこと? はい、しますけれども。


「<奇跡>の二つ名は、今回、あなたにこそふさわしいのかもしれませんね」


 え、秘書だか護衛だかわからない方、あんたも握手を? まあ、はい、しますけれども。それにしても無表情極まっているなあ。もはやNPCっぽいレベル。


「私たち『お魚屋さん』には、あなたの活動を支援する用意がございます」


 満面の笑顔―――ダメだ。苦手だわ、この人。


 顔かたちも声も身振りも、非の打ち所がないほど整っているのに、どうしてこうも受けつけがたいのだろう。うさん臭いというかなんというか。金髪碧眼の方もさあ。


「ええと、俺、もうアマミと契約していますので」

「問題ありません。活動資金を無償提供させていただくだけのことですから」

「は? え? お金を出してくれるということですか?」

「はい、その通りです。わかりやすいものとしてはAP兵器の運用費用ですね。先の戦闘で生じた修理費、整備費、弾薬費などはすでに支払わせていただきました。こちらアマミさんマターの話ではありますが、ご参考までに」


 マジで!? いや、マジなわけがないか。融資ですらなく無償だなんて。


 裏がある。考えらえるものとしては……まあ、特捜部だよな。実は外伝シナリオ読むたび不思議に思っていたんだよ。シドウって補給どうしているんだろうって。


 この人たちなんだろ? 特捜部が正体を隠して「お魚屋さん」をやっているんだろ?


「……わかりました。よろしくお願いします」

「ありがとうございます。では早速ですが契約書へのサインをお願いいたします」


 準備いいねえ。秘書だか護衛だかが無言でシュババッと出してきたし。


 ペンをとる。


 いい話……だよな? これでいいんだよな?


 どういう縛りがあるのかはわからないが、少なくともシドウとのつながりはできる。外伝主人公である彼女に、本編主人公キリエとの協力をお願いできないだろうか。ファンがああでもないこうでもないと議論した最適解で、ハッピーエンド系二次創作の定番でもあるのだし。


 モー、ブー、子ーっと。捺印とかはいらないのね。


「……これで、俺も学連特捜部ということですか」

「モブコさん、特捜の方なのですか?」

「え?」

「え?」

「いや、だから、表向きはお魚屋さんとやらのスポンサードを受ける形で……裏では特捜として働くって話ですよね?」

「あ……あー! はいはい、<夜叉>の! 彼女には確かにそういった肩書がございますね! もちろん承知の上で支援しておりますとも、ええ!」


 んんん? 特捜部でしょ? 違うの?? あ、手が挙がった。秘書だか護衛だかの「ワカナより発言よろしいでしょうか」ワカナさん。


「私どもはドリフ商学院の営利法人『お魚屋さん』であり、学校連盟特別高等捜査本部とは<夜叉のシドウ>氏への支援を通じた間接的な関係でしかなく、したがって私どもとの契約によりモブコ氏が学校連盟特別高等捜査本部の人員になるという認識は錯誤であり誤謬と言わざるをえません」


 いや早口。つか抑揚ないし。今日日AIだってもっとナチュラルに話すわ。


「つまり……本当に、ただただ、お金を出してくれると? 見返りもなしに?」

「あなたが勇敢に戦ってくださる……それが見返りです。恩恵です。学園都市にとっての希望でもあります」

「そんな、大げさな」

「本当に? 大げさですか? 学園都市の未来が明るいと、あなたはそう考えていらっしゃるのでしょうか」


 この目。俺の奥の奥までのぞき込んでくるような眼差し。


 言いたいことは、わかるよ。すごくわかる。だって学園都市の未来には絶望しかない。きっと滅ぼされる。みんな死んでしまう。でも「ゲームで見た」なんて言えるか。おかしいと思われるだけだ。


「……人間同士で争っていたら、ダメだと思います」


 そんなことを言った自分に、嗤ってしまった。


 なんともあいまいで幼稚な言葉じゃないか。くだらない大人でしかなかった俺は、政治も経済も戦争も、どうにかする知識に欠けている。


「連合も、鍛造も、必死なのはわかる……わかるけれど、それでも協力しなきゃ。一緒にフロムヘルへ立ち向かわなきゃって……そう思います」


 ああ……自分の頭の悪さに泣けてくる。


 結局のところ、俺には解決法がわからないんだよ。


 主人公キリエに代わって、なんてところで考えが止まっている。グランヴォルドのおかげで戦えはするだろう。でも両陣営の和解仲介なんてどうすればうまくいくんだ? キリエですら失敗したんだぞ。スマホをポチポチしていただけの俺が、もっとうまくやれるとでも?


 だからか。だから俺は、外伝主人公と出会うなり頼ろうとしていやがるのか。情けない。次はシナリオライターを罵倒するのかな。そうやってすぐ「メタさ」に逃げるんだ。無責任な憤りで。


「あなたも、両陣営の対立を憂いていらっしゃるのですね?」


 うなずく。その気持ちは本当だから。


「でしたら、私たちはあなたに、特別なパートナーシップ契約を提案することができますよ」


 声が近かった。前のめりのハマチ。缶が倒れてビスケットが転げ出た。


「私たちの『陥落地域奪還作戦』に、あなたも参加していただけませんか?」

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― 新着の感想 ―
モブコ、正式名称になった。(^^; 調べてもモブコだったのか、それとも偽名だと分かった上でモブコとして扱ってくれてるのか。 <奇跡>のモブコ。意外と語感がいいですね。^_^
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